知人に、京都大学を卒業した、極めて知的能力に優れた人物がいる。

彼と話すと

「なるほど、頭が良いとはこういうことなのだな」と納得する。

 

だが、まだ彼は社会的に成功しているとはいえない。社会的地位や収入からすればよく言って「中の下」というくらいである。

彼はいつも半ば自虐的に、

「いやー、学歴ばかり無駄にいいよ」と言う。

彼は、研究も、就職活動も、周りの人とのトラブルで中断してしまったのだ。周りに合わせてうまく立ちまわることができないと言えるだろう。

 

話を聴くと、人の話を聞かず、つい自分の我を通してしまったり、空気を読めなかったりと、今の職場でも苦労しているようだ。

 

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「一万時間の法則」を提唱したことで知られる、現在、最も著名なジャーナリストの一人、マルコム・グラッドウェルは著書*1の中で、幾つかの天才に関するエピソードを紹介している。

 

クリス・ランガンという男がいる。彼はIQ195という、100万人に一人の並外れた知能の持ち主だ。

彼は「全米一頭の良い男」と呼ばれ、16歳でプリンキピア・マテマティカを完読し、クイズ番組で同時に100人の相手と競争して勝利できるほどの頭脳の持ち主である。

だが、彼は控えめに言っても、成功とは程遠い生活を送っている。大学を中退し、建築現場で働き、ハマグリ漁や下級公務員などの職を転々とし、孤独な人生を送っている。

 

 

スタンフォード大学の心理学教授、ルイス・ターマンは「知能の高い人間の研究」を行っていた。

彼は25万人の小中高生の中から高いIQを持つ1400人余を選び出し、心理学研究の調査対象とした。成績や大学の進学実績を記録し、結婚について調べ、昇進や転職も記録していった。

ターマンは「彼らこそ、米国の将来を担う人材たちだ」と考えていた。

だが、ターマンは間違っていた。彼が発見した天才のうち、全国的に名前が知れ渡るような人物はいなかった。高い年収を得ているが、さほどすごい額ではない。大多数が普通の職業につき、驚くほど多くの者がターマンの期待はずれと考えるような職業についた。

ターマンはこう述べた。

「知能と、成功の間には完璧な相関関係があるというには程遠い。」

 

*1

 

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一体なぜ、このようなことが起きるのだろうか。

もちろん幾つかの理由がある。クリス・ランガンは家が貧しく、大学の学費を満足に支払うことができなかったために、大学を中退せざるを得ない状況に追い込まれた。

ほかの人間にも、同じように「運が悪かった」という状況が十分起こり得たのだ。

 

だが、理由は「運が悪かっただけ」とは言えないかもしれない。

ピーター・ドラッカーは、現代の労働者を「知識労働者」と呼ぶ。そして、知識労働者は、「自分の知識を利用してくれる組織があって、初めて成果をあげることができる。」と述べている。

 

仮にそれが正しいとすれば、知識労働者は知的能力だけではなく、自分の知識を売り込む能力、利用してもらうようにアピールする能力を持たなければ満足の行く仕事ができない、ということになる。

つまりそれは

「コミュニケーション能力が知的能力を十分に活かす上で不可欠」

だということだ。つまり、知的な職業においては、仕事の成果は(知的能力)✕(コミュニケーション能力)で決まる。いくら知的能力が高くても、コミュニケーション能力が低ければ能力は十分活かされない。

 

もちろん、これは企業の中だけの話ではない。現在は学問の世界も多様化し、一人で大きな成果を成し遂げられることは、ほとんどない。そこでは、多様な専門的能力を持つ人々との協業が不可欠である。

「孤高の天才」というイメージは、研究分野においてもすでに過去のものである。現に、最先端の研究分野では数百人のコラボレーションを要するものも少なくない。

一昔前は、知識やノウハウはクローズし、企業内で閉じた環境に置いたほうが独占という果実を手にすることができた。だが、現代は「オープン化」を進め、利害関係者をふやすことでより高度な仕事ができる。

 

 

だが、よく知られている通り「コミュニケーション能力」は、単に目の前に置かれた勉強をしているだけでは、伸ばすことができない能力であり、学校で体系的に学ぶことができない。

実際、コミュニケーションとは、他者と共生する中で失敗を繰り返しながら実践的に学ぶものであり、「正解」の存在しない高度な能力である。

 

今後の世界は、「知的能力」のみならず、「コミュニケーション能力」を同時に磨かなくてはならない。頭がいいだけの「コミュ障」には生きづらい世の中なのだ。

 

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