マルクス・アティリウス・レグルスと言う人物がいた。
彼は共和制ローマの最高権限を持つ執政官であり、ローマとカルタゴの戦いであったポエニ戦役の将軍でもあった。
彼は操船技術では圧倒的優位に立つ海運国カルタゴに対し、ほとんど陸戦の経験しか持たなかったローマ軍を指揮し、大規模海戦に見事勝利した有能な指揮官であった。
エクノモス岬の戦いと呼ばれるこの海戦に勝利したレグルスは勢いに乗り、そのままアフリカに上陸。そこに拠点を築き、次々と北アフリカに存在するカルタゴの都市を陥落させていく。
だが、功を焦ったレグルスは、カルタゴの思わぬ反撃にあう。
カルタゴが雇ったスパルタ出身の将軍、クサンティッポとの戦闘、チュニスの戦いで破れ、カルタゴの捕虜となってしまう。
その後、カルタゴとローマは一進一退の攻防が暫く続くが、ローマには海難事故が発生するなど、苦しい状況が続く。
そしてカルタゴはこの機を逃さず、有利な条件で講和を結ぼうと、ローマに使者を送った。
そして、その使者こそ、カルタゴの捕虜となったレグルスであった。
レグルスは、カルタゴ政府に次の2つのことを約束させられていた。
1.ローマの元老院を説得し、シチリアの全面放棄を約束させること。
2.説得の成否にかかわらず、その後はカルタゴに戻ること。
当然、カルタゴの監視付きでレグルスは元老院の説得に臨む。カルタゴはもちろん、レグルスが懸命に元老院を説得するものと思っていた。
だが、レグルスは全く正反対のことを行う。
元老院を説得するどころか、カルタゴと断じて講和してはいけない、これまでの犠牲は何だったのだ。無駄にしてはいけない、と元老院議員に説いたのである。
結果として、レグルスの意見は元老院を納得させ、ローマは戦争継続を決定した。
そして、レグルスはここから「真のエリート」としての行動に出る。
彼は、カルタゴ政府との約束を守り、カルタゴの使節団と共に、カルタゴに帰ろうとしたのだ。
当然のことながら、妻、子供、友人たちはローマにとどまるように懸命に説得する。しかし彼は、こう言った。
「もしローマにとどまれば、史上長くローマをして不信の国たらしめることになる。私は、自分の命よりもローマの名を惜しむ。」
彼は周囲の嘆願を聞かず、カルタゴに戻ったのだった。
そして、彼には悲惨な運命が待ち受ける。
怒ったカルタゴ人は、彼を小さな籠に押し込み、それを象に蹴らせて彼を処刑した。
かれはなぜ、確実な「死」が待つカルタゴに約束を守り、帰ったのだろうか。
家族友人がいるローマにとどまらなかったのだろうか。
その人物が真のエリートであるかどうかを決める基準は、頭の良さでもなく、財産の多寡でもなく、まして、学歴でも社会的地位でもない。
その人物の属する共同体に対する信念と、その見返りを求めない貢献のみが、エリートとその他を分かつのだ。
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(参考:ローマ人の物語 塩野七生 共和制ローマ http://cwaweb.bai.ne.jp/~dsssm/)