本を読んでいると、物事の見方が根本から覆されるような経験をする事がある。

今年読んだ本でいうと、飯山陽先生の”イスラム教の論理”と”イスラム2.0”の2冊は凄かった。

飯山先生はこれらの本を通して、イスラム教徒のモノの考え方は根本から私達民主主義社会に生きる人間とは異なるものであるという事をこれでもかと教えてくれる。

 

イスラム社会では、理念上、奴隷制度は未だに許容されうる

本書で提示されるイスラム教に関する”不都合な真実”は実に衝撃的だ。

例えば私達の社会では1948年に世界人権宣言で「奴隷制度及び奴隷売買は、いかなる形においても禁止する」というコンセンサスが形成されている。

民主主義社会においては、奴隷制度は許される事のない毅然とした”悪”である。

 

これを聞いて「は?なにを普通の事をいってるのだ?」と思うだろう。

ではイスラム社会ではどうかというと、これが実に凄い。

 

実はイスラム社会では、理念上においてはだが、奴隷制度は未だに許容されうるシステムであり、異教徒と戦争し敵側の女を獲得したら、奴隷化して好き放題セックスしたり売り飛ばしたりしても全く構わないのだという。

(念の為いっておくが、ISのようなイスラム法に厳密に基づいて支配された地区以外では、このような事は行われていない。あくまで理念上の話である)

 

聞くだけで頭がクラクラするぐらい衝撃的な宣言だが、この発言をしたのは世界最大規模のイスラム教スンナ派の研究・教育機関に所属するエジプト・アズハル大学のスアード・サーリフ”女性”教授であり、イスラム社会ではこれは極めて普通の理解だという。

 

人権主体の民主主義社会と、神権主体のイスラム教社会は相容れない

なぜこんな言説が未だにまかり通るかというと、イスラム教においては教典であるコーランに書かれた言葉は神の言葉であり、それ故に絶対に「正しい」とされているからだ。

 

民主主義社会に生きる人間は人権をベースにした人間の権利を最も尊ぶシステムを基盤としている。

しかし、イスラム社会に生きる人達は神権という、神様まずありきの社会システムを基盤としている。

 

人は自分の為に生きるものではなく、神に生涯尽くすものだとされているのだ。

例えばイスラム法によれば「窃盗者の手首は切断する」事になっている。

 

現代民主主義社会で盗人にそんな過激な刑罰を与える国は皆無だろうが、このイスラム法上に正しいとされる「窃盗者の手首の切断」を執行すべきだと回答した人はパキスタンで88%、アフガニスタンで81%、パレスチナ自治区で76%、エジプトで70%にものぼるという

(もう一度念を押しておくが、あくまでこれは”すべきか否か”であり、実際はそこまで過激な刑罰をこれらの国は執り行ってはいない。ただしISのようなイスラム法に厳密に基づいて支配された地区では普通に行われてるらしい)

 

このように、民主主義社会では到底受け入れられないような旧態依然とした制度の方が全然良いものだと思う人は実は世界には結構いて、イスラム法を国の法にすべきだと回答する人はアフガニスタンで99%、イラクの91%、パレスチナ自治区の89%、エジプトの74%もいるのだという。

 

民主主義の価値観は、世界の”普通”でもなんでもないないのだ。

私達は、現代の民主主義社会の自由で澄んだ空気を愛しているかもしれないが、世界には民主主義社会を快く思わず、イスラーム原理主義に回帰すべきだと思う人がこんなにもたくさんいるという現実はキチンと受け入れておくべきだろう。

 

2100年には、イスラム教が世界最大宗派になっている

EU各国では、移民が大問題となっているが、なぜ移民の問題がここまで揉めるかというと、移民が移民先の国の文化に全く溶け込もうとしないからである。

 

例えば、あなたの住む街の隣に中東からの難民が移り住んできたとする。

その人達が日本のルールに従って、日本人として帰化しようとするのなら、恐らくそこまでこじれることはない。

けど、先程例に出したイスラム教の教えを、前面に打ち出し、あまつさえ自分たちが住みやすいように街を改革しはじめるとしたら、恐らく多くの人は移民に良い感情をもち続けるのは非常に難しい。

 

コーランに書かれた神の法を至上とするイスラム教徒が、民主主義社会のルールを至上とする価値観をそのままインストールし、移民先の国民として同化できるかというと、とても難しい。

文字通り、”文化”があまりにも違いすぎる。

 

移民問題の難しさは、困った人を手助けしたら、自国でもっと困った問題が膨れ上がってくるという部分にある。

これに加え、先進国においては少子高齢化というさらなる問題因子がある。

先進諸国では「女は結婚して出産・育児すべきである」という「旧態依然」とした価値観から解き放たれた事により、女性は自分の好きなことをしてよいという「自由」を獲得するに至った。

 

