『「場当たり的」が会社を潰す』(北澤孝太郎著・新潮新書)という新書を読みました。
「場当たり的」が会社を潰す (新潮新書)
- 北澤 孝太郎
- 新潮社
- 価格¥792(2025/07/14 08:38時点)
- 発売日2019/03/14
- 商品ランキング585,050位
このタイトルをみて
「そうそう、うちの上司も『場当たり的』なんだよなあ……」
と思った人は少なくないはずです。僕もそうだったんですよ。
でも、この本を読み進めていくと、「場当たり的」だと他者を批判している人のなかにも、「場当たり的ではない、ちゃんとしたビジョン」を持っている人は、ほとんどいないのではないか、と考え込まずにはいられませんでした。
「あの人は場当たり的だ」という批判を、多くの人が「場当たり的に」しているだけなのです。
著者は「場当たり的」について、こんな説明をしています。
「場当たり的」にならないためには、「強い思い」が必要だと序章では述べました。
その思いを実現していくには、その構造、仕組みをしっかり考えたうえで、「戦略」を練り、それをしっかり「戦術」に落とし込んで何度もトライアンドエラーすべきです。
戦略と戦術の違いを野球で説明してみましょう。
同点で9回裏ノーアウト満塁。1点もやれない場面。自チームの投手の球には勢いがあり、スタミナがまだ残っている。
そのため、「次のバッターは、内野ゴロを打たせないで、三振で仕留める」という方針をベンチが立てたとします。これがこの時点でのチームの戦略です。
この戦略に基づいてバッテリーは戦術を考えます。「1球目、内角をえぐるようなストレートでバッターをのけ反らせておいて、2球目は外角のスライダーで……」という具合に、やることを具体的にして順番をつけたものが戦術です。
ただし、戦術は、状況によって変化させねばなりません。もしも相手に手の内が読まれていると仮定した場合、当初の予定通りの配球にすると、フォアボールで押し出しの危険性が出てきます。三振は取れなくなります。
戦略には一貫性が求められますが、戦術は臨機応変る必要があるとも言えるでしょう。
戦略そのものが論理的に構築されたものではなく、曖昧なままで、それ自体が状況にあわせて、ころころ変化えしまうとどうでしょう。
当然、戦術も定まりません。プレイヤーたちは、何をどこまですればよいのかわからず、やることに焦点が定まらないのではないでしょうか。
その結果、組織としては思い通りの成果を得られません。
それに関わる人たちは、成長感も味わえず、場合よっては徒労感さえ感じてしまうに違いありません。
このように、よく考えられた戦略がない状態でとりあえず行動を起こすために方向性をきめること。
それによって成果のあがりそうにない戦術が非論理的に提示されることを「場当たり的」と本書では定義します。
野球に詳しくない人にとっては、ちょっとわかりにくい説明のような気がしますが、「とにかく気合、ここは三振しかない!」と現場に「任せる」ような采配が「場当たり的」ということなのでしょう。
大事なのは、戦略をもとに、より成功する確率が高い戦術を選択していくことなのです。
正しい戦術だからといって、相手の力や環境・状況によっては、必ずしも成功するとはかぎらないけれど。
「場当たり的だったけれど、そのときはうまくいった」というケースも十分ありうるわけですが、それを続けていれば、いつか、大きな破綻をもたらしてしまいます。
実際に、筆者は研修の打ち合わせの現場において、そういう「戦略(もどき)」と多く目にしてきました。
先日、ある大手企業の役員、本部長研修の前に打ち合わせに行き、各事業部の今期の戦略を事前に見せて頂いたときのことです。
そこに並んでいたのは、それぞれの部署の「戦略」なるものでしたが、いずれも私には「戦略」の名に値するものには思えなかったのです。「場当たり的」なのです。
早速、私はその役員、本部長らに話を聞いてみました。まずはA本部長です。彼は担当部署の今期の「戦略」として「売上対前年度8%アップ」を掲げていました。
「本部長、この本部の第一の戦略は、売上対前年度8%アップを掲げておられます。つまりこれがこの本部の大きな目標ということなのでしょうが、根拠はなんでしょうか」
「根拠? そんなものはありませんよ。しいて言うなら、前年が5%アップという目標を掲げていたにも拘らず、3%ダウンに終わったのです。当然、挽回してそれを超える目標を掲げなければなりません。このままでは、当部も危うくなりますからね。売上を上げることが第一優先です」
「なるほど。では、それを成し遂げるための戦術はなんでしょうか」
「今、それを考えるように部下に指示を出しているところです」
「本部長ご自身は、戦術は考えられないのですか。もし、的確なものが上がって来なければどうされるのですか」
「そのときは私が出しますが、私はあくまでもとりまとめ役です。部下に考えさせて、実行させるのが本部運営には一番いいのです。結果はみんなの責任という意識になりますから」
「では、昨年3%ダウンに終わった原因は、なんだとお考えですか」
「それも今分析させています。なかなか難しい状況があるようです。ただ、私が感じるのは、訪問数が圧倒的に不足しているということです。先日の本部会議でもそのことを指摘し、1日3件の訪問、それを評価に反映させると宣言したところです」
ここまで聞いて、私は恐ろしさすら感じ、これ以上の質問は無駄だと判断しました。A本部長の「戦略」のどこが問題なのでしょうか。
著者はこの後、「そもそも、『8%』は、戦略ではなくて、目標数値ではないか」をはじめ、A本部長の数々の問題点を指摘していきます。
興味を持たれた方は、ぜひ、この本を手にとってみていただきたいのですが、これを読みながら、こういう上司って、いるよなあ……と思った人は大勢いそうです。
そもそも、日本の少子化対策だって、現実を受け止めずに「まずこのくらい出生率が改善して……」という数値目標が示されていますし。
