ちょうど2年ほど前に、新卒一括採用についての記事を書いた。

若者の唯一の既得権だった「新卒一括採用」のなくなる日

実際、企業は「新卒一括採用」を廃止することにメリットしかない。採用に関するリスクをかなり減らすことができるからだ。

「新卒は、海の物とも山の物ともつかない」と、ある大手企業の人事の方が仰っていが、これからは「実績ある人」をじっくり、時間をかけて採用できるのだ。

必要なら「まずはインターンで働かせてみて」から、できの良い人だけ採用したって良い。つまりこれは、究極の「若年層の保持していた既得権の破壊」である。

(Books&Apps)

新卒一括採用を行う会社が減りつつある、という話だったが、この話を書いた頃、この話はまだ「一部のテクノロジー企業」だけの話だった。

 

だがついに最近、経団連の会長が「新卒一括採用」のルールを廃止する意向を示した。

これは「日本企業全体」に波及する話だ。そうなれば、影響は大学生ほぼ全員に及ぶ。

経団連会長、就活ルール廃止に言及「日程采配に違和感」

経団連の中西宏明会長は3日に開いた記者会見で、就職活動の時期などを定めた「就活ルール」の廃止に言及した。

国境を越えた人材の獲得競争が広がり、経団連が個別企業の採用活動をしばるのは現実に合わないとの意識がある。一方で安倍晋三首相は同日夜、採用のルールを守るよう改めて要請。学業への配慮を求める大学側との調整が進みそうだ。

「経団連が採用の日程に関して采配すること自体に極めて違和感がある」。

中西氏は会見で、経団連が主体となってルールを定める現状に疑問を呈した。経団連がルールをなくせば自由な採用活動が一段と広がり、新卒一括採用を前提とする雇用慣行の転機となる。

(日本経済新聞)

日本独自の雇用慣行と言われる、「終身雇用」と「年功型給与」、そして「新卒一括採用」。

「終身雇用」も「年功型給与」も崩れた今、「新卒一括採用」にメスが入るのも当然といえば当然なのかもしれない。

 

そもそも、外資系企業や経団連に加入していない企業は、「就活ルール」を最初から無視している。

なりふりかまっていられない中小企業は言うに及ばずだ。

経団連に加入している会社だけが、自主的に設定した就活ルールを守るのは不合理だ、というのは筋としては通っている。

 

大学生は「労働力市場での弱者」

本質的に大学生は、一部の優秀層を除いてビジネスを知らず、スキルもない。

本来ならば、職を簡単には得られない「労働力市場での弱者」である。

 

その「弱者」である大学生は、就活ルール廃止によって「失業率」が向上する蓋然性が高い。

これは、厚生労働省の労働白書でも指摘されている。

仮に、新卒一括採用が行われなくなり、多くの欧米諸国のように新卒者も一般労働市場 の中での競争となると、職務経験のない学生が職務経験者を相手に競争せざるを得なくなるので、新 卒一括採用の慣行の下では就職できた新卒者が就職できにくくなる可能性がある。

(平成25年版 労働白書 https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/13/dl/13-1-5_01.pdf

また、これについては、個人的な実感もある。

卑近な事例で恐縮だが、つい先日、「昔は新卒一括採用を行ってたが、今はもう辞めた」という経営者と話をした。

「なぜ辞めたのですか」と聞くと、

「合理的でないから」と答える。

 

合理的でない、とは彼らしいが、理由を聞いてみたい。

「なぜ合理的ではないと判断したのですか?」

「まず一点は、新卒にやらせていた簡単な仕事を、インターンにやらせたり、外部にアウトソースするようになって、仕事が減ったこと。」

「仕事を減らしている、ということですか?」

「いや、仕事は増えているけど、「新卒社員でもできる簡単な仕事」は減らした。社員の雑用をなくして生産性を上げている。」

 

なるほど、たしかに彼の会社には昔よりもフリーランスや派遣が多く出入りするようになっている。

「フリーランスや複業の人が増えたからね」

と彼は言う。

最近では新卒を雇うより安いので、クラウドソーシングも活用しているそうだ。

 

「他には?」

「二点目は定着率の問題。新卒を面接や試験で一括採用するよりも、インターンを通じて、随時、いい人がいたら少数精鋭で採用するほうが定着率が良いことがわかったから。まあ、ミスマッチを減らした、ということだね。」

