ブラック・ジャック創作秘話という漫画がある。

この漫画は手塚治虫さんの仕事にかける情熱を、当時彼と一緒に仕事をしていた人達と共に振り返るというもので、とても面白い作品だ。

漫画という仕事に驚異的な熱意をかける手塚治虫さんの生き方に、読んだら心を揺さぶられる事間違いなしである。

 

漫画の神様、手塚治虫。彼の作品に影響を受けた人は非常に多いし、僕も間違いなくその影響を受けたうちの1人である。

火の鳥や仏陀、アドルフに告ぐなんかは何回読んでもあまりの面白さに圧倒されるし、マイナーな作品ですら「こ、こんな面白い漫画、どうやったら書けるんだ・・・」という驚異的なクオリティーのものが多く、60歳という比較的短い生涯にもかかわらず、非常に膨大な作品を残したことでも知られている。

 

まさに仕事に生き、仕事に死んだ人といえるだろう。

僕は手塚治虫さんの作品がもの凄く好きだし、手塚治虫さんの生き方にはある種の憧れがある。

 

ただ、そういった感動フィルターを外して彼の生き方をみると、一つのとても難しい問題に突き当たる。超人の行いには、問題が多すぎるのだ。

 

超人のやった事だからといって、何でも許されていいのだろうか

ブラック・ジャック創作秘話に書かれたエピソードを、手塚治虫ではなくどこぞの中小企業のオジサンがやった事として読むと、ハッキリ言ってあれはパワハラ以外のなにものでもない。

異常な長時間労働。厳しすぎる指導。そして本人から喜怒哀楽と共に繰り出される様々なプレッシャー。

 

手塚治虫さんの築き上げた偉大な業績があれば美談として語られるこれらの事を、美談として成立させているのは、手塚治虫さんの残した作品があまりにもハイレベルであり、その業績をみんなが評価しているからである。

 

実際問題、僕もブラック・ジャック創作秘話を読んで、手塚治虫さんの行いに物凄く感動してしまう。

何度読んでも、深い慟哭を感じるし、あそこまで情熱的に物事に取り組めるという事には憧れしか感じない。

 

その上で、だ。じゃああの行いを、完全に果たして肯定していいものなのかと言われると、素直に頷き難いものがあるのもまた事実である。

手塚治虫さんのハチャメチャな働かせ方は、一歩間違えたら社員が電通の事件のような顛末に至ったとしても何の不思議でもないだろう。

 

超人は自分にも他人にも要求レベルが高すぎる問題

似たような話は、様々な分野でも目にする。

例えば神の手を持つ脳外科医として知られる福島孝徳さん。

僕がちょうど医学生をやっていた頃、彼は非常にマスメディアで取り上げられる事が多く、手術中の様子がたびたびテレビで放映されていた。

 

とにかくハチャメチャに自分にストイックで、異常なまでの情熱を仕事に傾けるその姿に、憧れた人は多いだろう。実は僕もそのうちの1人だ。

しかし数年間たってから、その当時放映されていたTV番組の内容を思い出すと、そこにはハワハラとしていいようがない描写が非常に多く映し出されていたのも、また事実である。

 

福島孝徳さんの要求に従えなかった助手に対して、手術中ずーっと患者の命をたてに叱責する様はどう考えても異常な光景だったし、その他にも間違った道具を渡されたら、助手に怒鳴り声をあげて地面に渡された道具を投げつけるなど、いくら患者の命がかかってるとはいえやりすぎ感は否めない。

 

ちょっと冷静に考えると間違いなくヤバイとしかいいようがない内容のオンパレードを、よくもまあゴールデンタイムにお茶の間で普通に放映していたものである。時代が時代だから、許されたというのはあるだろう。

 

まあ実際の手術現場では、よくある普通の事ではあるのだが・・・

 

卓越した偉業を成し遂げた人だからと言って、パワハラが美談になっても良いのだろうか

この問題が難しいのは、手塚治虫さんにしろ、福島孝徳さんにしろ、彼らの作り上げた偉大な業績により、救われた人も物凄く多いというところにある。

 

手塚治虫さんの漫画で人生が大きく影響を受けた人、福島孝徳さんに手術をしてもらったから救われたという人。

これらの良い影響を受けた人達は、間違いなく手放しに彼らの事を絶賛するだろう。つまり、彼らの行いは、ある面では圧倒的にポジティブな効用を生んでいるのである。

 

けど、そのポジティブな効用の裏で、パワハラに泣かされた人の数もかなりのものだろう。

実際、あの手の天才は多くの場合において、家庭は完全に破綻しているケースも多い。

 

