「「お金は汚いか?」っていう質問は、ずるいよね。」ある金融機関で長いこと働いている友人は言った。
「なんでそう思うの?」と私は聞く。「実際汚いじゃないか。お金を触ったら手を洗えって、両親から言われなかった?」
友人は苦笑しながら言う。「いやいやそうじゃなくて。」彼が指し示すスマートフォンの画面には、ある日経新聞の記事があった。
記事を覗きこんでみると、「お金」に関する子どもたちの意識調査の結果が掲載されている。
”「お金ってきれいなものですか、それとも汚い?」
投資教育を手がける岡本和久(66)は全国の中学校や高校を回るたびに同じ質問をする。これまで約500人の生徒のうち8割弱が「汚い」と答えた。
経済の血液であるマネーを循環させ社会を豊かにする。金融や投資のそうした意義を、学校で教わる機会はほとんどない。一方、財テクの失敗や詐欺などのニュースを通して、お金の悪いイメージは増殖する。「子どものお金観がゆがんでいる」。外資系運用会社のトップを務めた経験を持つ岡本は危機感を抱く。
大人になってもお金の知識が乏しいと、資産を守ることもままならない。都内の主婦(55)は「元本保証、年30%超の配当」をうたう出資話に乗った。将来の年金を不安に思ったのがきっかけだ。しかし、高い利回りを得るには大きなリスクを伴うのが投資の常識だ。元本保証という説明に感覚がマヒした代償は高くついた。後に詐欺であることが発覚し出資した300万円は取り戻せなかった。”
友人は丁寧に私に説明してくれる。「本来、お金というものは良いも悪いもない。単なる交換や取引の道具にすぎない。「汚いか?」っていう質問は、すでに価値観が込められている。「汚くない」「汚い」という返答しかできない。そんな質問を子供にしてどうするんだ?」
私は返答に詰まる。なにか言いたいのだが、言葉がうまく出てこない。
友人はやや早口になって続ける。「金融業にいると、そういう偏見に遭遇することがよくある。僕らは単にまじめにお金を取り扱っているだけなのに。」
そうだね、と私は生返事をして少し考える。なぜ、お金は汚れたイメージと切り離すのが難しいのだろう。子供にお金の話を敢えてしない人は多い。あたかも子供にお金を話しをするのは「悪事」であるかのようだ。
「なんで、みんな子供にお金の話をしないんだろうね。」私は友人に尋ねる。
「多分」友人は一旦言葉を切った。「お金が万能だと思わせたくないんだろう。」
「どういうこと?」
「お金の力は強い。街でお金を持っていれば大抵のものは手に入る。」
「そんなもんかね」と、私は気のない返事をした。彼の気を悪くしたくはないが、同意しかねる部分もある。
「大抵の人にとってお金とは、「安心感」そのものだ。お金があれば衣食住で不安になることはない。現在は「安心感」がとても貴重な時代であって、みんなお金を欲しがっている。だから子どもたちにも「安心感を得る」知識を分けてあげたいんだろう。」
「でも」私は彼に言う。「人間は「安心感」のために生きているわけじゃない。」
彼はちょっと微笑んで頷く。
「そうだ。お金は万能ではない。マイケル・サンデルが言うように、お金が絡むと道徳観が歪む状況も確かに存在する。中高生に「お金は大事ですよ」と伝えたところで、お金の万能性を強調しているにすぎず、それが重要だとは思えない。」
彼は一息つく。空調の音が静かに響く。
「肝心なのは、「お金」よりも「どう生きるか」だ。まして、日経新聞は詐欺に騙された人の例をあげているが、これとお金に対するリテラシーは関係ない。ダマされる人はお金の教育以前に、人を見る目を養ったほうがいい。」
「じゃあ、君は中高生にお金のことを教える必要はない、って思ってるんだな。」
「そうだな、お金の話は大事だが、それは大学生から、大人同士ですればいいんじゃんないかな。」
お金の話は大人の話。そういう考え方もあるのだろうか。
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