今の偉い人たちが若かりし頃は、日本全体が人口も経済力も(基本的に、人口増は経済成長の大きな要因になるのです)右肩上がりだったわけで、失敗しなければ業績も上がっていく時代だったともいえます。
ところが、今の時代は、よほどうまく立ち回らなければ「現状維持」だって難しい。
このインターネット時代に「訪問数を増やす」というのは、有効と思えないどころか、かえって嫌がられたり効率を落としそうな気がするのですが、過去の自分の成功体験をリセットすることができないのです。
それは人間の特性ともいうべきもので、「場当たり的な上司」を嘲笑していた若手が、自分が偉くなったら「老害」になるというのもよくある話です。
著者は『営業部はバカなのか』というベストセラーを上梓している「営業のエキスパート」なのですが、この本のなかで、「トップ営業マンの極めて特徴的な行為」について紹介しておられます。
社名が広く知られている大手企業ならいざ知らず、多くの営業マンは、名の通っていない中小企業に所属しています。
先方は、有益な出会いを求めている一方で、あまたの営業マンの攻勢に辟易しています。ですから、初対面の瞬間、ほんの3~5秒の間に最初の一言を聞くべきかどうかを決めます。
そこで合格になった人の中から次の1~2分の間に、さらに真剣に話を聞くべき相手なのかを見極めていきます。
最初の3~5秒で顧客(候補)側は、営業マンの目つき、話し方、身だしなみ、姿勢、声のトーンから、「こいつは信頼できるかどうか」を直感的に判断します。
そこでクリアした相手に対しては、次の1~2分の間に、その営業マンや所属する会社が自分にとっていいことをもたらすかどうか、他の営業マンに比べてさらに好意を持つべきなのかどうか、放たれる言葉をもとに判断するのです。
「社長、社長の右腕、左腕、また次世代を担う優秀な人材の採用にご興味はございませんか。私とお付き合い頂いたら、必ずそんな人間と面接頂けるよう目の前に連れて参ります。リクルートはそんな会社です」
「NTTグループは、ドコモ、コミュニケーションズ、データなどそれぞれが独立した会社です。しかしソフトバンクは、今ある通信技術の中で貴社に一番IT武装して頂ける手立てをたった1社でご提供できる会社なのです。利益の二重取り、三重取りは致しません。一度提案だけでもさせて頂けませんか」
これらは、著者自身が、まだ無名時代のリクルートとソフトバンクの新規営業の際に使っていた殺し文句の一例だそうです。
著者自身は、ワーカホリックな感じもする超有能な営業マンなのですが、こういう「とにかく最初に相手の心をつかむことの重要性」は、知っておいて損はないと思います。
営業って、される側にとっては、「こっちも忙しいのに、前置きは長いし、また同じ話か……」「向こうも仕事だから仕方なくやっているんだろうな……」と感じることも多いんですよね。
「まず仲良くなりましょう」みたいなスタンスで来る人もいるのだけれど、僕は「こっちは友達をつくろうと思っているわけでもないし、めんどくさいなあ……」と、うんざりしてしまうのです。
こういう人なら、プレゼンテーションも簡潔に要点をまとめてやってくれそうです。
昔ながらの人間関係重視の営業活動も、まだ、完全に終わってはいないのも事実なのでしょうけど、どんどん先細りになっていくはずです。
A本部長の話、「こんな人が大企業で偉くなれるのか……」と考えてしまうのですが、僕は、自分自身がA部長になっているのではないか、と不安にもなったのです。
A部長は、きっと、自分が「場当たり的」ではなく、「部下の意見を尊重する戦略家」だと思っているのだろうなあ。
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。

<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>
第6回 地方創生×事業再生
再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは【ご視聴方法】
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当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。
【今回のトーク概要】
- 0. オープニング(5分)
自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」 - 1. 事業再生の現場から(20分)
保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例 - 2. 地方創生と事業再生(10分)
再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む - 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説 - 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論 - 5. 経営企画の三原則(5分)
数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する - 6. まとめ(5分)
経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”
【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。
【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)
【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで
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