突然だが、たまにニュースになる、会社のお金を横領する社員の話をしたい。

 

ギャンブルにのめり込み、あるいはホステスやホストに入れあげて借金を重ね返済に困り、最後には目の前のお金に手を付けるというパターンが目立つようだ。

このようなニュースを聞いて、まず誰が「一番悪い」とお考えになるだろうか。

 

私はこのような場合、誤解を恐れずに言うと、「盗られた会社が一番悪い」と思っている。

すなわち経営者が圧倒的に一番悪いということだ。

 

そして場合によっては、盗んだ社員はむしろ被害者であるとすら思える。

なぜか。

 

一つには、社員が一人で現金を扱い、なおかつその現金を抜いたことが発覚するまで相当期間が空くという仕組みは、何らかの理由があり、社員のワンオペが当たり前の環境になっているからだ。

責任を任せることと、責任を丸投げにすることの意味は全く違う。仕事は、任せ方によってはただの責任放棄になる。

 

とはいえ世の中には、顧客から直接現金を受け取り、なおかつ正確な売上を把握しにくい商売も存在する。

例えば路線バスの運転手を例に挙げたい。

今でこそ交通系ICカードの使用が当たり前になったので事情は様変わりしたが、かつては運賃を運賃箱に投入させず、直接受け取って小銭を稼ぐ手口で横領をする運転手のニュースが後を断たなかった。

 

なおかつ乗客も心得たもので、直接支払うから負けてくれという交渉をするものまで現れる始末であり、なおかつこの手口は実乗客数が必ずしも把握できない以上、少額であれば発覚しにくい。

このような職業やポジションの存在を理由に、現金収受に管理者を置くことが難しいことの言い訳にする経営者も、一部会見などでは散見してきた。

 

しかし言うまでもなく、そのような言い訳は説得力を持たない。

なぜなら、経営側としてはコストを度外視できるのであれば、横領を絶対に防止する仕組みの構築など容易だからだ。

 

例えば昭和の時代、田舎では、バスの現金収受は女性車掌の定番の仕事だった。

それを運転手に、運転と現金収受の管理まで任せたワンオペの結果として、横領を「やろうと思えばできる」環境にした結果、横領が発生したのであれば、悪いのは明らかに経営者側ということになるだろう。

 

さらに言えば、監視カメラや乗客の乗降を管理できるセンサーでも取り付けるような設備投資をすれば、絶対に横領できない仕組みを作るのはそれほど難しいことではないはずだ。

結局のところ、経営者が考える「現実的なリスク」分析の結果、そのリスクに多額の設備投資を行って対策をするべきか否か。

 

しないと決めた結果として横領が発生したのであれば、言い訳のしようがない。

もし、経営者にとって横領とは織り込むべきリスクであり、織り込んでいなかった結果として会社が傾くような金を抜かれたのであれば、悪いのは間違いなく経営者ということになる。

そして、盗もうと思えば盗める環境で働かされた社員は、そんな経営者の被害者に過ぎない。

 

人は絶対に、自分の非を認めない

万人に理解されるとは思えないが、こんな刺激的なことをいうのには理由がある。

それは、人は容易には、自分の非を認めることができない、という現実だ。

私が今まで読んだ中で、自分の行動パターンすら変えてくれるほど大きな刺激を受けた本の一つに、Dカーネギーの「人を動かす」という1冊がある。

全ての自己啓発本の原点、とも言われることがある名著だが、この本のどのエッセンスが突き刺さるのかは、その人の立場により大きく異なるであろうことも、また魅力の一つだ。

 

そして私はいきなりの冒頭、第1章の第1節、「盗人にも五分の理を認める」がもっとも突き刺さる内容だった。

要旨、人は絶対に自分が悪いと認めることなどない。

どれだけの極悪人で死刑囚であっても、自分が悪いことをしたので死刑になって当然だ、とは考えていないというものだ。

 