「離職率は今、どれくらいなのですか?」

「若手に限って言えば、10人採用して、3年経って、ひとり辞めるかやめないか、というくらいの割合だよ。」

「ずいぶん低いですね。」

「風土とマッチした精鋭だからね。あと、ウチの給料は同年代に比べてかなりいいんじゃないかな。あまり辞める人はいないよね。」

 

金額を聞いて驚いた。結構な良い給与だ。

「ずいぶん払ってますね」

「アメリカだと、優秀層にはもっと払うよ。まあ、ここは日本だけどね。貢献度の高い人に対して高い給与を払うのは当然。」

「なるほど。」

「とはいえ、一括採用に比べると、採用する人数が半分くらいで良くなったから、トータルでの人件費は対して上がってないよ。」

「なぜですか」

「面接では実力がわからないからね。実力のよくわからない新卒を10人雇ってもハズレが多くて、能力も意欲も高いのはせいぜい3人くらい。それなら実際に働いてもらって、いい人を5人雇うほうが合理的だ。」

 

彼の会社にとっては、10人一括採用していた玉石混交の新卒を、5人の「実力がわかっている精鋭」に集約できたのだから、まさに「合理的」だ。

だが、雇用そのものは減ったことになる。

 

消えた「新卒一括採用」の合理性

ここから読み取れることは、私達が想像する以上に、新卒採用の現場が大きく変化している可能性がある、ということだ。

 

新卒一括採用の合理性は、今まで

・同一スケジュールで採用が進む事による低い採用コスト、および教育コスト

・「同期意識」の形成による企業風土への高い順応度、および競争意識の醸成

などによって担保されてきた。

 

だが、近年ではこれらのメリットが本当に「メリット」と言えるのか、甚だ疑問である。

少子化や情報過多で、新卒採用コストは跳ね上がる一方であるし、教育コストを回収する前に、新卒は転職してしまう。

 

また、そもそも「同族意識」の必要性は「年功制」「終身雇用」に裏打ちされていたもので、多様性の時代にはすでに時代遅れ感がある。

こうなってしまっては、「新卒一括採用」を採択する企業が減るのも無理はない。

 

そして、新卒一括採用を捨てた会社は、上の会社のようjに「インターンシップを通じた採用」「社員からの紹介」などに、採用の中心を移行する。

実際、私が最近お会いするスタートアップ企業の中には、インターンシップの学生が、社員より多い、なんていうケースもある。

 

魅力的な事業をしているスタートアップなどには、優れた人が集まるので、経験1年程度のインターンに対して「社員より優れている」と経営者が言うことも少なくない。

彼らは在学中から仕事を通じてスキルアップに勤しんでいるのだ。

 

しかし、それは「仕事の実力にごまかしがきかない」という厳しい実力社会だ。

いままでは、実力は無くとも「やる気」「コミュニケーション力」「学歴」「容姿」などの外形的な要素で採用してもらっていた学生が行き場を失う、ということでもある。

欧米の若年失業率の高さは、それを反映したものなのだろうが、それが良い世界であるかどうかはまだわからない。

 

個人的には「就職氷河期」で苦労した経験があるので、新卒一括採用は、クソみたいな慣習だ、と思っているが。

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
ご視聴登録は こちらのリンク からお願いします。

(2025/7/14更新)

 

◯TwitterアカウントBooks&Apps(最近改めて、Twitterはいい。)

◯安達裕哉Facebookアカウント (安達の記事をフォローできます)

Books&Appsフェイスブックページ(Books&Appsの記事をフォローしたい方に)

◯ブログが本になりました。

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?

仕事で必要な「本当のコミュニケーション能力」はどう身につければいいのか?

  • 安達 裕哉
  • 日本実業出版社
  • 価格¥1,540(2025/07/15 20:28時点)
  • 発売日2017/08/24
  • 商品ランキング73,142位
「仕事ができるやつ」になる最短の道

「仕事ができるやつ」になる最短の道

  • 安達 裕哉
  • 日本実業出版社
  • 価格¥411(2025/07/15 14:32時点)
  • 発売日2015/07/30
  • 商品ランキング70,289位

(Photo:Dick Thomas Johnson