「学生の2.7人にひとりが、貸与型の奨学金を利用して大学に進学している」。
日本学生支援機構が公表しているこの数字は衝撃的だ。
大学を卒業した時点で、相当数の学生がすでに借金を背負っているのだから。
昨年のM-1グランプリで優勝した霜降り明星のせいやさんが、賞金を「奨学金の返済に使う」と答えたのも、ものすごく現代っぽい。
……なんて話になると、「なんで日本は教育にお金をかけないんだ!」という批判がなされるし、実際わたしも学費はどうにかならんかなぁと思う。
でも今回は、それとはちょっとちがう角度から考えたい。
借金してまで「大卒」になっても安泰とはかぎらない
大学進学率は右肩上がりで、現役の学部進学者はすでに約5割(文部科学省)。
また、30年前に比べて、高卒者への求人は4分の1以下にまで減った(厚生労働省)。
日本で学位を取得すること自体は比較的楽なうえ(もちろん大学と専攻によるが)、最終学歴が生涯年収に影響することもあり、「就職のためにとりあえず大学を出とけ」は既定路線になりつつある。
当の大学も、就活面接による欠席を公休扱いしたり、個別にエントリーシートの添削をしたりと、積極的に「就活塾」の役割を担っている。
そんな日本の大学だが、学費はOECD34ヶ国のなかで3番目に高く、私立大学も多い。
そのうえ偏差値という概念があり、受験には塾通いが一般的なので、学位取得にはとにかくカネがかかる。
それでも約半数の現役生が進学しているのが現状だ。
ではそうやって「大卒」という肩書きを手に入れて就職すれば安泰か?というと、そうとはかぎらない。
「大卒」を求めておきながら高待遇の約束はしない企業
就職をを踏まえて大学進学をする人がいて、大学もそれを承知で就職を支援し、大卒を求める企業も多い。
それなのに、学位を取得するために背負った「奨学金」という借金を返済できずに困っている人がいる。
フルタイムで「ふつう」に働いているにも関わらず、奨学金によって「結婚なんてムリ」「ひとり暮らしはしんどい」という人は少なくない。
わたしのまわりからは、「奨学金を返し終わるまで実家を出れない」「奨学金を返してから貯金、結婚となると一生独身かも」なんて声も聞く。
結婚する際のハードルとして、4割以上の男女が経済的事情を挙げていることも見逃せない(国立社会保障・人口問題研究所)。
若者の貧困の理由のひとつには、奨学金もあるだろう。
端的にいえば、「奨学金という借金のせいで人生ハードモードになる若者が多すぎじゃない?」ということだ。
そして、「そうまでして大卒になったのに見返り少なすぎじゃない?」と思う。
もちろん、大学を出たからといってお金を稼げるわけじゃない。それはわかっている。
そもそも大学は教育機関なのだから、勉強するために行くべきだ。
とはいえ現状、学歴は就活の武器になる。
企業が堂々と「大卒」、ましてや「高学歴」を求めるのであれば、それ相応の待遇を用意しておくのが筋じゃないのか?
日本は学費だって高いし、塾に通う人も多い。
そんな状況で「大卒」を応募条件にするなら、それなりの見返りを約束すべきじゃないか?
とまぁこう思うのだ。
どのツラ下げて「大卒」を要求するのですか
「とりあえず大学進学」という目的意識のない学生は批判されがちだが、「とりあえず大卒」の要求をする企業も企業だ。
高卒と大卒の待遇に差をつけ、新卒一括採用で「大卒」を受け入れる。
それなら、「大卒」になるのに必要だった学費くらい返せる仕組みになってないとおかしい。
学位取得のために必要だった教育投資の回収すら危うい待遇しか用意できないのに「大卒」を求めるのは、教育投資のフリーライドだ。それはちょっとずるい。
「大卒がほしいし、できれば偏差値の高い大学出身がいい。でも学位取得までにかかった費用をペイできるほどの待遇は用意しないよ」
というのは、
「家事をちゃんと毎日完璧にこなしてくれる人と結婚したい。でも生活費をじゅうぶんに渡す気はさらさらない」
という経済ハラスメント配偶者と似たような主張だと感じる。
「どのツラ下げてそんな要求するんですか!?」
ドイツには「大卒」を求める合理的な理由がある
たとえば、ドイツのような制度であれば、大卒を求めるのもわかる。
求人は基本的に欠員補充で、募集要項に仕事内容がはっきりと書かれており、その仕事に必要な知識を大学で学んだ人を募集する。
「大卒」を絶対条件とし、さらに「会計学の成績が○以上」などという条件が課せられている場合、与えられる仕事の難易度は高いが、そのぶん最初から給料がいい。
一方、学位を取得せずに職業教育を受けて就職をした人は、大卒の人とはちがった仕事を割り振られる。
もちろん給料もちがう。
じゃあ大卒とそうでない人に上下関係があるか?というとそういうわけではなく、お互い適正のある仕事をやって、チームワークが成り立っている感じだ。
だれにでもできる仕事を修士号もちの人に任せるのは「もったいない」。
それなら、一番かんたんな職業教育を受けただけの人に単純作業をやってもらえばいい。
そうやって雑務を片付けてくれる人がいるからこそ、高待遇の人も自分の仕事に集中できる。
こういった仕組みだから、大卒とそうでない人を区別するのは当然だ。
でも日本の企業の多くはOJTで、新卒一括採用ということもあり、就職の際に「専門知識や職歴のある即戦力」である必要はない。だから、大学でなにを勉強したかはあまり重視されない。
じゃあなんで、「大卒」を求めるんだろう?
大学で学んだことを活かす前提がないのに企業は大卒を求め、投資した学費をペイできるほどの待遇も用意せず、それなのに学生は就職のために借金しても大学に行く。
いったいだれのために、なんのためにこんな状況になっているのだろう?
ムダな「大卒」への需要が、若者をムダに苦しめる
「お金はないし目的もないけど大学に行かなきゃ」
と、とりあえず大学生になったものの、卒業後、大学で学んだことをまったく活かせない仕事に就き、給料が低く、奨学金を返せない。
だから結婚する経済的余裕もないし、もし子どもができたとしても、子どもの学費を払うのはしんどい。
そんな家庭に生まれた子どももまた、就職のために奨学金を借り、目的もなく大学へ進学する。
しかし望んでいた待遇での就職ができず奨学金は返せない……
これが延々と続いてしまう。
こういった状況は社会の仕組みの話でもあるから、企業にすべての責任があるとは思わない。
国が教育にカネをかけないことも問題だし、偏差値という考えのせいで「大卒」の価値がピンキリなのも事実。
でも、「教育投資の回収すらできない待遇で大卒を募集する企業」いうのは、もっと注目されるべきだと思う。
だって、なんだか筋が通らないもの。
もし「高卒でも問題ない!」という企業がたくさんあるのであれば、今の高校生に「就職目的でムリに大学に行く必要はないよ」と伝えてあげてほしい。「高卒でもまったく不利にならないから」と。
それでも「大卒」を求めるのであれば、それ相応の仕事と待遇を用意してほしい(大学生がそれに応えられかはまた別の話だけど)。
せめて、教育投資を回収できる程度の給料は約束すべきだ。それができないなら「大卒」をわざわざ求めるべきじゃない。
人口減少にともなう労働力不足や、大学の定員割れが叫ばれる現在。
理由のない「大卒への需要」もまた、見直されていくべきだろう。
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【著者プロフィール】
名前:雨宮紫苑
91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&
ハロプロとアニメが好きだけど、
著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)
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(Photo:Egan Snow)