交際すらしていない男友達

「来月、うちら結婚するんだよね」

仲間をからかってやろうと、私は嘘をついた。もちろん嘘はよくないが、誰も傷つかない嘘、しかも、結婚適齢期をとうに過ぎた「行かず後家」の哀れな女が、冗談でも結婚報告をしたのだから周りは驚き喜んだ。

 

「え、二人は付き合ってたんですか?」

純粋な後輩が目を輝かせながら尋ねる。無論、付き合ってなどいないが、ここは嘘を続ける。

 

「そうだよ、周りには言ってなかったけどね」

笑顔で私は答えた。なぜそうしたかというと、彼女が本当に嬉しそうだったからだ。

 

するとそこへ横やりをいれるかのように、

「ぜったい嘘だ、結婚なんかしないですよね?」

 

と、別の後輩がツッコミを入れてきた。いやいや、密かに付き合ってたんだよ・・と突き放そうとしたところ、私の交際相手(仮)が間髪入れずにこう答えた。

「ほんとだよ。福岡で結婚式なんだ、俺たち」

 

あまりに意外すぎる回答に、驚きを隠せない私は交際相手(仮)を見た。

その素朴な顔とつぶらな瞳は、真っすぐ後輩を見つめている。それどころか、口角も鼻の穴も目尻も一ミリたりとも動いていない。そう、顔色一つ変えることなく彼はサラッと嘘をついたのだ。

 

ちなみに、「福岡で結婚式」という部分は事実である。共通の友人が福岡で結婚式を挙げるにあたって、互いに招待されたわれわれがその話をしていたところ、「誰の結婚式ですか?」と尋ねられたことがきっかけで、私が嘘をついたという流れだからだ。

(すべてが嘘ではないにせよ、そんな純粋な瞳で嘘をつくとは、もしかして私のことが好きなのか?!)

 

当事者である私自身が勘違いするほどの、まさに迫真の演技だった。もちろん、われわれは付き合っていないし、酔った勢いでベッドを共にしたこともない。つまり、本来ならば全力で否定するところなのだ。

 

仮に、面白半分のネタで便乗したとしても、ちょっとにやけたりオーバーリアクションになったり、どこかに「嘘の片鱗」が現れるもの。それなのに、そういったミスもなくしゃあしゃあと嘘を語り、誰もが事実だと誤認するほどの毅然とした態度を見せたのだ。

 

その結果、全員がわれわれの「結婚」を信じたのである。

 

突如、女神に切り替わった女友達

「すみませーん!〇〇テレビですが、顔出しでインタビューをお願いできませんか?」

 

友人(女)と道を歩いていたところ、待ってましたとばかりにテレビ局の女性が行く手を阻んだ。場所は白金台。正真正銘セレブの街のど真ん中を横切る、プラチナ通りでの出来事だった。

友人と私は、お世辞にも「シロガネーゼ」とは似ても似つかぬ風貌をしている。言うなれば「輩(やから)コンビ」のわれわれに、なぜ——。

 

「ドン・キホーテって、利用しますか?」

 

なるほど。たしかに、ここ白金台には「プラチナドンキ」が存在する。

通常のドン・キホーテとは違い、看板からレジ袋までプラチナで統一された高級感溢れるドンキである。

 

そしてここには、「松坂牛専門店・朝日屋」がテナントとして入っているのだ。

庶民には手の届かない高級肉も、プラチナドンキを訪れるシロガネーゼにとっては、ごく当たり前のチョイスとして買い物カゴに放り込まれるのである。

 

しかしながら、「ドン・キホーテで買い物をしている」という事実を公表したくないシロガネーゼもいるだろう。そうなると街頭インタビューの素材が集まらない。と、そこへノコノコとやって来たのが、われわれ二人組だったというわけだ。

 

「では始めますね。ドン・キホーテの利用頻度はどのくらいですか?」

 

歩道沿いの木陰にて撮影が始まった。実を言うと、ドン・キホーテにしょっちゅう通っているわけではない私。だが、店頭から漂ってくる焼き芋の匂いに釣られて、ついつい入店してしまうというアクシデントはよくある。

そして、私よりもドン・キホーテへ行かない友人は、「あまり行かない、通り道にあれば寄る程度」と、正直に答えていた。

 

「それでは次の質問です。『情熱価格』って知ってますか?」

あぁ、なんか見たことがある。商品にでっかく「ド」と印字されたロゴのことだろう。だがなんのことかはよく分からない。テレビ番組の「情熱大陸」からパクったのでは・・と言おうとした瞬間、滅多にドン・キホーテなど行かない友人がこう答えた。

 

「あれですよね、ドン・キホーテのオリジナルブランド商品」

え?!そうなの??驚く私を尻目に、インタビュアーは友人に喰いついた。

 

