「わかりやすい」は正義だ。

忙しい毎日を送るわたしたち現代人は、他人から与えられる「わかりやすさ」で時間と労力を節約しようとする。

 

「1日5分でわかる 経済学」

「1週間で中学英語をらくらくマスター」

「だれでもできる! プログラミング教本」

「マンガで学ぶ投資入門」

 

本屋に行けば、この手の本が山積みだ。

そしてわたしたちは、できるだけ楽をするために、そういった類の本を手に取りレジに並ぶ。

でも、「わかりやすい」に惹かれるのは罪深いことだと、考えたことはあるだろうか?

 

現代人はみんな、他人から与えられる「わかりやすさ」に甘えている

最近読んだ本のなかで、立て続けに同じような主張を目にした。

 このような教育を受けてきた人の多くは「答え」や「やり方」を教えてもらわないと行動できないという特徴を持つ。「答え」だけでなく、「やり方」まで求めてしまう。そういった思考を持った人は、想定外のことに直面したときに思考停止になってしまう。
出典『GIG WORK』

 

 今、日本は何でも忖度されて、誰かに決めてもらうのが当たり前という社会になっています。私は久しぶりに日本に帰って来て、何でも社会が答えを与えすぎることと、みんなが答えを求めすぎることは大きな問題だと感じています。
出典『仕事の「生産性」はドイツ人に学べ』

これには、心当たりがある人も多いんじゃないだろうか。

書籍のAmazonレビューを見れば、

「わかりやすく書かれているからおすすめ」

「この部分が説明不足でわかりづらい。⭐︎1」

など、「自分が納得できたかどうか」が大きな評価軸になっていることがわかる。

 

自分で考えなくていいもの、自分で調べなくていいもの、自分をかんたんに賢くしてくれるもの=高評価。

自分で考えて、自分で調べて、自分で勉強しなきゃいけないもの=低評価。

 

みんな、他人に「わかりやすさ」を与えてもらうことに慣れてしまっているのだ。

……なんて書いているけど、わたしだって偉そうなことはいえない。

友人の結婚式前には「だれでもできるカンタン編み込みヘアアレンジ」の動画を見るし、「フライパンだけでできる10分パスタ料理」という記事タイトルに惹かれる。

 

うまくヘアアレンジができないと「だれでもできるって書いてるのに」と腹がたつし、かんたんでもおいしくないレシピには、「なんだこれ役に立たないな」と不満に思う。

わたしだって、他人から与えられる「わかりやすさ」に甘えているひとりだ。

 

「わかりやすいものばかり咀嚼すれば、噛み砕く力は弱くなる」

「わかりやすさ」に対する怠惰な甘え、そして傲慢な欲求への痛烈な批判をご紹介したい。

「どうしてこの私にわかるものを提供してくれないのか」という姿勢は「わかりやすさの罪」の最たるものだ。(……)
こんな私にも理解できる、わかりやすい○○を提供してください、という、ひとまずの謙遜から盛大な異議申し立てや要望を投じてくる流れは、この世の中のあちこちに点在している。私の眉間にシワがよっているのはあなたのせいなんだから、というクレーム精神がすくすく育ち、他人の主張に侵食していく。わかりやすいものばかり咀嚼すれば、噛み砕く力は弱くなる。
出典:『わかりやすさの罪』

 

うわぁ、耳が痛い。

 

「俺が理解できないのはこいつの説明が悪いからだ」

「上から目線で偉そうに。もっと目線を合わせた解説をしろ」

「結局よくわからない、詐欺だ」

 

きっとだれだって、こういう不満を抱いたことがあると思う。

「さぁわかりやすい言葉でわたしを納得させてみろ」という尊大なクレーム精神は、現代日本人が抱える、見えない病のひとつかもしれない。

 

でも、そもそもなんで、わたしたちは「理解させてもらって当然」「正解を与えられて当然」だなんて思うようになってしまったんだろう?

本来、わからないなら調べ、理解できないなら議論し、自分で答えをさがすべきじゃなんじゃないだろうか?

なぜそういった試行錯誤をしなくなってしまったんだろう?

 

「わかりづらい」は「わたしは理解する努力をしませんでした」

それはひとえに、「いいから従え」と言われてきた結果だと思う。

親の言う通りにするのがいい子、先生に従えば優等生、上司の無茶振りに応えればデキる人。

わたしたちはそうやって育ってきた。

 

親の言うことは正しいのか? 教師の指導は理にかなっているのか? 上司の采配は最適なのか?

