自称「先送り体質」の隣の人が困っていたので、話を聞いた。
仮にMさんとしよう。
「締め切り寸前の集中力」をいつでも出せる方法って、ないですかね?いつもギリギリになってからしか手がつかなくて。」
「具体的には?」
「前に引き受けた宿題が、2週間の時間があったんですけど、最後の3日になってからようやく取り掛かりました。おかげでその期間は寝不足でしたけど……。」
「なるほど。」
「今まで、締切に遅れたことは殆どないんですが、締め切り寸前になるとメチャメチャ集中できるんです。」
「でも、間に合うなら良いじゃないですか。」
Mさんは頭を振った。
「いえ、それじゃダメなんです。」
「なぜ?」
「たぶん、アウトプットの質は、そんなに高くないんです。これをなんとかしないと。」
「そんなに悩んでいるなら、早くから手を付ければいいじゃないですか。」
「それができるなら、苦労しませんよ。」
Mさんは真剣に悩んでいるようだ。
「結局、「なんとか間に合わせてしまったと」いう成功体験が「まだ先送りできる」っていう油断になっている気がします。悪循環ですよ。」
「確かに。」
「どうすればいいでしょう?」
「締め切りのプレッシャー」は知的パフォーマンスを下げる
ソフトウェアエンジニアリングの世界においては、「締め切りのプレッシャー」は、百害あって一利なし、ということがわかっている。
プロジェクトを成功させようと思ったら「適切な作業見積り」を行った上で、余裕をもたせることが必須だ。
ソフトウェアのエラーの約40%はストレスによって引き起こされることがわかっている。
これらのエラーは、適切にスケジューリングをして、開発者にあまりストレスを及ぼさないようにすれば、回避できるものだ(Glass1994)。
スケジュールが極端に切迫している場合、そこでリリースされたソフトウェアは、切迫していない状況で開発されたソフトウェアに比べて、約4倍もの欠陥が報告されている(Jones1994)。
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本質的に、締め切りは一種の「恐怖」だ。
恐怖によるプレッシャーは、ソフト開発を始めとする複雑な問題解決が必要とされる仕事には向かない。
解決を早めるどころか、逆に生産性を低下させる恐れさえある。
実際、インテルの元CEOである、アンドリュー・S・グローブは、次のように述べる。
「産業革命」の初期以来の西洋史を振り返ると、ほとんどの時代において、モチベーションは処罰への恐怖が一番の基になっていた。
ディケンズの時代に人々を働かせたのは、生命を失うという脅威である。というのは、人は働かなければ給料をもらえず、食物が買えない。しかも食物を盗んで捕まれば吊るされたのだ。間接的ではあったが、処罰の恐怖がそれ以外の場合よりも、人を生産することに駆り立てたのである。
この30年ほどの間に、いろいろな新しいアプローチが現われて、恐怖に的を絞った古いやり方に取って代わり始めた。
おそらく、そのようなモチベーションへの新しい人間主義的アプローチはその由来をたどって行くと、筋肉労働の相対的重要性の低下と、これに対応する形でのいわゆる知識労働者の重要性の増大ということになろう。
筋肉労働者のアウトプットは簡単に測定ができ、期待値からはずれればただちに見つけて、手を打つことができる。
ところが、知識労働者の場合には、期待値自体を正確に述べるのが非常にむずかしいので、そういった期待値からはずれたかどうかの判断に時間がかかる。
いいかえれば、コンピュータ設計技術者に対しては、ガレー船の奴隷と同じようには恐怖が役に立たないのである。
このアンドリュー・S・グローブの洞察は優れたものであり「締め切り効果」を使うかどうかの判断基準を与えてくれる。
「単純作業」は締め切りを活用し、「知的作業」は締め切りに頼るな。
具体的には、「単純作業」は、プレッシャーをかけることである程度のパフォーマンス向上が期待できるから、締め切り効果を活用できる。
「資料の封入」や「データ入力」、あるいは「テレアポ」もそれに含まれるかもしれない。
この場合、「自分をどうやって追い込むか」が重要だ。
細かくタスク管理をしたり、スケジューリングをするのも良いが「プレッシャー」を作り出すため、周りに宣言したり、敢えて短い締切を自らセットすることも悪くないだろう。
しかし、「知的作業」は、締め切り効果を使うと、仕事の質が下がる。
知的作業は「こなした量」ではなく「アウトプットの質」が問われるのだから、プレッシャーをかけてしまうと良い仕事ができない。
例えば、
「提案書の作成」
「セミナーの企画」
などは「締切効果」を頼りに仕事をすすめることは避けた方が良い。
冒頭のMさんが言うように「アウトプットの質が低い」という結末になることが予想される。
この場合はむしろ「タスク分解」を行い、必要な時間を逆算した上で、いかに余裕を持って仕事に取り組むかが重要となる。
むしろ問題となるのは「まとまった時間の確保」をするためのスケジューリングだ。
*****
「……というわけで、仕事の種類によって、つかいわけたら良いんじゃないですかね。」
「ふーん。」
すると、Mさんはちょっと首を傾げていった。
「インターネットショッピングで、服を買ったんですけど。イメージと違っていたんですよね。この返品作業はどっちですかね?」
「締め切り活用じゃないかな?ギリギリでいいのでは。」
「営業日報は?」
「テンプレ通りに書くだけなら、ギリギリにやれば良いのでは?」
「部長が中身にうるさくて。」
「じゃ、どこかでまとめて時間をとったほうが良いね。」
「なーるほど。質が重視される仕事から取り掛かる、という原則ですね。私、手を付けやすいものからやってました。」
「正解」があるわけではないのだろうが、役には立つ考え方だとは思う。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
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3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
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