起業家や「勝ち組」のコミュニティは、障害者やマイノリティなどの社会的弱者には非常に優しい。
彼らはリベラルなので、そういった「生まれつきの属性」に対しては非常に寛容である。
だが「仕事ができない」「変化に対応できない」といった、「努力でなんとかなりそうな」弱者には、非常に厳しい人がゴロゴロいる。
「社会の役に立ちたい」と起業家や「勝ち組」たちは口を揃えて言う。
だが、彼らのいう「社会」に、「仕事のできない人」は含まれていない。
「動かないやつはほっときゃいいんだよ。落ちてくだけ。」
と平然と述べる人は、特に珍しいわけではない。
確かに、健康で、大学を出ており、読み書きも普通にできるけれども、仕事が全くできない、という人を「社会的弱者」と認識するのは、通常の感覚ではないだろう。
でも、真実を言えば、実は彼らは現代では「弱者」に含まれる可能性がある。
彼らは単純な反復作業はできる。マニュアルがあれば、それ通りに仕事をすることもできる。
でも、すこしイレギュラーがあると、途端に仕事が止まる。
「それぐらい考えてやれよ」といっても、彼らには想像の枠外である。
まして、非定型業務、たとえば作戦を考えたり、タスクを分解してスケジューリングをして関係者の調整を図ったり、前例のない事をやったりすることは、到底無理である。
つまり、
「考えてやれ」
「タスクを設定して管理せよ」
「自分で調べならがらやれ」
「改善しながらすすめてくれ」
こういう指示は彼らには、「難しすぎる」のである。
結局、依頼したはいいが、
「頭をつかうのは苦手なので、やりたくありません」
「私には無理です」
「調べ方がわからなかったので、止まってしまいました」
こう言われて、「イラっ」と来ているマネジャーや経営者の事例を、私はいくらでも挙げることができる。
もちろん、彼らの能力不足ではなく、マネジャーが適切な指示をしていなかったり、必要なリソースを経営者が用意していないケースも多いので、どちらが悪い、と一概に言うことはできない。
しかし、今それなりに高給で、やりがいもある仕事につくならば、こういった、ある程度自分の判断と折衝能力で想定外を切り抜けなければならないことは間違いない。
「マニュアルや、明確な指示がないとできません」という人々は、単純で、反復作業を主とした事務仕事、もしくは肉体労働につくしかない。
だが、そのような仕事はシステムや機械に置き換えられてきた。
統計数字としての事務員の減少は、そのような背景からでたものだろう。
メガバンクでもリストラが相次いでいるようだが、結局
「まあ、事務員そんなに要らないよね」
と、いうのが真理である。
*
しかし、いつから世の中はこんなに「定形業務を真面目にこなすこと」の価値が下がったのだろう。
それはおそらく「製造業」の衰退からだ。
作れば売れた時代、システムよりも人力が主たる事務をこなしていた時代は、工場、事務、サービス現場に大量の人力を要求したため、ブルーカラーもホワイトカラーも、「定形業務を真面目にこなす」ことで、明るい将来を約束されていた。
だが、時代は変わった。製造業の衰退でその一角が崩れたのである。
普通のひとは、ものをそれほど多く買わなくなった。生活にはすでにテレビ、洗濯機、冷蔵庫、スマートフォンがあり、「欲しいもの」を想像するのが難しいくらいだ。
しかも、そういった製品は、人件費の安い新興国でつくられるため、国内の製造業はもはや人を必要としない。
この事実は、実際のデータでも確かめられている。
製造業は我が国GDPの2割弱を占める基幹産業であるが、近年、生産拠点の海外展開や一部業種における競争構造の大きな変革等に伴ってGDP比率は低下している。
(経済産業省 http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_html/010102.html)
また、海外でも同様のことが起きており、これは世界的な傾向である。
ピーター・ドラッカーは、「製造業は、かつて農業が歩んだ道をたどっている」の述べ、社会の安定を製造業の雇用に頼っていた日本社会に対して警鐘を鳴らしている。
日本社会の安定は、雇用の安定、特に大規模製造業における雇用の安定に依存するところが大きかった。
いま、その雇用の安定が急速に崩れつつある。一九五〇年代に雇用が安定するまでは、日本は世界でもっとも激しい労働争議に明け暮れしていた。しかも日本は、製造業雇用が全就業者人口の四分の一という先進国では最高の水準にある。
労働力市場といえるものも、労働の流動性もないに等しい。社会心理的にも、日本は製造業の地位の変化を受け入れる心構えができていない。
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では、かつて工場が吸収していた雇用は、どこへ行ったのだろうか?
それは、スーパーマーケット、コールセンター、介護事業などの、労働集約的なサービス業に吸収されたのである。
しかし、資本集約的な大規模製造業に比べ、サービス業は労働集約的事業であり、賃金も低く抑えられてしまう。
そして何より、製造業に比べて社会的地位が低いことで、従事する人々が仕事を誇りに思えなくなりがちである。
サービス業の仕事の多くは、低収入であるばかりか、以前にあった製造業の仕事のしごとより著しく社会的地位が低い。
炭鉱や工場で働いていた人たちは、自分の仕事に本物の誇りを抱いていた。炭鉱労働者は国のエネルギー需要を満たし、工場労働者は社会に必要なものの製造に喜んで技術と労力を投じていた。地域全体も、彼らの仕事を高く評価していた。
もちろん、スーパーマーケットやコールセンターの労働者のなかにも、仕事に熱心に取り組んで、素晴らしい顧客サービスを提供している誠実な人は大勢いる。
だが、その仕事に昔と同じ誇りや威信が伴わないのは事実だ。
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「ろくな仕事がない」と嘆く人が大勢いる。
その一方で「選ばなければ仕事はいくらでもある」と上からものを言う人も大勢いる。
この意識の差は結局、「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」が世の中から消えてしまったことに起因する。
そして、我々の社会が安定を保つためには、そういった仕事がある程度必要である。
前アメリカ大統領のオバマは、それを理解していた。
米国で大きな問題となっている経済格差を解消するため、オバマ政権は中間層支援を重視している。
中間層の所得増加を促すためには、中間層が主要な役割を担っている製造業における雇用復活が求められる。そのため、オバマ政権は、米国内における製造業の雇用復活を掲げており、2013年から2016年(第二期)までに製造業における100万人の新規雇用創出目標を設定した。
2013年1月から2014年12月の2年間において、製造業の就業者は34万人増加している。また、2014年末には失業率は5.4%となり、リーマンショック前とほぼ同水準まで回復した。
(経済産業省 http://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2015/honbun_html/010102.html)
だが、トランプが大統領となったところを見ると、製造業を復活させる、という時計の針を逆に戻す行為は残念ながら機能しなかったようだ。
そして、これを解決できている国はまだ存在しない。
残念ながら、「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」が消えた世の中では、見えにくい「弱者」は増え続ける。
弱者が増え続ければ、鬱屈とした現状は、時に彼らを過激なテロへと駆り立てることだろう。
そう考えれば「そこそこ簡単で、それなりの給与と地位が約束される仕事」を作り出すのは、実は起業家や「勝ち組」に課せられた責任なのだと言える。
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