「そうです!よくご存知で。では、情熱価格のシールが貼ってあったら、やはり買いたくなりますか?」

すると彼女は、

 

「いえ、別に」

と、キッパリ切り捨てたのである。

 

——はい、カット。

「えーっと、もしも本当にそう思っていたらでいいんですが、仮に似たような商品があれば『情熱価格のシールが貼ってあるほうを買う!』という場合は、そう答えてもらえるとありがたいのですが・・・」

 

インタビュアーの男性が苦笑いで交渉する。無論、事実ではないことを無理にしゃべらせるつもりはなく、あくまで、友人がそう思うようであればそのコメントがもらいたい、ということだ。

(そもそもドンキに行かないんだから、情熱価格のシールが貼ってあるからそっちを買おう!なんてことにはらないだろうな・・)

 

先行き不安な私は、カメラを向けられた友人を横目でチラッと見た。すると彼女は、真顔で食いつくようにこう答えたのである。

「情熱価格のシールが貼ってあったら、そっちを買いますね」

 

私は、鼻の穴が膨らむのを全力で堪えた。口元が震えるのも必死にごまかした。なぜなら、私が吹き出したら「はいカット!」となるからだ。

それにしてもびっくり仰天である。それは彼女がありえない回答をしたからではない。澄んだ瞳と凛とした表情、そして、女神のような美しさと母性を感じさせるオーラに、思わず圧倒されたからだ。

 

——これは嘘なんかじゃない、真実だ。これほどまでに純粋な横顔というものを、私は見たことがない。そう、友人は情熱価格の商品を率先して買っているに違いない!

 

本当に「ウソが上手い人」の特徴

「嘘つき」と言ってしまうと良いイメージはないが、場合によっては嘘が必要だったり、嘘に乗っかることでみんなが笑顔になったりすることもある。

 

しかし今回紹介した二人の友人は、こちらが「本当なんじゃないか?」と勘違いしそうなほど、完璧を通り越した嘘を披露してくれた。ちなみに、なぜここまでしつこく「嘘」について言及するのかというと、私は、相手の嘘を見破るのが得意だと自負しているからだ。

その私をもってしても、開いた口が塞がらないほど見事な態度を貫いた彼らには、いったいどのような能力があるというのか。

 

「警察の取り調べって、想像以上にひどいからね」

交際相手(仮)がボソッと呟く。若い頃にヤンチャを繰り返した彼は、その当時について語り始めた。

 

「捕まる前に口裏あわせても、みんな裏切るんだよ。だから俺だけ刑が長かったりして」

なぜ仲間は彼を裏切ったのだろうか?友達なのに。

 

「警察ってズルいから、あの手この手で揺さぶりをかけるんだ。『刑務所から出てきたら挨拶に来いよ、面倒見てやるから』なんて言われたら、つい気持ちが揺らぐでしょ?」

 

……なんだか切ない話である。罪を犯したことは事実だが、一度たりとも仲間を裏切らなかった友人は、彼だけが何倍もの仕打ちを受けてきたのだ。しかも、数えきれないほどの回数(何度も悪さをするな、という正論は置いておいて)——。

 

こうして彼は、暴力にも賄賂にも屈しない強靭な顔面を手に入れたのである。

さらによく見ると、顔の皮膚がやたらと厚い気がする。そのため、笑おうが怒ろうが顔面がピクリとも動かないのだ。それだけではない。血流量の変化による頬の紅潮も起きないため、常に平常心を保っているように見える。

 

——ということは、彼の顔面は度重なる試練の賜物ではなく、持って生まれた才能、つまりフィジカルギフテッドによるものか。

ならば、「情熱価格」の商品を率先して買う(?)友人はどうなのだろう。まさか彼女も、取り調べによる拷問に耐えた過去があったり・・。

 

「私、元演劇部の部長です」

 

はい、失礼しました。こちらは表情を作るプロだった。

いずれにせよ、付け焼き刃で迫真の演技ができるわけではない。過酷な経験や血の滲むような努力を経て、プロをも欺く顔面が出来上がるのだ。

 

個人的な考察によると、本当に嘘が上手い人というのは「表情が変わらない」という特徴がある。

顔面の皮膚が硬いのか、はたまた訓練により神経や筋肉をコントロールしているのか、見た目が変わらないことこそが最強の嘘を構築するように思うのだ。

 

とりあえず、彼らを敵に回すのはやめておこう——。凡人の私は、固く心に誓うのであった。

 

(了)

 

 

 

 

 

【著者プロフィール】

URABE(ウラベ)

ライター&社労士/ブラジリアン柔術茶帯/クレー射撃スキート

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Photo by :Tanbir Mahmud