『「場当たり的」が会社を潰す』(北澤孝太郎著・新潮新書)という新書を読みました。

このタイトルをみて

「そうそう、うちの上司も『場当たり的』なんだよなあ……」

と思った人は少なくないはずです。僕もそうだったんですよ。

 

でも、この本を読み進めていくと、「場当たり的」だと他者を批判している人のなかにも、「場当たり的ではない、ちゃんとしたビジョン」を持っている人は、ほとんどいないのではないか、と考え込まずにはいられませんでした。

「あの人は場当たり的だ」という批判を、多くの人が「場当たり的に」しているだけなのです。

 

著者は「場当たり的」について、こんな説明をしています。

「場当たり的」にならないためには、「強い思い」が必要だと序章では述べました。

その思いを実現していくには、その構造、仕組みをしっかり考えたうえで、「戦略」を練り、それをしっかり「戦術」に落とし込んで何度もトライアンドエラーすべきです。

戦略と戦術の違いを野球で説明してみましょう。

 

同点で9回裏ノーアウト満塁。1点もやれない場面。自チームの投手の球には勢いがあり、スタミナがまだ残っている。

そのため、「次のバッターは、内野ゴロを打たせないで、三振で仕留める」という方針をベンチが立てたとします。これがこの時点でのチームの戦略です。

この戦略に基づいてバッテリーは戦術を考えます。「1球目、内角をえぐるようなストレートでバッターをのけ反らせておいて、2球目は外角のスライダーで……」という具合に、やることを具体的にして順番をつけたものが戦術です。

ただし、戦術は、状況によって変化させねばなりません。もしも相手に手の内が読まれていると仮定した場合、当初の予定通りの配球にすると、フォアボールで押し出しの危険性が出てきます。三振は取れなくなります。

戦略には一貫性が求められますが、戦術は臨機応変る必要があるとも言えるでしょう。

 

戦略そのものが論理的に構築されたものではなく、曖昧なままで、それ自体が状況にあわせて、ころころ変化えしまうとどうでしょう。

当然、戦術も定まりません。プレイヤーたちは、何をどこまですればよいのかわからず、やることに焦点が定まらないのではないでしょうか。

その結果、組織としては思い通りの成果を得られません。

 

それに関わる人たちは、成長感も味わえず、場合よっては徒労感さえ感じてしまうに違いありません。

このように、よく考えられた戦略がない状態でとりあえず行動を起こすために方向性をきめること。

それによって成果のあがりそうにない戦術が非論理的に提示されることを「場当たり的」と本書では定義します。

野球に詳しくない人にとっては、ちょっとわかりにくい説明のような気がしますが、「とにかく気合、ここは三振しかない!」と現場に「任せる」ような采配が「場当たり的」ということなのでしょう。

 

大事なのは、戦略をもとに、より成功する確率が高い戦術を選択していくことなのです。

正しい戦術だからといって、相手の力や環境・状況によっては、必ずしも成功するとはかぎらないけれど。

 

「場当たり的だったけれど、そのときはうまくいった」というケースも十分ありうるわけですが、それを続けていれば、いつか、大きな破綻をもたらしてしまいます。

実際に、筆者は研修の打ち合わせの現場において、そういう「戦略(もどき)」と多く目にしてきました。

先日、ある大手企業の役員、本部長研修の前に打ち合わせに行き、各事業部の今期の戦略を事前に見せて頂いたときのことです。

 

そこに並んでいたのは、それぞれの部署の「戦略」なるものでしたが、いずれも私には「戦略」の名に値するものには思えなかったのです。「場当たり的」なのです。

早速、私はその役員、本部長らに話を聞いてみました。まずはA本部長です。彼は担当部署の今期の「戦略」として「売上対前年度8%アップ」を掲げていました。

 

「本部長、この本部の第一の戦略は、売上対前年度8%アップを掲げておられます。つまりこれがこの本部の大きな目標ということなのでしょうが、根拠はなんでしょうか」

「根拠? そんなものはありませんよ。しいて言うなら、前年が5%アップという目標を掲げていたにも拘らず、3%ダウンに終わったのです。当然、挽回してそれを超える目標を掲げなければなりません。このままでは、当部も危うくなりますからね。売上を上げることが第一優先です」

「なるほど。では、それを成し遂げるための戦術はなんでしょうか」

「今、それを考えるように部下に指示を出しているところです」

「本部長ご自身は、戦術は考えられないのですか。もし、的確なものが上がって来なければどうされるのですか」

「そのときは私が出しますが、私はあくまでもとりまとめ役です。部下に考えさせて、実行させるのが本部運営には一番いいのです。結果はみんなの責任という意識になりますから」

