イソップ物語にアリとキリギリスという童話がある。

ご存じの方も多いだろう。

 

あの物語は、享楽的なその日暮らしのキリギリスは今は楽しいかもしれないけど後で辛くなり、働き者のアリは今は苦しいかもしれないが後々に楽になる事を述べているが、これは現実社会でもある程度は正しい。

 

例えばだけど、欲しいものが我慢できずに消費者金融などで無理矢理お金を借りてまで手に入れるキリギリス型の人は、そのお金を手に入れる為に利子を払わなくてはならない。

一方で、無駄遣いをせずにコツコツとお金を貯める事ができるアリ型人間は、そのお金を預けたり投資したりすることで利子や配当を手に入する事ができる。

 

こう書くとアリ型の生き方が得なようにみえるが、これは現代社会が異様なまでに死ににくいという前提の上で話をしているからだ。

大昔のような明日にでも命があるかどうかわからないような環境下においては、キリギリス型の行き方をしたほうが、アリ型の生き方をするよりも遥かに利益が大きかっただろう。

 

死んでしまったら、利子も配当も手にする機会なんて二度とない。後々に利益を手にする事ができるアリ型は、究極的には生き残ったアリだけである。収穫する前に死んだアリは、何の喜びもしならいまま、ただ野垂れ死ぬだけだ。

だからキリギリス型の人間が一定数以上存在するのは、当然な事だとも言える。

 

一般的にはこのアリとキリギリスの物語はキリギリス型の人間を戒め、アリのような生き方をしようという風に読まれる事が多いと思うのだけど、では実際のところ、人は教育や本人の努力でアリ型人間になる事ができるのだろうか?

 

現代のアリとキリギリス選別試験、マシュマロ・テスト

マシュマロ・テストという有名な児童心理学の試験がある。概要はこんな感じだ。

小さい子供が1人、机と椅子だけが置いてある何もない部屋に招かれる。

そこで子供に実験者がこう問う。

「この机の上に1つのマシュマロがある。」

「これは今すぐ食べてもよいけれど、15分間待つことができたら、あなたにもう1つ余分にマシュマロをあげよう。途中で食べてしまったら、当然だけどもうひとつのマシュマロはもらえなくなる」

「私はちょっと用があるので、15分ばかり席を外す。後で帰ってきた時に、机の上にマシュマロがまだあったら、もう1つマシュマロをあげるね」

これがマシュマロ・テストの概要だ。ちなみに結果だけど、15分間しっかりと待てた子供は全体の1/3以下であり、大部分の子供は我慢できずに2分以内に机の上にあるマシュマロを食べてしまったようだ。

 

興味深いことに実験者がその後マシュマロ・テストに参加した子供を追跡調査したところ、我慢強く待てた子供は我慢できなかった子供よりも大学入試の成績が概してよく、社会的に成功しやすい傾向がある事がわかった。

 

この結果から、科学者達は「幼少期の自制心はその後数十年たっても続く傾向があり、自制心が高いものほど物事に熱心に取り組む傾向がある。そういったタイプの人は、社会的に成功しやすい素因が高い」という結論を導き出した。

 

これは現代における、アリとキリギリスの選別試験ともいえるだろう。

たかがマシュマロを15分我慢できるか否かという、一見非常に下らなく見えるテストで、子供のその後がわかるという非常にわかりやすい効果が評判を呼び、幼少時教育者の間でこのテストは非常に話題をよんだ。

 

実際、とあるアメリカの超高額私立小学校では、壁紙に「私たちはマシュマロを我慢できる子供です」という標語が張ってあり、実際に授業でマシュマロを15分間我慢させたりしているともいう。

一般的には、このテストを「自制心がある子は課題に粘り強く取り組む傾向があるから成功する傾向が強いのだろう」と解釈されている。

 

しかし、自制心はそもそも人間に叩き込めるものなのだろうか?授業でマシュマロを15分間我慢させたりするだけで、人は誰でもアリ型の人間になれるのだろうか?

僕は実体験的にどうもそれは不可能なのではないかと思っている。

 

宝くじを喜んで買う人、買わない人

宝くじは別名、愚か者の税金と呼ばれている。

これは宝くじは収益期待値が物凄く低く、確率上ではどこの国も大体買った金額の50%近くの金額がマイナスになるという事が予め判明しているからである。

 

具体的にいうと、あなたが仮に1000円の宝くじを買ったとする。すると予想収益額は確率上ではなんといきなり500円になってしまう(つまりお金を半分ドブに捨ててるようなものだ)

確率上では宝くじは買えば買うほど貧乏になるような仕組みとなっている。

その吸い上げられた半分のお金は、宝くじ財団が徴収し国の収益にあてており、それ故に宝くじは「愚か者の税金」という名で呼ばれているのである。

 

だが、こう書くと必ずと言っていいほど「宝くじは儲けようと思って買っているわけではない。夢とか楽しみを買っているんだ」という人が出てくる。

一時期僕は、この手の人達に期待値等の話をして宝くじの愚かさを繰り返し繰り返し説明した事があったのだけど、ある時急にこう思い至るようになった。

 

