「管理職になりたい」という人、「管理職になりたくない」という人、世の中にはいろいろな人がいる。だが、「管理職はどんな気持ちなのか」について考えたことのある人は少ないだろう。

 

当然だが、管理職の経験者、すなわち人を使う立場になったことのある人は絶対数が少ないし、その中でも更に「真面目に管理職をやり、しかも成果をあげた」という人は更に少ない。

だから管理職については、「実際どうなの?」についての情報が少ない。

そこで、「実際、管理職になって初めて気づくこと」について少し書いてみたい。

 

中間管理職になって初めて気づくこと

一、部下は命令では動かない

おそらく、殆どの管理職の方が最初に思うのが、これだろう。部下は決して命令するだけでは動かない。恫喝しても、減俸しても動かない。結局のところ人は、やりたくないことは決してやらない。

「ウチの部下、命令すれば動くよ。物わかりがいいから助かるよ」と呑気なことを言っている管理職も居るが、それは管理職から小言を言われるのが面倒なので、しぶしぶ「やってるふり」をしているだけだ。成果につながることはない。

 

ヘブライ大学、歴史学教授のユヴァル・ノア・ハラリは著書*1の中で次のように述べる。

軍隊を強制だけによって組織するのは不可能だ。少なくとも一部の指揮官と兵士が、神、名誉、母国、男らしさ、お金であれ何であれ、ともかく何かを心から信じている必要がある。

部下を動かす事の本質は、上で触れられているとおり彼らの「価値観」に触れ、影響を及ぼすことにある。

そのため、優れた管理職はビジョンや存在意義、ミッションなどの虚構を打ち立てることによって人を動かそうとする。

*1

 

二、部下は本当のことを言わない

上司に包み隠さず、本当のことを言う部下はいない。当たり前だが、生殺与奪の権利を持っている上司には、自分の有利な情報を流すのみである。

「実は……」と本当のことを言っているようにみえる部下も、実際にそれが全て真実である保証は何一つないし、本人がウソをついていることに気づいていないことすらある。

 

米国のコングロマリットであるITTの総帥、ハロルド・ジェニーンは次のように述べる*2。

紙に書かれた事実は人々から直接に伝えられる事実と同一でないことを銘記せよ。

事実そのものと同じくらい重要なのは、事実を伝える人間の信頼度である。事実はめったに事実でないが、人々が考えることは憶測を強く加味した事実であることに留意せよ。

上司は口だけでなく、行動と成果、そしてその人物の真摯さに目を向けなくてはならない。

*2

 

三、優秀な部下ほど、あなたの元を去る

どんな部下であっても、必ずいつかあなたの元を去る。しかも有能で、本当に失いたくない人物ほど、あなたの元を早期に去っていく。

有能な人物はいつまでも居心地の良い環境に甘んじないものであるし、場合によっては「師匠たる上司」を常に越えようと努力するものだからだ。

 

「山月記」で知られる中島敦は名人伝という短編小説を残している。

そこで描かれる主人公「紀昌」は、天下第一の弓の名人になろうと、当代随一の弓の名手である飛衛に入門する。紀昌は五年余の難しい修行のすえに奥義秘伝を習得する。

「弓を極めた」と自覚した紀昌は良からぬことを企む。

もはや師から学び取るべき何ものも無くなった紀昌は、ある日、ふと良からぬ考えを起した。

彼がその時独りつくづくと考えるには、今や弓をもって己に敵すべき者は、師の飛衛をおいて外(ほか)に無い。天下第一の名人となるためには、どうあっても飛衛を除かねばならぬと。

(ひそ)かにその機会を窺(うかが)っている中に、一日たまたま郊野(こうや)において、向うからただ一人歩み来る飛衛に出遇(であ)った。とっさに意を決した紀昌が矢を取って狙いをつければ、その気配を察して飛衛もまた弓を執()って相応ずる。二人互(たが)いに射れば、矢はその度に中道にして相当り、共に地に墜ちた。

名人伝

両雄並び立たず。上司と同等、あるいはそれ以上の力量をもつ部下は、あなたのもとから去り、時にその地位を狙う挑戦者となる。

 

四、優しい上司はナメられ、厳しい上司は嫌われる

あなたは人から好かれたいと思うだろうか?

そうでないならば、上司には向いていないかもしれない。「上司」という立場は、部下に優しくすればナメられ、厳しくすれば嫌われる。要するに。絶対に人に好かれないのだ。

尊敬はされるかもしれない。

畏怖されるかもしれない。

それでも、好かれることはない。嫌われる度合いは減らせるが、好かれようと思えば、管理職としての仕事を全うすることはできない。

 

ピーター・ドラッカーは「マネジメント」の中で次のように述べる*3

事実、うまくいっている組織には、必ず一人は、手を取って助けもせず、人付き合いも良くないボスがいる。この種のボスは、とっつきにくく気難しく、わがままなくせに、しばしば誰よりも多くの人を育てる。

好かれているものよりも尊敬を集める。一流の仕事を要求し、自らにも要求する。基準を高く定め、それを守ることを期待する。

何が正しいかだけを考え、だれが正しいかを考えない。真摯さよりも知的な能力を評価したりはしない。

好かれたいという気持ちは、人を弱くする。

会社は、あなたが好かれるように権限を与えているわけではないのだ。

 

五、部下に尽くしても、部下はそれが当然だと思っている

ボスは根本として横暴な存在である。そしてその横暴さに見合う成果を、あなたは要求される。したがって、基本的に「部下に尽くすこと」に対して見返りはないし、大抵は感謝もされない。

「こんなに部下のために頑張ったのに」

と思っても、部下からすれば「それが仕事だろ」で一蹴されてしまう。

 

さらに、ほんの少しでも部下の手柄を自分の手柄のように言おうものなら

「手柄を横取りされた」

と部下は思うだろう。当然、仮にあなたの力添えがかなりあったとしても、手柄は100%部下のものとしなければならない。

なにせ、何も言わないでいとしても、周りはその部下ではなく上司の手柄だと思うからだ。

実際、あなたは「上司」でいるだけで、すでに部下の手柄を簡単に横取りできる事を自覚しなければならない。

 

 

結論として、ほんの僅かな名誉と、少し多くの給与を手にするために中間管理職をやることは、全く割にあわない。

それでも管理職をやる気になるだろうか?

 

「優れた中間管理職」とは、自己犠牲の産物なのだ。

 

 

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