実際に、死刑を待つ囚人にインタビューをしても、自分がなぜそのような罪を犯すに至ったのか、という理由を、理路整然と話す。

そして、それは避けることができなかった選択肢であり、時に、自分はそのような社会の犠牲者であると「義憤」を語りだすものもいるという。

 

死刑判決を受けるような囚人にしてもこのように、自分の人生における考え方や選択は正しかったと信じているということだ。

であれば、まじめに考え、まじめに仕事をしていると自分を評価している一般人が、素直に「私が悪かったです」などと思うものだろうか。

上司から仕事上のミスを叱責されても、素直に反省したフリをしながら

「お前の指示が悪いんだろ」

「製品に競争力がないからだ」

「体調が悪かったのに、何も聞いてくれないなんて、なんて酷い上司だ」

というように思っているはずだ。

 

部下が最初から失敗してやろうと考え、あるいは会社や上司を困らせてやろうと思い故意に失敗したのであれば、叱責はまだ当を得た非難になるかもしれない。

しかしそんな社員はまずいないし、いたとすればそれはもはや叱責とは別の処方箋が必要な問題である。

 

いずれにせよ、仕事に失敗した部下のパフォーマンスを挙げる目的で失敗を叱責する行為は、ほとんどの場合で意味をなさない。

人を動かすには、単純な叱責などまるで効果がないことを、管理職にある者や会社経営者は強く自覚するべきということだ。

 

実際に会社のお金に手を付けた社員の話

話を最初に戻したい。横領は、「盗られた会社が一番悪い」という話だ。

私がCFOをしていたある会社では、営業社員の一部が直接、顧客から現金を回収せざるを得ない仕組みになっている現場があった。

例えば駅前にある銀行ATMのようなもので、物理的に人の手を使って現金の出し入れをする必要がある構造の現場である。

 

もちろんこのような業務を運営する会社では、その取り扱う金額の大きさによって担当社員を3人にするか、場合によってはガードマンを雇って厳重に警備し、このような業務を遂行させているだろう。

しかしその会社では、1ヶ月で200万円ほどの集金が必要なある現場を、若手の社員1人に任せていた。

そして取り決めとして、集金当日に必ず会社に戻るというルールを義務付けてはいたが、正直ただそれだけだ。200万円の現金を持ったまま逃げることなど、その気になればいつでもできる。

 

そして実際にその事件が起きてしまう。

ある現金回収予定日に、何時になっても社員が会社に戻らない。上司が心配し電話をすると、

「明日朝一番で、必ず持っていきます。今日は直帰させて下さい。」

と答えたそうだ。しかし翌朝、彼は現れない。

上司が電話をすると、

「体調不良です、今日は休ませて下さい。」

と答える。

 

普通に考えてクロである上に、しかもこのような精神状態にある社員は突発的に何をするかわからない。私はすぐに社員の自宅に向かうよう上司に指示をしたが、残念ながら彼が住むマンションは既に誰もいないという。

居留守かも知れないが、いずれにせよこの後、彼は電話にも出なくなってしまった。

 

結局彼はその後1週間ほど逃げ回ったが、いろいろな手段を使った家族が本人を確保し、会社に連れてくることに成功した。

そして、まずは平謝りで謝罪をするが、現金は全て使い切っているという。そして使い切るまでのストーリーを、以下のように語った。

・前月の集金日に回収した全額を、どこかで落としたこと

・会社に迷惑をかけられないので、サラ金で借金して会社に納めたこと

・お金を落として困っていたのに、誰も相談できる上司がいなくて辛かったこと

・サラ金の返済に困り、さらに借金を重ねて全額競馬につぎ込んで大穴を当て返済しようと、努力したこと

・それも全て負けてしまったので、もはやこれまでと思い逃げたこと

などだ。

 

そして、こんな大金を落とすようなリスクをケアしていない会社にも責任がある。サラ金で借金をしてまで会社にお金を入れるほど、自分には誠意があった。

という趣旨の自己弁護を始め、だから警察には言わないで欲しい、と迫った。

なお、お金を落としたことを警察に届けたのかと聞いても、大事にできなかったと考え届けていないという。

 

