かつて仕事の覚えが悪くて色々と悩んでいた時期の時の話である。先輩医師から

「物覚えの良し悪しなんて、仕事の本質ではない」

「ぶっちゃけた事をいえば、仕事なんてのは99%の人にはやってれば自然とできるような性質のものでしかない」

「そういうほっておいたら誰でもできるような部分ではない部分にこそ、仕事の本当の大切なモノがある」

と言われた事があった。

 

当時は単なる慰めぐらいにしか思わなかったのだが、中堅ぐらいの年齢になった今、彼の言っていた事の意味が痛いほどによくわかる。

 

実際、仕事の”やり方”自体を身に着けられないという人はほぼ居ない。

多少は習得スピードに差はあるが、それでもせいぜい1~2年もあればその差は埋まる。

 

じゃあ誰でも仕事が同じようにできるようになるのかというと、それもまた否だ。

 

この差が何に起因するのか長い間よくわからなかったのだけど、最近になって「受験勉強への取り組み方で上手に説明ができるのでは?」と思うようになってきた。今日はその話をしようかと思う。

 

受験勉強にはハイキングルートと崖登りルートの2つがある

受験における代表的な指数は学歴だろう。

東大や早慶といった偏差値の高い大学を出た人間には確かに優秀な人が多い。

医学部も同様で、高偏差値校出身者は物覚えのスピードは確かに早い。

 

しかし個人的には受験には学歴以上に重要なポイントが一つあるように思っている。

 

それは勉強への取り組み方だ。

僕は便宜上、これをハイキングルートと崖登りルートと名付けている。

 

ハイキングルートを歩めるのはレールの上を歩く才能の証拠

ハイキングルートというのは、いわゆる普通に学校の授業についてきつつ、家でコツコツと勉強をやって、気がついたら大学に入学した人達の辿った道だ。

 

恐らく普通の人が普通に考える受験生像はコレだろう。

敷かれたレールの上を踏み外す事なく歩み続けるこれらの人達だが、これはこれで非常に才能のある生き方の一つである。

 

敷かれたレールの上を歩くというと、どうしても悪いニュアンスを感じてしまうが、実際にはレールを踏み外ずさずに完走するというのは、それはそれで特殊な才能がある。

 

多くの人はレールを敷かれたからといってその上を従順には歩み続けられない。

思春期というのは酷く悩ましい時期で、ホルモンバランスの影響なのか、妙に妄想が捗る時期でもある。

 

そういう多感な時期に、人から言われた事をコツコツとキチンとやるというのは、それはもう一つの立派な才能だ。

 

運良く目の前に置かれたルートの難易度が自分に適性なハイキングコースを完走できたタイプの受験生は非常に重要な資質を身に着けることに成功している。それは「人の話を黙って最後まで聞いて、それを理解する」という能力だ。

これが案外大人になってから習得するのが難しい。人間、自分の話はみんなに聞いて欲しいのに、人の話を最後まで黙って聞いて、それをキチンと理解するのは全然出来ない。

 

だから学習内容が何であれ、小中高大と教育を通じてこの能力の土台を作る事ができたなら…それは十分すぎるほどに価値ある能力となって、貴方の身を助けてくれる事だろう。

 

崖登りルートはある意味命がけ

さて、もう一方の崖登りコースだが、こちらは独力でもって自分で無理やりルートを改変したものの辿った道である。

日本は高校あたりからガクッと学習する内容の難易度が上がる。高校の授業を受けていて「なにをいってるのかサッパリわからん」となった人も多いだろう。

 

こうして順調なハイキングルートを辿れなくなった人間でも山頂への道のりを諦めるのはまだ早い。

授業についていくのを早々に諦めてしまい、完全に独力でもって山頂を目指す事だって全然可能だ。この完全独習ルートを、僕は崖登りと名付けている。もうちょっと一般化した言葉で表現すれば、独学だ。

 

崖登りは転落のリスクも高いが、生き抜く力が身につく

独学と書くと良さそうなニュアンスを感じる人も多いかもしれないが、実際には独学の難易度は高い。というか独学が楽なら教育産業はあんなにも盛んにはならない。

 

経験上、崖登りルートでもって山頂を目指す人間の多くは転落して終わる。

キチンとした先達に導かれてゴールを目指すのではなく、盲目的に独学にも近いやり方で山道を攻略して、無事でいられる人はそう多くはない。

 

ハイキングコースの成功率が60%ぐらいだとすると、崖登りコースの成功確率は20%ぐらいである。

だいたいの人間は無駄に無駄を積み重ねてしまい、結局なんの成果も得られずに終わる。独学はハイリスクなのである。

 

だが、ごく少数急にイキイキとし始めて、様々なシステムをハックする手法を開拓するタイプの人間もいる。

こうやって独力でもって山を最短ルートで突っ走る技術を身につけた人間は強い。それこそ家畜と野生動物ぐらいにはバイタリティが違う。

 

独学の技術は崖を登らねば身につかない

幸運にも独学の技術を身につけられて、自分が習得したい事を自力で開拓できるようになった人間は、その後の人生で様々なものに応用してゆける。

 

少し前にリベラルアーツという単語が流行った事があったけど、僕は現代社会における本当のリベラルアーツはこの独学技術だと思っている。

 

独学の何が強いかといえば、それは自律性である。

自分で勝手にテキストを探し出してきて、それで自分の理解に合わせて学習を継続するという技術を身につけられると、勉強が生活習慣の一環になる。

 

