『成功者が実践する「小さなコンセプト」』(野地秩嘉著・光文社新書)という本のなかで、農業組合法人『和郷園』の代表・木内博一さんのこんな話が紹介されていました。
木内さんは、高校卒業後に千葉県の実家で農業をしていた際に、野菜の値段が農家ではなく市場の仲買人によって、その日その日に恣意的に決まることに疑問を持ったそうです。
そこで、直接、東京・大田区の青果市場に野菜を持っていったところ、それまで、地元の仲買人に1本70円、100円と言われていた大根に1本180円の値段がつき、しかも年間契約にまでこぎつけたのです。
木内さんは、続いて、カット野菜の販売に進出します。木内さんは洗いごぼうで、カット野菜に先鞭をつけました。
「ある日、大根を卸しているスーパーに挨拶にいったら、従業員のおばちゃんがバックヤードで忙しそうに働いていたんです。狭い空間のなかで、泥付きごぼうを洗い、適当な大きさにカットしてから袋詰めしていた。思わず、声をかけたんです。
『おばちゃん、そんなこと、オレがうちの畑でカットして、袋詰めして持ってきてやるよ』おばちゃんたちは嬉しそうでしたね」
彼が持っていったカット野菜は大ヒットした。掘りたてで新鮮、シャキシャキしていた。消費者にしてみればたわしで泥を落とすのは面倒な手間だったのである。
また、生産者にとってもカット野菜はありがたいものだった。ごぼうでも先が細いものは商品にならず、泣く泣く廃棄していたのである。
ところが、カット野菜にすれば先の方の細い部分も商品になる。生産者にしてみればロスが減るのがカット野菜だった。
また、流通網にとっても長いままのごぼうよりも、パック詰めになったものの方が運びやすい。カット野菜は手抜き商品と思われているけれど、消費者、生産者、流通業者にとって「三方よし」の商品なのである。
木内は言う。「カット野菜は菌数管理もされていて、汚染した水で洗うこともない。日付を選んで買えば、家庭の冷蔵庫に長く置いてあった野菜よりも、はるかに新鮮ですよ」
僕はカット野菜って、買う側にとっては手間が省けて良いけれど、これを作る側にとっては負担が増えて大変だろうなあ、って思っていたんですよ。
まあ、その分値段に繁栄されているのだとしても。
ところが、この木内さんの話を読んで、生産者側にとっても、けっこうプラスの面がある、ということがわかりました。
そうか、日本では形が悪い野菜はスーパーに並べられないけれど、カット野菜であれば、そういう野菜でも十分「商品」になるから、ロスが少なくなるんですね。
あの農家はカットして持ってきてくれる、ということになれば、取引先でも、選ばれるためのアドバンテージになるでしょうし。
また、『健康格差』(NHKスペシャル取材班・講談社現代新書)では、健康診断に関するこんな話が出てきます。
「ケアプロ」創業者で、社長の川添高志さんは、視察で訪れたアメリカのスーパーマーケットで「ミニッツ・クリニック」という簡易健康診断サービスと治療をセットにした店を目にしたのがきっかけだったそうです。
川添さんの事業への思いを一層強くさせたのが、帰国後、東京大学病院に勤務した時だった。病院で直面したのは、早く病気が見つかっていれば重症化を防ぐことができた糖尿病患者だった。
「どうして健康診断を受けなかったのですか」と尋ねると、患者たちは口々に「機会がなかった」「仕事が休めなかった」「お金がかかる」「いきなり病院の健康診断だと怖い」と答えたという。
川添さんは、病院の患者たちに、ワンコインで健診できるサービスを必ず立ち上げると約束し、病院を退職。2007年冬に、大学時代から貯めていた1000万円を起業資金に「ケアプロ」を立ち上げた。
「セルフ健康チェック」の立ち上げから9年。サービスは、累計42万人もの人が利用するまでに成長した。
最近では、パチンコ店や競艇・競輪場、住宅展示場、ショッピングセンターなどに出張店を出すことも増えている。これは「健康弱者」が普段どこにいるか、健康診断を受けていなさそうな人たちはどこにいるか、知恵を絞った結果だ。
特にパチンコ店の駐車場で行ったケースでは、多くの人に「セルフ健康チェック」に参加してもらおうと、看護師のコスチュームを着た若い女性を配置し、呼びかけを行ったところ、無職の人の受診率が男女ともに上昇したという興味深い結果も得られた。
「健康診断には、アクセシビリティという考えがもっと必要だと考えています。参加者に来てもらうのではなく、参加者のいるところに出向くという発想が行政側にもっとあってもいいのではないかと考えています。健康を届けに行っているんだという姿勢です。
僕は病院で健診に来る人を待つことがほとんどです。
以前は健康診断のアルバイトに行っていたこともありますが、大概、企業健診やショッピングモールの献血の診察がほとんどでした。
この「セルフ健康チェック」、ショッピングモールは思いつくとしても、パチンコ店や競艇・競輪場か……こういうギャンブルが行われている施設というのは、たしかに「穴場」ではあるよなあ。
企業の正社員で、定時に働いている人たちは、企業健診の対象になることが多いのですが、非正規雇用者や年金暮らしの高齢者、無職の人などは、健康診断を「受けなければならない機会」って、ほとんどありません。
自発的に人間ドックに入るような人は、かなり「健康意識が高い人」なんですよね。
もしくは、芸能人のように、その人の存在がお金になり、多くの人の生活を支える責任がある場合。
パチンコ店や競輪・競艇場って、たしかに、そんなにガラの良い場所ではありませんが、行かない人がイメージしがちなほどの修羅場でもありません。
(ギャンブル依存症患者がいるというのは、大きな問題なのですが)
時間をもてあましてしまった高齢者が、安いレートで過ごしていることも多々あります。
「孤立しがちな人」が集まってくる場所なんですよね。
自分の身体が気になっているのだけれど、病院は敷居が高い。
病院に行くことをすすめてくれる人も周りにいない。お金もない。
そういう人も、自分のテリトリーに、「簡単な健康診断」のほうからやってきてくれれば、興味を示すこともあるはずです。それこそ、パチンコで勝った勢いで健康診断を受けてくれるかもしれない。
健診業者としても、もともとあまり受診しない集団であれば、かえって、新規開拓のきっかけになるはずです。
病院で待っている側からすると「なかなか健診を受けにきてくれない」あるいは、「健診を受けて異常がみつかっても、精密検査に来てくれない」というの悩みの種なのですが、これからは、「来てくれないのなら、こちらから行く」というアプローチが必要なのかもしれません。
むしろ、「なかなか来てくれない人」のほうが、重症化してから発見され、本人は苦しむし、医療費もかかります。
「新しいことをやる」ためには、斬新なアイディアが無ければダメだ、と考えてしまいがちだけれど、実際は、「ちょっとめんどくさそうなことに、自分から踏み込んでみる」だけで、けっこう他と「差別化」できるものみたいです。
少なくとも、いまのところは。
試してみたり、効率的な方法を考えてみる前に「そんなことやってもコストがかかるだけ」とか、「どうせその人たちは興味を持ってくれないよ」と決めつけてしまいがちなのですが、ほんのすこし「ずらしてみる」だけで、違う景色がみえてくることは、少なからずありそうな気がします。
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【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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(Photo:Kumi Kush)