仕事において「普通の人は、いつでも交換可能なコマみたいなもの」とまことしやかに語られる。
だが、私はそれに対して「本当にそうかなあ?」と疑っている。
例えば、ある金属加工メーカーの営業の方を思い起こす。
その方は成績は中の上、長年勤めているだけあって商品知識はそれなりにあるが、それほど熱心に営業をするわけでもなく、「会社への貢献」という意味では目立っているわけではなかった。
そして、その方はある日突然退職を上司に告げた。
上司は残念に思ったが、相手の事情もある。「まあ、代わりはすぐに見つかるだろう」と思い、退職願を受け付けた。彼はその後引き継ぎを行い、2ヶ月ほどして会社をやめた。
ところが、その方が退職して以来、職場の雰囲気が急に悪くなってきたのだ。それまで低かった退職率が徐々に上がり、会社としても問題とせざるを得なくなった。
原因はご想像の通り、例の営業担当者の退職にあった。彼は成績こそ目立たなかったが、「若手の相談相手」と「営業同士の利害調整役」として、様々な活動を行っていた。
彼は、頼られていたのだ。
またあるソフト開発会社での話だ。
ある部署の事務として、派遣社員の女性がいた。彼女は熱心に働いていたが、結婚を期に退職することになった。事務仕事はマニュアル化され、やるべきこともはっきりしていたので、引き継ぎもそこそこに、彼女は退職した。
ところが後任の方が来ると、事務仕事には混乱が生じるようになった。
なぜ混乱が生じているのか確かめると、いくつも生じる「例外処理」を、派遣社員の女性は一人でさばいていた事がわかった。
その会社は新規事業を幾つも立ち上げていた。事務処理は例外が頻繁に発生している。彼女は機転を利かせ、捌くべきことをうまく処理していた。
しかもそれは、マニュアル化できるような性質のものではなかった。
ふたりとも、圧倒的なパフォーマンスを発揮していたわけではない。また、取り替えると、会社が潰れるか、と言われればそうでもない。
そんなことを言えば、極端な話、スティーブ・ジョブスもビル・ゲイツも交換可能だったのだ。彼らが引退しても、会社は回っている。
圧倒的なパフォーマンスを出すからといって、「絶対に交換できない人」はこの世には存在しない。
退職した彼や彼女がやっていた仕事は、局所的にはそれなりに価値ある仕事であった。
なぜなら、どんな仕事であっても、決して定型化できない隙間、例外、そして何よりも繊細な対人業務が発生する。そして、フロンティアに立つ起業であればあるほど、非定型業務は社内により多く発生する。
そしてそれを行うのは「取り換えが聞かない技能を持つ特殊な人」ではなく、「その場に合わせた対応ができる、適応力のある人」だ。
「適者生存」とはよく言ったもので、その場に合わせて適応する固体が生き残る。
「あなたの仕事はAIに取って代わられる」などの煽り文句に過敏になる必要はない。どんな高度なAIを扱う職場であっても必ず「普通に職場に合わせて適応して働く人」が必要なのだ。それほど仕事は単純ではない。
(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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