「鶏口となるも牛後となるなかれ」という諺がある。
大きな集団の中で従う立場にいるよりも、小さな集団の中で長になったほうがよい、という意味の諺だ。
「こんなの嘘だ」と思っていた。
この諺には大きな罠がある。フィールドによっては全く逆のことが言えるからだ。
わかりやすい例で言うと、勉強やスポーツに関してはこの諺を信じてはいけない。
難関校の平均的な学生でいるか、中堅校のトップになるか、どちらがよいのか。
DogやCatを覚えている間に、長文英語をすらすらと読んでいる中学生がいる。比例と反比例を習っている間に、二次方程式を解いている中学生がいる。
学校によってそれくらいの差は当然のように存在している。そしてDogやCatを完璧に覚えたトップと長文英語がすらすら読めないビリが同じ土俵に立ったとき、勝利するのは確実に後者である。
私は父親の転勤で地元の公立中学校から他県の私立中学校へ転校したことがあり、学校によって学習内容やスピードにかなり差があることは身をもって知っている。
DogやCatのテストで常に100点を取ることを目指すよりも長文英語の読解で平均点を取ることを目指したほうが楽で且つ自分の実力も上がる。身も蓋もないけれど、これが事実なのだ。
転校したときに受けたカルチャーショックは、上京したときに再び受けることになる。
地方から東京へ移り住んだ人は多かれ少なかれ同じような経験をしていると思うのだが、日常的に触れている文化が全然違うことに衝撃を受ける。
そして東京で生まれ育った人は、教養のレベルが一段高いところにある環境にいたのだということもわかってしまう。
地方の教養レベルが低いと言うつもりはないけれど、「これくらいは普通だよね」と多くの人が思うレベル、当たり前だと思う水準は、東京の方が圧倒的に高いと感じた。
あくまで想像だが、地方でトップクラスの人と東京でそこそこできる人が同じ土俵に立ったとき、後者のほうが勝利をつかみ易いのではないだろうか。
勉強に限らずスポーツでも同じことが言える。毎年テニスの全国大会に出場している学校があるとしよう。いわゆる強豪校だ。
そのテニス部に所属している選手は、たとえレギュラーメンバーではなかったとしても、ある程度試合で勝つことができるだろう。
たぶん、あまり実績がない学校の一番強い選手と戦っても余裕で勝てる。圧勝する。(「たぶん」と書いたが、中高テニス部だった私は、そのような試合を目の前で見たことが何度かある。)それくらい、所属している集団のレベルに影響を受ける。
勉強もスポーツも順位付けが容易である。わかりやすい価値観がある、とも言える。明確な価値観があるのなら、所属する集団のレベルを上げたほうがいい。「牛後となるも鶏口となるなかれ」なのである。
しかしフィールドによっては諺が正しいこともある。
所属する集団が会社になると、どうだろうか。
「大企業に入って平社員でいるよりも、中小企業の社長になるほうがよい。」
こう言い換えてみると、確かに納得できるのだ。
大企業でぬくぬくと平社員をやっているより、中小企業でバリバリ働いて社長になったほうが得るものは多いだろう。
もちろん、一概にそうとは言い切れない側面もあって、事業に真剣に取り組まず、利益をあげようとせず、成長しようともしない中小企業の社長になったところで得るものはあまりないかもしれないし、大企業の平社員でも、本人も周りもレベルが高くて、充分成果をあげていて、スキルをきちんと身に付けている人もいるかもしれない。
それはわからない。“良い”企業の基準は人によって異なるため、どのような企業に入るのが正解か、という話をすることは難しい。
ただ1つだけ言えるのは、世間はトップの声にしか耳を傾けない、ということである。
企業という評価の軸が定まらない集団においては、鶏と牛のどちらが優れているのか、という根本の価値観が揺らぐ。牛>鶏という式が成立しない。
しかし、口と後、つまりトップとビリという価値観は揺るがない。常にトップ(口)>ビリ(後)だからだ。
世間は、トップの声にしか耳を傾けない。ビリの声など、騒音でしかないのだろう。
発言力を持ちたいのであれば、どんな集団、分野でもいいからトップになる。それが唯一の、そして確実な手段である。
これはとても残酷なようで、とてもやさしい。牛>鶏という価値観ではない、つまりどの集団が優れているかという客観的な指標がない中では、自分にとって有利な、自分の力が最大限に活かせる環境を選べばよい、ということになる。
自分が輝ける場所を見つけ、そこでトップになる。勉強やスポーツのように、とにかくレベルの高い集団に属することを目指すのではなく、どの集団、分野でもいいからとにかくトップになることを目指す。これが、「鶏口となるも牛後となるなかれ」の私なりの解釈である。
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【著者プロフィール】
名前: きゅうり(矢野 友理)
2015年に東京大学を卒業後、不動産系ベンチャー企業に勤める。バイセクシュアルで性別問わず人を好きになる。
【著書】
「[STUDY HACKER]数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」」(マイナビ、2015)
「LGBTのBです」(総合科学出版、2017/7/10発売)
(Photo:barnism)