圧倒的な情熱と優れた才能、たゆまぬ努力により超人となった事の引き換えに、彼等はある意味では狂人となってしまったのかもしれない。

何かを手に入れるため何かを手放すじゃないけれど、人から超人になるという事は狂いという、ある種の副作用があるのだろう。

 

唯一無二は強い

この問題の難しいポイントは、超人の生み出した成果物は他に替えがきかないというところに集約されるだろう。

手塚治虫さんにしろ、福島孝徳さんにしろ、恐らくだけど空前絶後の存在である。替えがきかない、唯一無二の存在だからこそ、私達は超人の成果物をありがたく受け取ってしまう。

 

つまり、代用できるような中途半端な個人のパワハラは罰されても、替えがきかない圧倒的に卓越した個人のパフォーマンスに対しては、ある程度のパワハラは美談として成立してしまうのである。

唯一無二は強いのだ。

 

超人の生み出す業績が圧倒的である以上、私達消費者が超人を利用しないというのは難しい。

それに超人を安易に「パワハラだ」と批判して、超人の生産性を受け取れなくなるのは損以外のなにものでもない。

 

じゃあ私達は黙ってこの問題を見過ごすしかないのだろうか?実はこの問題を改善する為のキーワードは鮨屋にある。

 

職人ではなく、商売人になると人は丸くなる

つい先日、とある鮨屋での事だ。

そこの大将と、昨今の鮨ブームについての話で盛り上がった際、前から抱いていたある疑問をぶつけてみた。

 

「昔って、なんか鮨屋って凄く怖いところだったじゃないですか。なんかビクビクしながらお鮨を食べさせてもらうって感じの所というか」

「けど最近は、なんかそういう話を全く聞かなくなったんですよね。一体、何がおきたんでしょうか」

 

大将は少し考え込んだ後にこう答えた。

「昔の人は鮨職人だったけど、今の人達は鮨でビジネスをやってる。彼等にとって、鮨は道ではなく、金儲けとか承認欲求の獲得方法の一環なんだろう。」

「職人は頑固じゃないと務まらないけど、ビジネスマンは頑固だとむしろ務まらない。たぶんだけど、そういう事なんじゃないだろうか」

 

僕はこれを聞いて、物凄く納得した。なるほど、芸ではなく商売になると、人は頑固を放棄せざるをえないのである。

ただこれは、あくまで商売人と顧客の関係だからこそ、問題が改善しているというだけの話である。

当然、寿司職人となる修行の一環の中では、多くの厳しい試練が新参者を待ち受けているだろう。

 

それを改善するためにはどうすればいいだろうか?僕が思うに、そこにも何らかの方法でビジネスのような仕組みを組み込めばいいのである。

 

恐らく、これは不可能ではない。

ファンが作家や芸能人を育てあげるのと同様、新参者が先輩に何らかの報酬を与えられるような構図さえ導入できれば、そこには自然とビジネスの空気が流れ込む。

 

考えてみると、そもそも仕事の習得というのは物凄く偏った行いだ。

先輩は仕事を教えるが、新参者はそれについて「ありがとうございます」という感謝の言葉ぐらいしか支払えるものがない。

 

このような相互の関係が対等とはいい難い状態は、ビジネスとはとてもいい難い。

鮨を食べて「ありがとう」でお勘定を支払われたら、寿司職人は間違いなく怒るだろう。そういう事だ。

 

だから何とかして、仕事の習得という風習にビジネスの原理を組み込めないかなーと考えているのだけど、問題はどうやったらいいかの糸口がちょっと考えつかないというところにある。

結構長い期間、この問題を考えているのだけど、未だにいいアイデアが全く思いつかない。

というわけでみなさん、なんかいいアイディアありませんかね。たぶん鍵は閉鎖環境の取りやめと、マネーのようなものの導入にあるとは思うのだけど。

 

仕事から芸を取り除き、商売の原理を全てに取り込めたとき、私達は卓越した業績を何の損失もなく受け取れるようになるのかもしれないと思うと、この問題の解決策を考えるのは結構大切だと思うんですよね。

 

やっぱり、みんなにやさしい社会がいいじゃないですか。

これがうまく行けば、弱者でも生きやすい社会の実現にも一役買えると思いますし。

 

ビジネスの仕組みは社会をもっと良くできる可能性がある。

こう考えると、市場原理って本当に偉大だなぁと、改めてその凄さに感服させられます。

 

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高須賀

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