「ひょっとして自分とこの人達とでは、想像できる未来のレベルが違うのではないか?」と。

 

人によって心地よい未来の範囲は異なる

先ほどのマシュマロ・テストだけど、あのテストではマシュマロを我慢できない子供は自制心がないという風に定義づけられていた。

けどこうも考えられないだろうか?マシュマロを我慢できない子供は、多分マシュマロをすぐ食べるのが一番幸せなのである。だから我慢せずに食べるのだ。

 

人間、人それぞれ想像力の及ぶ範囲はかなり違う。

ある人は比較的近い未来の想像力を働かせるのが得意な一方で、ある人は近い未来よりも遠い未来の方に想像力を働かせるのが得意だったりもする。

 

マシュマロを我慢できない子供は、恐らくだけど自制心がないのではなく、自分が親しみを感じる未来のレベルが、比較的近未来に偏っているのだ。(これをキリギリス型人間といってもいいだろう)

 

この世の中に、来るかどうかもわからない遠い未来よりも、近未来の方に非常に親近感を覚える人がいても何の不思議もない。だって未来はどうなるのか誰にもわからないのだから。

それなら楽しい事は今いっぱいあった方がよい。そう考えるのは当然の事だ。

 

このキリギリス型の人達は、割と近い未来の幸福を最大限にする事を第一として行動する傾向がある。だからマシュマロをすぐに食べてしまうし、結果が一ヶ月後にわかりやすく出る宝くじも買ってしまう。

その代わり、10年後がどうなってるのかはあまり重要視しない。宝くじが10年間ハズレ続けるといった事が自分に起きるかどうかといった事については、あまり興味がないのである。

 

その一方で、マシュマロを我慢できる子は、どちらかというと遠い未来の自分に、より親和性を感じるタイプの人間なのだろう。

遠い未来の自分を思い浮かべて、そのときの自分がどうなっているのかが一番気になるのだとしたら、若い頃の勉強や貯蓄などといった今そんなに面白くない行動に面白みを見出すのは、そう困難でもない(これをアリ型人間といってもいいだろう)

 

当然ながらアリ型人間にも欠点は当然ある。

彼は彼で近未来にはあまり親近感が湧きにくいタイプである。だから今すぐ幸福になるといった行為が非常に苦手だ。

おまけに彼の将来への投資行動はどちらかというと、不安等が原動力となっている事が多い。なんていうか、彼らは心配気質なのである。

 

このアリ型、キリギリス型の人間だけど、僕はつまるところこれらは趣味嗜好とか人間のキャラみたいなものだと思っている。性格といってもいいだろう。

 

つまるところ、マシュマロをすぐ食べる人間や、宝くじを買うタイプの人間は、自制心がないのではない。

各々が本人にとって最も親しみを感じる範囲の未来に向けて合理的な行動を選択していたのであり、その脳の本能に直実に従っているだけなのである。

 

恐らく、人間の本質は生まれたときから変わらない

近年になって、人間は非常に死ににくくなった。私たちは平均寿命が70~80年なんていう、生物界で考えると非合理的ともいえるレベルの寿命にまで到達してしまった。

そういう健康・長寿な存在になってみると、アリ型の人間の行動指針は一見非常に合理的だが、これは現代になってようやく生まれた価値観だ。

かつてのような平均寿命が短かった頃は、アリ型人間の人間はたぶんそんなに生き残るのが上手いタイプは多くなかったのだろう。その証拠に現代には非常に多くのキリギリス型の人間が生息している。

 

恐らく、平均寿命が短かった頃に生き残りやすかったのはキリギリス型の人間だったのだ。そうじゃなくちゃ現代の人口が有利だと言われているアリ型人間で多く占められていない理由が思いつけない。

 

だが、かつてはある意味合理的だったキリギリス型の人間は、現代では様々な誘惑に誘致されて不利益を被る傾向が強い。

 

彼らの子孫が、現代でソシャゲーのガチャにハマっているタイプの人間であり、宝くじを好んで買っている人達である。

彼らにその行為が非合理だといったとしても、彼らはその行動をやめられないだろう。だってそれは、彼らにとっては非常に幸福な行いなのだから。

 

今を重視するか未来を重視するのかは、本人の持つ脳の趣味嗜好により合理的に下される判断だ。

だからいくら他人からみれば非合理な行動を人がおこなおうが、それは仕方がないといえる。それは性格の一部のようなものなのだ。そしてその性格の違いは、未来に対する想像力がどの程度遠い範囲まで及ぶのかという、生まれながらの脳の嗜癖に起因している。

 

だからマシュマロを小さい頃から我慢する練習なんてしたって、未来の幸福に向かって最大限の努力ができる子供なんて育たない。幼少時にどんな英才教育をほどこしても、たぶん待てる子供ははじめから待てるし、待てない子供ははじめから待てない。

 

キリギリスは一生キリギリスだし、アリは一生アリなのだ。よく言うではないか。三つ子の魂百までと。

 

 

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高須賀

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(Photo:John Morgan)