そんな疑問をもってはいけない。

だって和を乱すから。面倒くさいから。迷惑だから。

 

そうやって教え込まれてきたから、いつでもどこでも、わたしたちはだれかが答えを与えてくれると思ってしまう。

だから堂々と文句を言えるのだ。

「わかりづらいのはお前のせいだ」と。

 

一方、わたしが住んでいるドイツは多くの哲学者を排出した国として有名であり、議論好きの国としても知られている。

本屋にはさまざまな専門書、それこそ入門書から玄人向けの本が置いてあるが、「サルでもわかる」「これ一冊で」といったキャッチコピーはまず見かけない。

『経済学概論』『初心者向けの法哲学』『世界史 アジア編』など、シンプルなタイトルのものばかりだ。

 

もちろん、筆者はできるかぎりわかりやすく書く努力はする。

でも、日本で見かけるような、やたらとカラフルでポップ、文字が大きく、萌え絵や擬人化キャラが解説する本はほとんどない。

 

考えながら読み、わからなければ調べ、質問する。

そこで意見が生まれ、議論に発展し、考えが深まる。

ドイツではそうやって学んでいくのだ。

 

だから「わかりづらい」という言葉は、「わたしは理解する努力をしませんでした」という意味になり恥ずかしいことなので、あまり使わない。

(「論旨が明確ではない」「要点が整理されていない」という意味で「わかりづらい」と言うことはあるけど)

 

日本で「わかりづらい」と堂々と言えてしまうのは、「答えを教えてもらって当然」という前提があるからだ。

そうでなければ本来、「わたしが理解できなかったのはお前が悪い」だなんて幼稚な理論、通るわけがないんだから。

 

「わかりやすさ」の過剰摂取でみんなバカになる

「わかりやすさ」の過剰摂取で、わたしたちは考える努力をしなくなった。

わたしはここが、日本の「弱い」ところだと思う。

「悪い」ではなく、「弱い」ところだ。

 

「本当に正しいのか?」「どちらがより良い選択肢なのか?」「なにか見落としはないか?」

本来、そうやって考えることでいろんな意見が生まれ、対立し、双方が話をすることで理解が深まっていく。

しかし多くの日本人は「ちがう意見の人と対立する」という状況をストレスに感じるから、手っ取り早く答えを提示してほしがってしまうのだ。

 

だれかに「これが正しいよ」と言ってもらえたら、喧嘩せずに済むから。考えずに済むから。

「答えをやるから口答えするな、なにも考えずそれに従え」に慣れているから。

唯一無二の正しい答えが存在する状況であれば、その考えはそこまで悪いことじゃない。

 

ただ問題は、

「安楽死は認めるべきか?」

「環境破壊を止めるためにどうすればいいか? あるいは止める必要はあるのか?」

「コロナ禍でどの程度まで経済を優先できるのか?」

といった、答えのない問題に直面したときだ。

 

答えを提示されないとき、わたしたちはとても傲慢になる。

「なぜ自分を納得させてくれないんだ。もっとわかりやすく正しい答えを提示しろ」と。

だって、いつもだれかに答えを与えてもらってきたから。

 

日本で文系を軽んじる風潮があるのも、もしかしたらそれが理由なのかもしれない。

他人から与えられる答えを受け入れ続けてきた人たちにとって、答えがない問題に取り組む文系の学問は、さぞかしムダで滑稽に見えるだろう。

 

「俺を納得させろ」と文句ばかり言ってないで自分で考えろ

わたしたちは、親鳥から「わかりやすく」噛み砕かれたエサを与えられるのを、口を開けて待っているひな鳥だ。

「エサはまだか」「なんだおいしくないじゃないか」とピーピー鳴くだけ。

お腹がすいてるのは、おいしいものを食べられないのは、全部お前のせい。

そうやって文句を言い続ける。

 

自分でエサを取りに行けばいいだけなのに。

自分で行動すればいいだけなのに。

 

でもそこで「お前が俺の腹を満たせ」と思ってしまうのが、「わかりやすさの罪」なんだろうなぁ。

もちろん、「わかりやすいこと」自体はいいことだし、「わかりやすい」という言葉は魅力的だ。

ただ、それに惹かれるのは、「楽をしたい」「考えずに済ませたい」という怠惰な気持ちが根底にあるから、というのもまた事実。

「文句ばっかり言ってないで、自分で考えて手を動かせ」って話だ。

 

「わかりやすいもの」ばかり噛んで歯が弱くなる前に、たまには歯ごたえのあるもの……他人が咀嚼していないままのモノゴトを、自分で噛み砕いて吟味してみるのもいいかもしれない。

そうやって顎のちからを鍛えていかないと、いつか本当に、自分では考えられなくなってしまうから。

 

 

 

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【著者プロフィール】

名前:雨宮紫苑

91年生まれ、ドイツ在住のフリーライター。小説執筆&写真撮影もやってます。

ハロプロとアニメが好きだけど、オタクっぽい呟きをするとフォロワーが減るのが最近の悩みです。

著書:『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』(新潮新書)

ブログ:『雨宮の迷走ニュース』

Twitter:amamiya9901

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