久々にスゴ本を読んだ。『幻覚剤は役に立つのか』だ。
現時点で2020年度のマイベストブックである。
この本で紹介される事実は本当に衝撃的である。
「健常者が幻覚剤を正しく使うと、瞑想者が自我を超越し神秘状態に恍惚とする状態に至り、”悟りの境地”にたどり着いた」
「末期がん患者に幻覚剤を投与したところ、死の恐怖から開放され、ここちよく死を受け入れるようになった」
「治療抵抗性うつ病患者に幻覚剤を投与したところ、投与から1週間後、”全員”に症状の改善が見られた」
こう書くとクスリで頭が逝っちゃった人間のタワゴトのようだが、これらはカリフォルニア大学やニューヨーク大学、ジョンズ・ホプキンズ大学といった一流大学でキチンと実証された結果である。
つまりジャンキーの妄想ではなく、科学的に実証された事実なのである。
なぜこんな事がおきるのか。追って書いていこう。
DMNという脳の中にあるアイデンティティ形成部位
2001年にワシントン大学の神経学者マーカス・レイクルが脳の中にデフォルトモード・ネットワーク(DMN)という回路を発見した。
DMNは自分に対する意識を強めると活性化する部位で、例えば研究者から形容詞のリストを渡され
「どれが自分に当てはまると思いますか?」
と聞かれると、DMNが強く機能する事が確認されるという。
私達は誰しもが漠然とした形で「自分はだいたいこんな感じの奴」という認知を持っている。
この漠然とした自己認知を形作っている基盤がDMNで、DMNは脳の中にある様々な情報を自己という認知と紐付けてるネットワークの中心部として作用する。
一言でいえばDMNはアイデンティティの源だ。
これがあるから私達はオリジナルな自我を一貫した形で保ち続ける事ができるというわけだ。
こう書くとDMNは人間の魂のようなものを形成する素晴らしいものにみえるが、DMNはネガティブな方面にも作用する。
その代表的なものがうつ病だ。
うつ病は自我が働きすぎるが故に、気晴らしができない状況にある
先にも書いたが、DMNは自分に対する意識を強めると強く作用する。
これは逆もまた真なりで、DMNが強く働きすぎると自分のこと以外何も考えられなくなる。
実はうつ病患者はDMNが過剰に働きすぎで、かつそれが悲観的な事柄と強く結びつきすぎている状態にある。
DMNが暴走した結果、自意識が悲観的な事に囚われ続けてしまい、他の事が考えられないのがうつ状態だというのだ。
こうなってしまうと、現実を忘れて気晴らしをするといった思考が極めて困難となる。
結果、自意識が心の檻のようなものの中に閉じ込められてしまい、そこから自力で抜け出せないのが重度のうつ病患者なのだそうだ。
このようなDMNが強く働きすぎている人に対して、幻覚剤はDMNの縛り付けを緩める働きをする。
すると、うつ病状態にある人は目の前の悲観的な事への執着から解き放たれ、明るい未来に目を向けられたり、物事を悲観的”以外”な観点から眺める事ができるようになる。
結果、うつ状態が改善するのだそうだ。
幻覚剤はこのように、DMNを緩める作用がある。
そしてこの効果はうつ病に効くだけにとどまらず、なんと精神を若返らせる作用すらあるという。
幻覚剤は頑固さすらも紐解いて、精神を若返らせる……らしい
一般論として、人は歳を重ねると柔軟な思考をする事が難しくなり、古くて凝り固まった思考回路に執着するようになる。
実はこれもDMNが強く働きすぎているのが原因だ。
DMNが特定の情報と強く結びつきすぎた結果、新しい物事が受け入れられなくなったのが加齢による頑固現象の原因で、こうして人の思考はどんどん柔軟さを失っていく。
しかし、こうして頑固になってしまった人間に幻覚剤を処方し、DMNの機能を弱めると、その頑固さが緩むのだという。
DMNの働きが弱まり、特定の情報との結びつきが弱くなった結果、若かりし頃のような精神の柔軟性が取り戻され、新しいものを受け入れる事に抵抗感がなくなるというのだ。
かのスティーブ・ジョブズも一時期幻覚剤に耽っていたというが、ジョブズの斬新さは幻覚剤で若返った精神性からもたらされていたのかもしれない。
一般論で言えば、脳を若返らせる事は困難であり、不可能である。
だが驚くことに、幻覚剤を正しく使用すればそれが可能だったのだ。
僕はこの本を読んで本当にビックリした。
肉体的な意味での若返りはまだ不可能だが、精神性に限って言えば若返りの秘薬はもう現代にあったのだから。
いやはや、世の中は凄いもんである。
つい先日、どのように人が老害となってしまうのかの形成過程を分析したが、もし仮に幻覚剤を上手に使えるような世の中になれば、この問題は薬で解決可能となるかもしれない。
サピエンス全史のハラリが瞑想にハマる理由
話は少し変わるが、サピエンス全史を書いたハラリの「21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考」という本がある。
この本もかなり面白いのだが、僕が一番ぶったまげたのは最終章で突然ハラリが実は熱心に瞑想に耽っているという事を告白した事だった。
ハラリは2000年に初めて瞑想の講習を受けて以来、毎日二時間瞑想するようになり、それに加えて毎年1~2ヶ月もの長い瞑想修行に行くという。
「瞑想の実践が提供してくれる集中力や明晰さがなければ、サピエンス全史もホモ・デウスも書けなかっただろう」
僕はこの文章を読んで本当にぶったまげた。
合理性の塊のような人間であるハラリが、スピリチュアルの真骨頂のような瞑想を、こんなにも大絶賛してるだなんて……。
最初に21 Lessonsを読んだ時、僕にはハラリがなんで瞑想をこんなに大絶賛するのかサッパリ理解できなかった。
けど、先の本を読んで、ハラリがなぜ瞑想を絶賛するのかがようやく理解できた。
実は深い瞑想状態に入った人間をf-MRIで解析すると、DMNの機能低下が確認されるという。
つまり、瞑想は幻覚剤摂取と同等の行いであり、ハラリは瞑想行為を通じて毎日脳に若返りの秘薬を打ち込んでいたのである。
瞑想はスピリチュアルでもなんでもなく、極めて実戦的な行いだったのだ。
幻覚剤や瞑想以外にも、たぶんフロー状態も似たような状況を作れる
幻覚剤使用時や深い瞑想状態にたどり着いた時の人間の精神状態を言葉で説明すると、自己が消えるような感覚だそうだ。
そして実は、私達の多くはこれと似たような状況を経験している。
誰だって一度ぐらい、我を忘れて何かに夢中になって取り組んだ経験があるだろう。
いわゆるフロー状態というやつだが、僕が思うにこのフロー状態もDMNを緩める作用があるように思う。
フローに入っていた時の事を思い出してみて欲しいのだが、自我なんて溶けて消失し、悩みなんて全く意識していなかったのではないだろうか?
