インターネットで時々話題にあがるものの一つに、センター試験の点数をいつまでたっても自慢する人間というものがある。
僕がこの現象を初めて目にしたのは確か村上春樹のエッセイであった。
エッセイのあらすじは官僚の人が村上さんが突然「あなたのセンター試験の点数は何点でしたか?」と尋ね、村上さんが困惑するといったものだ。
数点単位で寸分違わずに己の点数を流れるようにそらんじて自慢する姿をみて村上さんが
「大の大人がこの歳になって一体なにをやっているんだ…」
と呆然するこのエッセイを読んで当時の僕は爆笑した。
だが、実はこのセンター試験の点数自慢おじさんのエピソードには人生において成功する為の秘訣のようなものが詰まっている。今日はその話をしよう。
成功したいのなら、狂人になりなさい
前回、僕は徳島スタンフォード事件を例にあげて個人が努力する事の難しさを書いた。
繰り返しになるが、普通の人間にとって努力するという事は非常に辛い。
だから自己啓発本なんかでは、よく「得意な事を伸ばしなさい」と辛いことから身を遠ざけて楽をしようという事が述べられている。
しかし…現実問題として辛くない努力なんてものは無い。
特に自分を大きく変えるような努力ともなると、その苦しさは桁違いにキツくなる。
この辛く厳しい世の中において、果たして成功した個人はどのようなマインドセットでもって物事に取り組むのか?
これについては一般的にあまり語られる事が無いのだが、実は一言で言い表す事が可能だ。狂人になればいいのである。
己の中に背水の陣を敷く
この狂人化現象を学ぶのに非常によい予備校の講義がある。代ゼミの荻野暢也氏のものだ。
2000円もしますが、人助けだと思ってご視聴ください。🙇
御視聴された方は殆ど大人の方だそうです。私も鼻からそのつもりでお話し致しました。役2名の方に良かったと言って頂けました。因みに利息の話で桁間違えて話してます。ご了承下さい。 https://t.co/BZiMS6Ed3x— 荻野 暢也 (@oginonobuya) April 21, 2022
荻野先生は代々木ゼミナールの超人気数学講師だ。
上の講義で彼は自分のこれまでのモチベーションが何に起因するのかを誠実に語ってくれている。
とても面白いので実際に受講して聞いてほしいのだが、講義内容を要旨を要約すると「自分には数学しかない」と心底痛感したのが人生において何よりも重要だったと彼は説く。
学生時代にアルバイトを首になる等して、実社会において自分が全く使い物にならないという現実を散々叩きつけられた荻野氏は、数学以外の方法で自分が食っていく道が全く思いつかなかったのだという。
故に彼はホームレスの人間をみる度にこう思うのだそうだ。「ああ、自分も何かが違ってたら”あっち側”にいたって、全然おかしくはなかったな」と。
逆転する受験生というのは、ある意味では狂ってる
この感覚は自分もよくわかる。なぜなら自分も、命がけで事を成し遂げた経験があるからだ。
昔話をしよう。もう20年ぐらい前の話である。何者でもなかった高校生当時、僕は完全に落ちこぼれていた。
全国模試で偏差値30代を叩き出し、高校の定期テストでも下から数えて50番目ぐらいの順位だった当時の自分は、自分は完全に人生の落語者であり、これから先、人生に明るい見通しが全く思いつけない状況にあった。
いま思えば別に全然大した事でも何でも無いのだが、その当時の自分は完全に人生に絶望していた。
自分よりも上に何千・何万人も優秀な人間がいて、そいつらより下の人生しか自分は歩めないのかと深く絶望した当時の僕は、まったく論理的整合性は無いのにふとこう思った。
「本気で勉強しよう。んで失敗したら死のう」と。
駅のホームに天国がみえた
あたり前というか、もちろん決意を新たにしたところで突然頭がよくなるという性質の話ではない。
僕は何が書いてあるのか全く理解できない参考書を何度も何度も読み返し、そのたびに己の頭の悪さに深く絶望していた。
普通の頭の持ち主ならこの時点で「自分は勉強に向いていないのだろう」と勇気ある撤退を選ぶのだろうが、当時の自分は文字通り狂っていたので「撤退≒死」である。
実際、何回も朝の駅のホームをみて「ああ、ここに身を投げたら楽になるだろうな…」と思っていた。
あそこに身を投げなかったのは、はっきり言ってたまたまである。
こうして地獄のような期間を2~3年ほど過ごした後、とつぜん理解の糸口が急に開け、そこから自分は急速に伸びた。
偏差値はグングンと伸び、ギリギリのギリギリぐらいで医学部に合格できる程度のレベルまで二浪してやっとこさたどり着けた。
そうして奇跡に奇跡が重なって、自分は合格者最低点で医大に合格した。
勝算など、そこには一つも無かった。あったのはただ一つ。狂気である。
狂人は真人間に白い目を向けられる
こう書くとビリギャルのようにまるで感動的な努力&勝利のエピソードにみえるかもしれないが、話の本当の本筋はここからだ。
こうして狂気を身にまとって無理を押し通した僕だけど、当たり前というか当時の精神状態は完全に普通ではなかった。
