「聞く技術」は数多くありますが、わたしが学んだ中で、会話で特に役立つ技術の一つは、
「そうなんだ。」または「そうなんですね。」
という相槌です。
たとえば、同僚が、飲みの席で上司の文句を言っているシーンを想像してみてください。
「部長って、最近イライラしてない?」
と聞かれたとします。
おそらく同僚は、部長と何かしらのトラブルがあり、悪口を言いたいのだと予想できますが、これに対する反応は、意外に難しいのです。
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まず、最悪なのは、「そうは思わない」という否定です。
よほど仲の良い人ならともかく、いきなり人の意見を否定するような人物とは、今後二度と話したくないと誰もが思うでしょうし、下手をすると喧嘩になります。
また、たとえ事実であっても、さらに追い打ちで「部長ではなく、あなたに責任があるのでは」などと言おうものなら、「絶交」確定です。
ほかにも
「ちがう」
「ダメ」
「おかしい」
など、否定の言葉は、ビジネスの関係であれば、社内であっても使わないほうが無難です。
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次に良くないのは、「わかります」「そうですね!」と、安易に理解を示したり、同意してしまうことです。
利害関係のない友達同士であれば、「悪口で盛り上がる」のも悪くないですが、粗職人としては、人の悪口で盛り上がるのは、あまりメリットがありません。
また、ヘタに同意してしまったことが上司の耳に入ったりすれば、「共犯」です。
むかし、私の所属していた組織に、「上司を批判する人物A」とたいして親しくないにも関わらず、「誘いが断れない」という理由だけで頻繁に一緒に飲みに行っているだけのひとがいました。
実際にどのような話をしていたかはわかりませんが、「A」と一緒によく飲みに行って、上司の悪口で盛り上がっている、という客観的な事実があるだけでも、上司に疎まれてしまっていました。
でもこれは、残念ながら同情の余地なしです。
原則として、組織で「上司の悪口」を話すひととは、基本的に距離をおいた付き合いをすべきです。
*
では「なんでそう思ったのですか?」と聞き返してみてはどうでしょうか。
これも実は、場合によってあまり良くない回答です。
というのも、部長の悪口、もしくは同僚の愚痴を、延々と聞かされることになる羽目になり、望まない話が長くなるのです。
一般的に「なんでそう思ったの?」という質問は、相手の話に強い興味を持っていることのシグナルになります。
悪口や愚痴を一緒に楽しみたい、という方であればべつですが、(たいして仲の良くない)同僚から、上司の悪口を延々と聞くのは、精神衛生上もよくありませんし、下手をすると上司から「仲間だ」と思われてしまいます。
かといって、「否定」もできないので、抜き差しならない状況に陥りがちです。
どうでもいい話を安易に聞き返してしまうと、「泥沼」にハマります。
*
では「上司ともっと腹を割って話してみたら?」など、アドバイスを与えるのはどうでしょう。
これも、基本的には「ダメな回答」です。
というのも、基本的に「他人からのアドバイスを聞ける人」というのは、相当な希少種であり、ほとんどの人は「アドバイスなんてどうでもいい」と思っているからです。
プロのコンサルタントであっても、人にアドバイスを与えるには、相当の熟練と、前準備が必要です。
実績を褒め、人格を否定しないように注意をし、相手に自分の欠点に自分で気づくようにうまく会話を仕向ける。
そうした技術を駆使しなければ、有効なアドバイスはできませんし、ほとんどの人は「愚痴を聞いてほしいだけ」なので、アドバイスは煙たがられるだけ。
不毛ですし、徒労感があります。
*
では、どうすべきか。
同僚に嫌われたくないし、絡まれたくないけど、さりとて安易に同意もしたくない。
そんなときに便利なのが、
「そうなんですね」という相槌です。
「そうなんですね」という言葉自体には、価値判断が含まれていません。
同意でも、否定でもないのです。
実際、「そうなんですね」を省略せずに言うと、「(あなたがそう思うのなら)そうなんですね」なのです。
ですから、この言葉には、自分の意見が全く含まれていません。
だから、相手が受け取るのは、「その人が聞いている」という、客観的事実のみです。
そして、その話題はさらっと流れてしまう。
それであるがゆえに、「そうなんだ」は、特に「イヤな」人の話を聞くのが苦手な人におすすめしたいのです。
*
私自身も、(会社関係の)人の話を聞くのが苦手な人間の一人でした。
当時、社内では派閥争いがあり、まさに「ヘタにものが言えない」状況だったからです。
そのことを、一人の先輩に相談したとき、その先輩は「そうなんだ」と気持ちよく言ってくれました。
私は続けて、
・惡口を言う人が苦手
・悩みを話されても、有効なアドバイスができない
・愚痴を聞くのがつらい
といったことを述べると、それも全て、先輩は聞いてくれました。
しかし、一通り、話を終わったところで、ようやく気づいたのです。
「そうなんだ」しか、先輩が言っていないことに。(頷いてくれていましたが)
でも、これは使える、と思いました。
それ以来、私も先輩のように、相槌は「そうなんだ」で徹底し、極力、聞いている姿勢だけを相手に見せるようにしました。
そして、余計な口を挟まず、聞くだけで十分なのだ、とわかりました。
もちろん、すべてのシーンに対応できるほど万能、というわけではないですが。
でも、会社関係の人づきあいなんて、最低限、頷きながら「そうなんですね」と述べるだけでもいいのです。
【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

こんな方におすすめ
・無借金経営を続けているが、事業成長が鈍化している
・DXやサイバーセキュリティに本腰を入れたい経営者
・「投資」が経営にどう役立つかを体系的に学びたい
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
◯Twitter:安達裕哉
◯Facebook:安達裕哉
◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書)
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