一度これができるようになってしまえば、もう知識なんて無限にインストール可能なものでしかなくなる。

Amazonでテキトーに入門書を買ってきてコツコツやれば、ほぼ全ての分野の知識が無限に吸収可能な状態なんて、強いに決まっている。

 

ハイキングルートと崖登りを、どう仕事に応用するか

さて、話を仕事に戻そう。

現実問題として、独学”だけ”で現場で使い物になる技術を身につけるのは無理である。一角の人物になろうとするのなら、キチンとした指導者について、適切な環境でもって修練をする必要は多い。

 

しかし必ずしも貴方の目の前によい指導者が付くとは限らない。だから丁寧な指導を最初から期待するのは不毛である。

そこで肝心なのが”たたき台を作る”技術である。

 

人間というのは誠に面白いもので「ゼロから仕事を教えてください」と言うと結構多くの人がロクな指導が提供できない。

だが「これってこういう事ですかね?」と”たたき台”を作った上で指導を請うと、どんなに教え下手でも目を爛々と輝かせて、正しい指導をし始める。

 

だから仕事を覚えるにおいて、”たたき台”をどうやって作るかは物凄く肝心なのだけど、この”たたき台”が作れない人間が案外多い。

 

ここで役に立つのがハイキングコースで身につけた「人の話をキチンと聞いて、再現する技術」である。

「えっ?独学じゃないの?」と思う人も多いかもしれないが、この段階で独学を振り回すのはキケンである。

 

たたき台の作り方

たたき台を作るにあたって最も大切なのは、相手のやっている仕事をダイレクトに真似する事だ。

そして真似をする為には、本などの知識空間に逃げるのではなく、相手がやっている”現実”をシッカリとそのまま受け止めて、それを再現するのが一番である。

 

これは声を大にして言いたいのだが、仕事のやり方というのは本には書いてはいない。

厳密にいえば全く書いていないというわけではないのだが、それでも本に書かれた細かいニュアンスから、現場で使い物になる知識を仕入れようとするのはメチャクチャに非効率だ。

 

だから仕事ができないと悩んでいるのなら、机の上で勉強なんて絶対にしては駄目である。

とにかくよくわからなくても、現場に毎日顔を出して、よくわからないままに皆がやっている事を真似る。そうやって手を動かし続けていると、ある日突然”そうか”と目覚める。

 

これで仕事における最も大切な基盤ができあがる。これさえできれば、少なくとも必要最低限のクオリティのものは提示できるようになるはずだ。

極論すれば、よくわからなくても会社に通勤さえし続けられれば仕事はできるようになるのである。

 

たたき台に色をつける

こうして正しい筋道のようなものが作れるようになってから、独学の技術が本領を発揮する。

既にベースが出来上がった人間は、その基盤に色々な物を付与できるようになる。この色をつけるのに、独学の技術が本当に役に立つ。

 

仕事において勉強が重要なのは、この色をつける段階のレベルである。

本屋にいって技術書を買ってきて読んでみて、そこに書かれている事を仕事に組み込もうと試行錯誤するようになると、仕事に創意工夫の余地が生まれる。

 

もちろん最初からこの創意工夫が全部うまくいくわけではない。

必然的に間違いが入り込む事も起きえるのだが、その間違いを色々な人に指摘されて修正される事で、自分自身の足りない理解が効率よく補われる。

 

こうやってたたき台に自分自身の色をつけるように試行錯誤できるようになってくると、仕事の質が本当に向上する。

人間というのは本当に面白いもので、同じ本を読んでいるはずなのに、読む人によって解釈に色々な差がついたり力点を置いて読む場所が異なったりする。

 

ここが独学の面白い点で、純粋な能力差が仕事の質に必ずしも直結しない原因はここにあるように思う。

そうして仕事にその人の色が付けばつくほど、そこにその人独自性が生まれる。これはどんなにルーティンワークにみえるようなものでも必ずつく性質のもので、ここに仕事のやりがいのようなものの正体が隠されている。

 

妄想の世界に入り込まないためには、正解のルールを決めるのが肝心

この段に至ると段々と頭でっかちになってきていしまい、知識が先行しすぎてしまうタイプの人間も一定数現れはする。

だが、その妄想は現場における正解・不正解や儲けのような客観的な指数である程度はときほぐせるので、仕事のどこかにそういう客観性を仕込めるかが長い目で仕事をするにあたっては肝心となる。

 

例えば株の世界では「市場は常に正しい」といって、相場観の客観性は市場が常に担保しているのだが、このように絶対なる正解・不正解の基準があると、妄想族は”退場”せざるをえなくなる。だって妄想してたら負けるから。

 

こうしてアウト基準をきっちりと設けて、地に足のついた仕事をキチッとやりつつ、自分の色を仕事に出せるようになると、仕事は愕然と面白くなる。

これを理解するまで淡々と働き続けるのは大変だが、この段階に至ると仕事が趣味という人の気持が本当によくわかるようになる。

 

そこには純粋な能力差に起因しない妙がある。だから頑張ってこの段階までたどり着いて欲しい。

ここまでくると、本当に仕事というのは生涯をかけて追求する道になる。この道を歩めるようになれるか否かが、人生における1つの到達点なんじゃないかと自分は思う。

 

いかがだっただろうか。仕事ができないと悩んでいる人は参考にしていただけたら幸いだ。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

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高須賀

都内で勤務医としてまったり生活中。

趣味はおいしいレストラン開拓とワインと読書です。

twitter:takasuka_toki ブログ→ 珈琲をゴクゴク呑むように

noteで食事に関するコラム執筆と人生相談もやってます

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