人生の全てを受験に捧げていたのだから、頭の中にある話題は受験の話ばかりである。
人と何か話そうにも、自分が話題にできるのは受験勉強の話だけ。
それこそ冒頭のセンター試験の点数自慢おじさんのように、僕は至極普通の話題だと思って受験の話を色々な人に投げた。
それ以外に話すことなど何もなかった。
最初の頃は普通に受け入れられていたこの受験の話題も、さすがにしばらくすると気持ち悪い話題として遠ざけられるようになる。
僕は狂人だったので、一体自分がなんで煙たがられているのかがサッパリわからなかった。
けど狂人ではない普通の学生にとって、狂人はただただ気持ち悪い何かでしかない。
当然の事として僕は孤立した。狂人となった代償である。
狂人は入学後に徹底して馬鹿にされ、人間へと戻った
この当時、僕は自分の何がおかしいのかが本当にサッパリわからなかった。
ただ何となく自分が避けられているという事だけはわかったけど、なぜ避けられているのかは全くといっていいほどに理解できない。
そうして2~3年ほど周囲の人間から冷たい態度をとられ続けた事でやっとこさ「ひょっとして自分は頭がおかしいのでは?」と気が付き、狂気がゆっくりと自分の頭から抜けていった。
そうして普通の人の感覚が理解できるレベルにまで戻ってこれた。
だが、戻ってすぐに真人間になって人生が順風満開になるほどには人生は甘くはない。
人間関係が散々になった学校環境において、僕の居場所など既にどこにもない。
一人孤独を押し殺し、寂しさに身悶えしつつ、時を過ごした。
僕に残された選択肢は、大学をヒッソリと卒業し、次の新天地で新しい可能性に掛けるのみであった。
これが狂人となり、成功をつかんだものの代償だ。
狂って成功しても、そのあとヒトに戻るのがいかに難しいかを、僕は身をもって痛感したのである。
狂気を抜くまでが、努力の遠足です
こうして僕は手痛い代償を糧にして、狂人から真人間へと戻ることに成功した。
改めて思うが狂気を抜くのは狂人になるのと同じかそれ以上に難しい。
それこそ冒頭に例としてあげたセンター試験の点数おじさんなんかは、たぶんまだマインドセットが狂人のままなのだと思う。
狂人にならないと凡人は成功できない。
だが狂人から真人間に戻れないと社会は受け入れてくれない。
これから狂気を身に宿す人は、この事を決して忘れないでほしいなと思う。
狂気から正気に帰ってくるまでが、努力という名の遠足なのだ。
無理を押し通して、道理を通せ
長くなった。話をまとめよう。
凡人が不慣れな環境で無理を押し通して道理を通そうとすれば、狂人化する以外に術はない。
そうでもしなけりゃ、ありえない努力なんて継続できない。
己の中に背水の陣をしき、失敗したら中央線のホームに身を投げるとかホームレスになるのを覚悟する。
そういう幻想を魂に抱いて頑張る。
何者でもない個人が、何者かになろうと暗中模索し続けられるのは、そういう「もう後が無い」という感覚が心のどこかにあるからに他ならない。
何十時間も頑張って、成果がまったくあがらない。無駄の上に無駄を積み重ね続ける。
こういう徹底した無駄な努力を継続するのに、正気はまるで役立たずだ。
むしろ正気であればあるほど、あなたの心の声は「撤退しなさい」と言うだろう。
狂気だけがその正気をブッちぎって、常軌を逸した無駄な努力を支えてくれる。
こうして何十・何百時間も頑張り続けると、狂気が時に世界に変革を起こす。勝算なんて傍から見ていて一ミリもないはずの戦いだったのに、いつの間にか世界が一変している。
そうして狂人は時に人生で成功するのである。
こうして努力の結果、狂人は勝利しました。そして狂人は幸せな人生を歩みましたとさ。めでたしめでたし…とはならない。
狂人となって無理を押し通した凡人は、最後の最後に狂気を己の身体から抜くという大切な仕事が残っている。
狂った個人は、己が狂っているという事すら自覚が困難だ。
傍目から見れば笑っていられるような話でも、自分の事となると笑い飛ばせないのが人間である。
主観と客観を限りなく世間に合わせていき、狂気をゆっくりと抜いていく。
そこまでやって、やっとこさこの狂った冒険は終わりを告げる。
これが全てである。受験だろうが仕事だろうが恋愛だろうが、フィールドがどこであれ、この手法は通用する。命をかけた魔術だ。
あなたも成功したいのなら狂人になるといい。きっと人生が変わる。
元に戻ってこれるかどうかは、わからないけど。
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【著者プロフィール】
都内で勤務医としてまったり生活中。
趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。
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noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます
Photo by Mihály Köles