完全に破綻しているストーリーだが、もはや彼は、自分のプライドを維持することで精一杯だ。

それほどまでに、人が自分の自尊心を守ろうという行為の優先順位は高く、手段など選ばないということであるが、それが余計に彼を惨めにさせる。

結局この一件では、彼の両親が横領した売上の全額を弁済したこともあり、刑事事件化することはなかった。さらに彼には、自己都合での退職を認めて、穏便に会社を去ることも認めることになった。

 

しかし彼は、どこまで行っても自分が悪いことをしたなどと考えることはないだろう。

ただ、両親に迷惑をかけたことくらいは認める理性が残っていれば、あるいは二度と、同じ間違いを犯すことはないと期待したい。

 

経営者は、リスクさえ折り込めばそれで良いのか

この一連の騒動で感じたことは、やはり会社のお金を横領させるような原因を根本的に作ったのは会社であり、一番悪いのは会社だというものだ。

なぜなら、極論すればこの売上金の回収金額が1億円であれば、若手社員1人になど絶対に任せることはないからだ。

 

つまりこの仕事を何の工夫もなく1人の社員に任せた経営者側は、潜在意識では、200万円なら盗まれてもいいだろうと消極的な容認をしていたことになる。

そのリスクマネジメントの結果として発生した横領なのだから、どう考えても経営者が悪いということだ。

 

そして、会社のリスク管理の論理のために、いつでもお金を盗める環境に晒された社員はある意味で気の毒だ。

 

私が証券マンであった時にも何度か経験したが、世の中には、お金というだけでおかしな興奮をする性質を生まれ持った人が、一定数存在する。

一般の感性を持った人であれば、少なくとも私はそうだが、自分のものではないお金などただの紙であり、特別に感情が動くことなど無い。

 

お金持ちの顧客から100万円の札束を10本、1000万円を現金で渡されたら、「振り込めよ、面倒くせえなあ・・・」と思うだけだ。

しかしなぜか、世の中にはその目の前に積まれた現金を見て興奮し、それをチャンスだと捉える、おかしな回路が繋がる者がいる。そういった性質を持つ人に現金を扱わせては、絶対にならない。

これは会社のリスク管理のロジックとは別に、無駄な犯罪者を生み出さないためにも、会社が注意をしてあげなくてはならない義務と言っても良いだろう。

 

たくさんの社員を雇用している会社であれば、会社側の論理だけでリスク管理を考えるのではダメだということだ。

どれだけ道を間違っても、社員が横領などを絶対にすることができない仕組みを作ってあげることも、実は大事な「福利厚生」の一部であり、経営者の重要な仕事の一つと捉えて欲しい。

そう言った意味で、もし会社で横領などの事件が起きたならば、一番悪いのは経営者だ、という話であった。

 

なお念の為だが、一番悪いのは経営者であっても、横領をした社員が悪くないわけではもちろんない。

特に業務上任された金品をネコババする業務上横領罪の場合、法定刑は10年以下の懲役だ。それに対し、単純にお金を盗む窃盗罪は、10年以下の懲役または50万円以下の罰金となる。

 

業務上横領罪には罰金刑がなく、単純にモノを盗むよりも重い処罰が課されるというわけだが、それもそうだろう。

人や会社からの信頼を裏切り、その金品を着服するという行為は、ただの盗みよりも悪質であるということだ。

お金に困ることがあれば、横領などという割の悪い行為に走るのではなく、上司や経営者に相談をする方が得策だと考えて、合理的に行動して欲しい。

 

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(2019/11/7更新)

 

【著者】

氏名:桃野泰徳

大学卒業後、大和證券に勤務。

中堅メーカーなどでCFOを歴任し、独立。会社経営時々フリーライター。

複数のペンネームでメディアに寄稿し、経営者層を中心に10数万人の読者を持つ。

(Photo:Will Keightley