これはまさしく深い瞑想状態にある脳の状態そのまんまである。
「ひょっとして、フロー状態は鬱に効くのではないだろうか?」
実はこれに関しては僕は心当たりがある。
前にも書いたが、僕は鬱々した時とにかく淡々とゲームに没頭する事でそこから脱却できるといったライフハックを持っている。
つい先日も色々あって鬱々していたのだが『オリとくらやみの森』というゲームに熱中し、難関ステージを突破した際、僕の脳中を強烈な快楽が通り抜け、鬱っぽさが一気に洗い流された感じを確かに得た。
あのとき、確かに僕の脳内でフロー状態が抗うつ薬的な働きをしたように思う。
それまで、どうやっても拭い去れなかった脳を覆う薄い膜のようなモヤモヤが我を忘れるような熱中を通じて晴れたのは、フロー状態が脳にキマってDMNが緩むからと言われると個人的は物凄く納得感がある。
過眠や暴飲暴食は鬱っぽさ解消にはたぶんあまり役立たない
脳のモヤモヤした疲れは通常の肉体疲労回復手段ではどうにもならない。
いままで何人かのうつ病患者をみた事があるが、彼・彼女らが過眠や暴飲暴食を通じて病状を急速に回復させた事なんて一度もみたことがないし、自分自身もそれらの経験で鬱っぽさが抜けた経験は一度もない。
「寝たり食べたりで、身体は確かに休まってるはず。なのに頭は全然回復しない」状態。
今までそれがどういう事なのかサッパリわからなかった。
だが、頭の疲れ≒DMNの暴走と考えると個人的には物凄くストンと腑に落ちる。
DMNの働きがフロー状態で緩むから、僕の鬱っぽさにはゲームでの過集中が効いていたのだろう。
フロー状態に入って夢中になり、自意識が融解すると鬱々した感情が消えるのだとしたら、私達は鬱にならないためにも、もっと積極的に何か面白い事に夢中になるべきなのかもしれない。
快楽は恐らく脳にいい
最後に「快楽はたぶん凄く脳にいい」という大胆な仮設を提唱したい。
なぜそう思うのかを以下説明する。
人生を変えるサウナ術という本に
「経営者はみな極めて快楽主義的である」
という一文が出てくる。
最初にこれを読んだ時は
「まあ、気持ちいい事は楽しいもんなぁ」
ぐらいにしか思ってなかったのだけど、たぶんこの言葉の本質は「快楽≒深い瞑想状態」なのではないかと『幻覚剤は役に立つのか』を読み終わってから気がついた。
改めて考えてみると、強烈な快楽を感じている時、少なくとも僕は全てを一切合切忘れて無になっているように思う。
例えば本当に旨いを食べた時「美味しい」という感情のみに心を支配され、僕はこの世の一切合切の執着から解き放たれている。
あの恍惚感を口で説明するのは難しいが、あれは間違いなくある種の解脱状態である。
他にも美しすぎる景色をみて時を忘れて呆然としてしまった事がある。
あの時、僕は確かに俗世の束縛や迷い、様々な苦しみから抜け出し、この世の一切合切の執着から解き放たれていた。
その他、自分が強烈な快楽を感じていた時の事を思い出せば思い出すほど、僕は”悟り”や”無我の境地”としか形容できないような状況にあったように思う。
だから経営者が快楽主義なのも、本質的にはあの”無”にヤミツキになっているのだと考えると、物凄く納得するのだ。
おそらく、いや間違いなく快楽は脳に物凄く効く。
少なくとも、DMNの作用を緩めて、抗うつ作用やフレッシュな精神性といったものを獲得する為の何かが隠されている。
幻覚剤を脳にキメるのは日本では難しそうだけど、快楽なら日本に居ても追い求める事は可能だ。
なら、それを求めない手はないではないか。
「これからも。旨いものや絶景といった、快を求めて人生をやっていこう」
読了後、僕はこう決意を新たにしたのであった。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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