わたしは社会人になって、人から「教養は大事」と何度か諭されたことがあります。

そして、その理由は細かい点では異なりますが、おおむね共通していたように記憶しています。

 

 

そもそも、わたしは以前は「教養懐疑派」でした。

というのも、(今思えば)ステレオタイプに「教養は他者にマウントするための道具」という程度にしか思っていなかったからです。

 

芸術、文学、音楽、数学。

それらの「知識」を持っていない人間に誇示し、「我々はあなたたちとは違う」と知らしめるための、差異を可視化するための道具。

そのような理解でした。

 

ですから、私が当時の先輩の一人から、「コンサルタントにとって、教養は大事だよ」と言われた時に、「面倒な話だな」と思った記憶があります。

しかし、新人は先輩のいう事を素直に聞かねばなりません。

そこで「なぜですか」と聞きました。

 

すると先輩は言いました。

「教養って、なんのことだと思う?」

「芸術とか、それこそ一般教養とかいう、すぐに役に立たない知識のことじゃないですか」

 

先輩はそれを聞いて、苦笑しました。

「そうそう、そう思うよね。」

 

「ちがうんですか?」

「いや、違わないよ。私もそう思ってたし。」

 

わたしはからかわれているような気がして、先輩に尋ねた。

「今はどう思っているんですか?」

「こういうやり取りができることが、「教養」って思ってる。」

 

教養があるとは「考え方のレパートリーが豊富」だということ

「どういう事でしょう?」

わたしが聞くと、「うまく説明しにくいんだけど」と彼はいった。

 

「僕が教わったのは、教養があるとは「考え方のレパートリーが豊富」だということ。」

「よくわかりません。」

 

「例えば、安達さんが「すぐに役に立たない知識」だとさっき言ったよね。」

「言いました。」

 

「僕は、別に自分に教養があるとは言わないけど、「安達さんみたいな考え方もある」っていう事は知ってた。だから「そう思うよね。」って心から言えた。」

「はあ。それはどうも。」

 

「実際、教養の負の側面として、役に立たない知識だからこそ、格差を固定して、身分を作り出す、っていう考え方が世の中にはある。」

「そうなんですね。知りませんでした。」

 

「そうそう、でも、だからこそ教養があると「この人はなんでこう考えているんだろう」「どういう思想を持っている人なんだろう」って、想像ができるようになると思ってる。そうしたら、お互いの深い理解につながるんじゃないかって。」

 

先輩の話には、それなりの説得力があった。

「なるほど、考え方の切り口が多様だと「そういう人も多い」と思えるから、コミュニケーションに余裕ができますね。」

 

「うん、そういう効果もあるんだけど、そもそも「いろんな人がいろんなことを考えている」ことがわかるだけで面白いじゃない。コンサルタントは変わった人に会うことが多いからね。引き出しが多いほうが、相手を尊重できるし、絶対にうまくいくよ。」

「確かに……そうです。」

 

「一見、わけのわからない現代美術も、様々な「試行錯誤」の果てに今の形になっていると知ると、十分納得がいくものだったりする。だから教養って、別に人に誇示するものじゃなくて、より良い相互理解につながるもの、って僕は思っている。」

 

他者への「想像力の欠如」が最も怖い

コンサルタントの仕事をやっていて、もっとも怖いことの一つは、「お客さんの要望」をきちんとくみ取れないことです。

そしてそれは多くの場合、「人の発言」の裏を想像し、行動を検証していくことでようやく、理解できるようになります。

 

その「想像力」を育て、人の心理への洞察力を得るために、教養は必須なのだと、先輩は教えてくれました。

 

そう考えていくと、様々なものが「教養」と呼べるようになります。

例えば、わたしはSFが好きです。

「幼年期の終わり」

「ファウンデーション」

「1984年」

「星を継ぐもの」

「月は無慈悲な夜の女王」

「ハイペリオン」

近年では「三体」もとても良い本でした。

そしてSFを読むたびに思うのは、作者たちの卓越した想像力と、人間への深い理解です。

 

例えば「月は無慈悲な夜の女王」には、次の一説があります。

組織とは、必要以上に大きくあってはいけないのですよ……単に参加したいというだけの理由で同志を入れては絶対にいけません。そしてまた、ほかの人に自分と同じ見解を持たせるという楽しみのために、他人を説得しようとしてはいけないのです。

あるいはこんな一説も。

成人とは、人間が必ず死ななければいけないことを知り……そしてその宣告をうろたえることなく受け入れられる年齢だと定義してもいいぐらいなんだよ

こうした「切り口」は、様々な分野に興味を持てば持つほど、多様になることでしょう。

 

 

世の中には「手っ取り早く教養を身につける」ための「教養本」というものが書店にならんでいます。

中身はたいてい、まとめ記事のような構成になっており、様々な知識をダイジェストで入手することができるようになっています。

 

批判もあるでしょうが、わたしは「ダイジェスト教養」も悪くない、と思っています。

教養には「ひとより多く知って気持ちがいい」という側面があることも事実ですし、それをきっかけに、未知の分野に興味が喚起されることもあるでしょう。

 

ただそれが「人にマウントする」あるいは「知識をひけらかす」だけの目的になってしまうと、本末転倒なのかもしれませんが。

 

難しい仕事ほど、人間理解なしには成り立たないものです。

コミュニケーションが特に重要とされる現代の仕事において、「教養は大事」だと諭してくれた先輩には、今でも感謝しています。

 

 

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【著者プロフィール】

安達裕哉

生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」55万部(https://amzn.to/49Tivyi)|

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◯note:(生成AI時代の「ライターとマーケティング」の、実践的教科書

 

Photo:Kateryna Hliznitsova