「では、昨年3%ダウンに終わった原因は、なんだとお考えですか」

「それも今分析させています。なかなか難しい状況があるようです。ただ、私が感じるのは、訪問数が圧倒的に不足しているということです。先日の本部会議でもそのことを指摘し、1日3件の訪問、それを評価に反映させると宣言したところです」

ここまで聞いて、私は恐ろしさすら感じ、これ以上の質問は無駄だと判断しました。A本部長の「戦略」のどこが問題なのでしょうか。

著者はこの後、「そもそも、『8%』は、戦略ではなくて、目標数値ではないか」をはじめ、A本部長の数々の問題点を指摘していきます。

 

興味を持たれた方は、ぜひ、この本を手にとってみていただきたいのですが、これを読みながら、こういう上司って、いるよなあ……と思った人は大勢いそうです。

 

そもそも、日本の少子化対策だって、現実を受け止めずに「まずこのくらい出生率が改善して……」という数値目標が示されていますし。

今の偉い人たちが若かりし頃は、日本全体が人口も経済力も(基本的に、人口増は経済成長の大きな要因になるのです)右肩上がりだったわけで、失敗しなければ業績も上がっていく時代だったともいえます。

 

ところが、今の時代は、よほどうまく立ち回らなければ「現状維持」だって難しい。

このインターネット時代に「訪問数を増やす」というのは、有効と思えないどころか、かえって嫌がられたり効率を落としそうな気がするのですが、過去の自分の成功体験をリセットすることができないのです。

それは人間の特性ともいうべきもので、「場当たり的な上司」を嘲笑していた若手が、自分が偉くなったら「老害」になるというのもよくある話です。

 

著者は『営業部はバカなのか』というベストセラーを上梓している「営業のエキスパート」なのですが、この本のなかで、「トップ営業マンの極めて特徴的な行為」について紹介しておられます。

社名が広く知られている大手企業ならいざ知らず、多くの営業マンは、名の通っていない中小企業に所属しています。

先方は、有益な出会いを求めている一方で、あまたの営業マンの攻勢に辟易しています。ですから、初対面の瞬間、ほんの3~5秒の間に最初の一言を聞くべきかどうかを決めます。

そこで合格になった人の中から次の1~2分の間に、さらに真剣に話を聞くべき相手なのかを見極めていきます。

 

最初の3~5秒で顧客(候補)側は、営業マンの目つき、話し方、身だしなみ、姿勢、声のトーンから、「こいつは信頼できるかどうか」を直感的に判断します。

そこでクリアした相手に対しては、次の1~2分の間に、その営業マンや所属する会社が自分にとっていいことをもたらすかどうか、他の営業マンに比べてさらに好意を持つべきなのかどうか、放たれる言葉をもとに判断するのです。

 

「社長、社長の右腕、左腕、また次世代を担う優秀な人材の採用にご興味はございませんか。私とお付き合い頂いたら、必ずそんな人間と面接頂けるよう目の前に連れて参ります。リクルートはそんな会社です」

「NTTグループは、ドコモ、コミュニケーションズ、データなどそれぞれが独立した会社です。しかしソフトバンクは、今ある通信技術の中で貴社に一番IT武装して頂ける手立てをたった1社でご提供できる会社なのです。利益の二重取り、三重取りは致しません。一度提案だけでもさせて頂けませんか」

これらは、著者自身が、まだ無名時代のリクルートとソフトバンクの新規営業の際に使っていた殺し文句の一例だそうです。

 

著者自身は、ワーカホリックな感じもする超有能な営業マンなのですが、こういう「とにかく最初に相手の心をつかむことの重要性」は、知っておいて損はないと思います。

 

営業って、される側にとっては、「こっちも忙しいのに、前置きは長いし、また同じ話か……」「向こうも仕事だから仕方なくやっているんだろうな……」と感じることも多いんですよね。

「まず仲良くなりましょう」みたいなスタンスで来る人もいるのだけれど、僕は「こっちは友達をつくろうと思っているわけでもないし、めんどくさいなあ……」と、うんざりしてしまうのです。

 

こういう人なら、プレゼンテーションも簡潔に要点をまとめてやってくれそうです。

昔ながらの人間関係重視の営業活動も、まだ、完全に終わってはいないのも事実なのでしょうけど、どんどん先細りになっていくはずです。

 

A本部長の話、「こんな人が大企業で偉くなれるのか……」と考えてしまうのですが、僕は、自分自身がA部長になっているのではないか、と不安にもなったのです。

A部長は、きっと、自分が「場当たり的」ではなく、「部下の意見を尊重する戦略家」だと思っているのだろうなあ。

 

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【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

(Photo:Marco Verch Professional Photographer and Speaker