コンサルタントをしていた時、記憶に焼き付いた先輩からの一言がある。

 

『厄介なのは「わからない」ではなく、「わかりたくない」なんだよね。』

 

これは、聞いたときにはそうでもないと思ったが、時が経てば経つほど、含蓄のある言葉だったとわかった。

 

人は、自分の経験や知識の中にないことを聞いた時、二通りの反応を示す。

一つは「わからない」。

そしてもう一つは「わかりたくない」である。

ちょっとした言葉の違いくらいかと思いきや、この2つの差は天と地ほど大きい。

 

人は「わかりたくない」時がある。

例えば、こんな話がある。

 

目の前にボタンがあると想像して欲しい。あなたはその管理者から「好きなときにボタンを押してください」と言われる。

あなたはしばらくした後「そろそろボタンを押すか」と思い、ボタンを押す。

 

この「ボタンを押す」という行為。じつはあなたの意思でボタンを押したのではない……

と聞かされたら、どう思うだろうか?

普通の人は「は?何いってんの?」と思うだろう。

 

実は上の主張、科学的な根拠がある。

脳科学者の池谷裕二氏は著書の中で「自由意志は潜在意識の奴隷」と述べ、上のような状態の時

「意識より先に体が動いている」

ということを脳波の測定実験によって確かめている。

 

簡単に言えば、

「腕を動かそう」と思う ⇒ 「腕が動いてボタンを押す」

ではなく、

「腕が動いてボタンを押す」⇒ 「腕を動かそう」と思う

が正しいのだ。

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この事実はもちろん、直感に反する。

「いやいや、俺が動かそうと思ったから、腕が動いたんだろう!」という人は多いと思うが(私もその一人だ)、実際には逆なのだ。

意識は動くことよりも遅れて脳の中に現れ、あたかも「自分が動かしたように思える」のが実際なのだ。

 

そして、肝心なのはここからだ。

この話に対する反応は、概ね2通りに分かれる。

 

まず「わからない人」の反応は、概ね以下の通りだ。

「へえ、よくわからないけど不思議だね」

「どういう実験をしたの?」

「それは脳科学では普通の考え方なの?」

この場合、知識が不足して自分では理解ができない、あるいは足りない知識を補おうとする様子が見て取れる。

 

しかし、「わかりたくない人」は以下の反応を示す。

「そんなわけない。」

「信じられない。」

「嘘だ。」

つまり、自分の既成概念を優先し、事実を受け止めることができない。これが「わかりたくない人」だ。

 

他にもある。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは統計データから「ビジョナリー・カンパニーの業績は特に良いわけではない。」との見解を示した。

『ビジョナリー・カンパニー』で調査対象になった卓越した企業とぱっとしない企業との収益性と株式リターンの格差は、大まかに言って調査期間後には縮小し、ほとんどゼロに近づいている。

トム・ピーターズとロバート・ウォーターマンのベストセラー『エクセレント・カンパニー』で取り上げられた企業の平均収益も、短期間のうちに大幅減を記録している。(中略)

あなたはたぶん、これらの結果に原因を見つけようとしただろう。たとえば、成功した企業は自己満足に陥ったからだとか、冴えなかった企業は汚名返上に頑張ったのだとか、だがそれは間違っている。

当初の差はかなりの部分が運によるのであって、運は輝かしい成功にもそれ以外の平凡な業績にも作用していたのだから、この格差は必ず縮小することになる。この統計的事実には、既に私たちは遭遇している――そう、平均への回帰である。

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参考記事:ビジョナリー・カンパニーなんて、嘘っぱち。

この話を読んだ時、かなり意外に感じたことは確かだ。

そして、この話への反応も大きく2つに分かれた。

 

何人かの経営者は

「その見解と異なる統計データがある」

「どのようにその結論を導いたのか」

「データのとり方を知りたい」

と疑問に対して議論をしていた。

 

しかし「直感に反することはわかりたくない」という人も多い。

「私の経験では」

「知り合いの経営者はこう言っている」

「そんなわけあるか」

という反応を示し、それ以上理解をしようとしなかった人も数多くいた。

 

大切な事実を「わかりたくない」となるとマズい。

これらは、飲み会のネタ程度で済めばいいのだが、仕事の成果に係る話だと厄介だ。

 

例えば、以前営業の支援をしていた時、どうしても自分自身の営業の下手さを認められない人がいた。

「あなたの成約率は◯◯」

とデータを示しても、

「データの見方がわからん(理解したくない)」

「データが間違っている」

「そんな話は聞きたくない」

と、話し合いそのものを拒否してしまう。

 

これは、仕事上は極めて厄介な事象で、先輩が『厄介なのは「わからない」ではなく、「わかりたくない」なんだよね。』

と言っていた理由がよく分かる。

そういう人にはむしろ、事実を突きつけても何も変わらないので、

褒めて、なだめて、機嫌を取って、行動を変えてもらうしかない。

 

世の中には、客観的事実に基づいて、自分の考えを変えることのできる人と、

客観的事実よりも自分の見えているもののほうが大事な人の2種類が存在している。

 

その事実を認識しているかどうかで、仕事の出来は大きく変わるにもかかわらず、である。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

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