結果、多くの先進諸国では女性が出産や育児という機能から解き放たれ、少子化という問題に頭を悩ませる事となったのが、イスラム社会この問題には全く悩んでいないという。

何故か?それは女性個人の幸せよりも、子供を作り神様を喜ばせる事の方が遥かに大切だと考えられているからだ。

イスラム社会において、人生というのは自分の好きなことをするためにあるのではなく、ただたすら神の命令に従い、神を崇拝するためにあるのだという。

 

イスラム法上では、夫には妻に対して性交に応じるよう要求する権利があり、かつ妻側はそれを拒む権利はない。

もし仮に応じない場合には離婚されてもやむを得ないとすらされている。

こんなの、男女平等を良しとされている西洋社会では許されるはずのないセクハラ・大炎上必死の事案だが、イスラム社会ではむしろこれが”善”なんだから、まったく世界の多様性には驚かされるほかない。

 

これに加え、出産・育児は”神の命令”として励むべき事とされており、女性が自分の好きなことをしてよいだなんていう人権は、神の命令の前には紙くず同然の権利なのである。

こんなの人口が増えない方がおかしい。

 

実際、エルサレムのイスラム教指導者ムハンマド・アイヤード氏は、ヨーロッパに流入するイスラム教徒難民に

「どんどん子どもを産んで、人口パワーでヨーロッパを征服しよう」と呼びかけたという。

冗談ではない。マジだ。

現代のイスラム教指導者の中には、子どもをたくさん産むことによって世界を征服しようと呼びかける人も少なくありません。

一例を挙げると、エルサレムのイスラム教指導者ムハンマド・アイヤードは2015年3月、ヨーロッパに流入するイスラム教徒難民の問題を受けて、「どんどん子どもを産んで人口パワーでヨーロッパを征服しよう」と呼びかけました。

さらに彼は、そうした息子たちは来るべきカリフの下にジハードを戦うべく召集されるだろう、とも述べています。

 

あなたは、こんな事が”常識”としてまかり通る移民が自国にやってきて、全てウエルカムで受け入れる事ができるだろうか。

ベビーという数の暴力で粛々とジハードが行われているのが、今のヨーロッパのリアルなのである

 

多様性をどう受け入れていくべきなのか

橘玲さんの「読まなくてもいい本」の読書案内という本にのっていたあるエピソードが非常に鮮烈だったので、以下読みやすいように少しだけ手を加えて引用させて頂く。

 

同じアパートの隣同士に、静かに読書を楽しみたい老人と、大音量でヘヴィメタルを演奏したい若者が住んでいたとする。

この二人の効用はトレードオフだから、このままでは若者が大音量を流すたびに苦情をいって険悪になるばかりだ。

 

民主的な社会では、こうしたケースでは当事者同士が話し合って合理的なルールを決めるべきだとする。

たとえば、若者は午後一時から三時までヘヴィメタを好きなだけ大音量で演奏できるようにし、その間は老人は散歩に行くとか。

これは一見うまくいきそうだが、嵐や大雪で散歩に行けないときは老人は”騒音”に耐えなくてはならないし、若者はコンサートへの出演が決まってもっと練習がしたいと思ってもできない。

 

それに対してアーキテクチャによる統治では、テクノロジーによってアパートを防音にすると同時に、老人と若者の部屋の玄関を反対側に配置して二人が出会わないようにする。

こうした「建築(アーキテクチャ)」的工夫によって、老人と若者は隣に”イヤな奴”が住んでいることにまったく気が付かないまま日々を過ごすことができるようになる。

 

ここまでの話は恐らく多くの人が”よい話”として読むだろう。

科学技術を用いる事で、話し合いやシンドイ交渉なんかせずとも、相手の多様性を尊重しつつ、お互いがより多くの”自由”を享受できるという、素晴らしいたとえ話である。

 

しかし、これを黒人とか白人とか、キリスト教原理主義者とイスラーム原理主義者の集団に拡張すると話はいきなり不穏になる。

長い目でみていくと、マイノリティとなる未来を避けられない私達にとって、受け入れがたい価値観をどう受け入れていくべきかというのはとても難しい問題だ。

 

この引用例に出てくる静かに読書を楽しみたい老人と、大音量でヘヴィメタルを演奏したい若者のように、静寂を正義とするモノと騒音を正義とするモノが、話し合いを何度も何度も重ねたところで、お互いが究極的に合意して相手の正義を善として受け入れる未来はまずないだろう。

 

そういうシンドイ話し合いを何度も何度も行い続けた結果・・・

「やっぱり私達はお互いにわかりあえない事がわかりましたね」

と建築(アーキテクチャ)的工夫によってゾーニングされ、別の区画でお互いの存在を気にすること無く別々に生きる未来になるのだろうか。

 

私達は、テクノロジーによって区画された社会を生きるようになって初めて心の底から自由を謳歌できるようになるのかもしれない。

そう思わされてしまう程に、圧倒的な読書経験ができる事請け合いである。

とにかく衝撃的な本なので、ぜひ一読をオススメする。

 

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(2020/4/8更新)

 

 

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高須賀

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