忍耐は不要、という言説を最近良く見かける。

文脈としては仕事、上司などで不本意なことがあった時

「つらいならやめちゃえばいいじゃない」

といったように使われることが多いのではないかと思う。

 

もちろん自分の人生だ。好きにすれば良い。

むしろ「忍耐のない人間は弱い」などとレッテルを貼るのもおかしなことだと思う。何に耐えられるかは、各人各様だからだ。

 

だが、「忍耐」自体をネガティブなものとして捉えるなら、それは少し早とちりかもしれない。

それは「忍耐」の本質がセルフコントロールであり、自分を理性の統制下に置くことであり、感情の奴隷になることを防ぐものだからだ。

 

そのことを教えてくれた、ある経営者は「忍耐」についての洞察を持っていた。

 

 

私は当時、仕事が面白くなく、会社をやめようかどうか迷っていた。

「やりたいこと」と「自分のやれること」のあまりのギャップに失望し、自信が持てない状態だったと言って良いかもしれない。

 

しかし、なにか明確に努力しなければならいことがわかっていたか、といえばそうではなかった。

自分の実力の無さを見せつけられ、ふてくされていただけだった。

 

 

「ご飯でも食べに行きませんか」

とその経営者は私を誘ってくれた。その日はとても疲れていたが、お世話になっていた彼の誘いは、断れない。

「よろしくお願い致します」と言うと、その経営者は近くの行きつけのお店に、私を連れて行ってくれた。

 

酒の席ではつい口も軽くなる。

私は思わず仕事の愚痴を言ってしまっていたが、その経営者は嫌な顔ひとつせずに、それを聞いてくれた。

 

彼はほとんど何も話さなかったが、話題も尽きた頃、一つの質問をしてきた。

「忍耐って言葉について、どう思います?」

 

今の自分の状態だよな…仕事やめようかどうか迷っている、と思うがそれはもちろん言えない。

「耐え忍ぶ、って言うことですから、あまりよい印象はないですが……忠臣蔵とかそういったイメージがあります。」

「なるほど、まあ普通はそうですよね。」

「普通は、というと…」

「いやね、忍耐って、意外に深いんですよ。」

「深い、ですか。」

「いや、私も良く忍耐を要求されるんで、ちょっと研究してみたんですよ。で、忍耐って普通、悪いことって思われてますよね。ストレスが溜まるとか、抑圧されているイメージっていうんですかね。」

「まさにそうです」

「でも、忍耐をうまく楽しむ、って話は知らないでしょう。」

私は頷いた。

「どういうことでしょう?」

「要は、忍耐の原因を何と考えるかなんです。他人から抑圧されて忍耐しているのか、自分のコントロールで忍耐しているのか。実はこの2つ、全く質が違うんです。」

「……まだよくわかりません。」

「要するに、忍耐しなければならない、耐えなければならない、これはアイツのせいだ、だと長く耐えられません。その本質は無力感です。

「そりゃそうです。ストレスですよ。」

「でもですね、「これは自分で選んだことだ」って思うと、これはストレスではなくなります」

「……」

「これを、自制っていうんです。セルフコントロールですね。」

「そうすると、どう違うんでしょう?」

「セルフコントロールが効いていると、「とりあえず、やれることからやろう」と思えます。実際、ほとんどの状況で「何もできない」ということはありません。牢獄の中ですら、人は考え方一つで自由になれるんです。」

 

 

「やれることからやる…ですか。」

「そうです、抑圧下にあって、ほんの少しでも何かを「自分の意志」で行うと、今度は達成感が生まれます。達成感は自信を生み、さらに「やれること」の限界を広げる。そうやって人間は成長するんです。

「なるほど…。」

 

 

「「自制」は、人生を豊かにします。実際、多くの研究でもセルフコントロールの強い人は、能力が高いとも言われています。肝心なときに「忍耐」を覚えることが出来ないと、能力の向上がストップしてしまうんです。」

「そうですね、そのとおりです。」

「多くの物語…小説やマンガなどでもいいです…において、成長物語が面白いのは、「忍耐」の後に爆発的な成長が訪れる、そのカタルシスによってなんですよ。

多くの困難を乗り越えたビジネスパーソンとして有能なのは、能力が高いからではなく「まあ、やれることからやればいいか」と考えられるからなんです。

 

心のなかを見透かされているかのようだ。

経営者は最後にこう質問した。

「安達さん、あなたは「とりあえずやれること」を全部やっていますか?」

 

 

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