知人が会社を閉じるそうだ。
4年間にわたり会社をやってきたが、ずいぶんと厳しい経営状況だったとのこと。
3人いた社員はすでに全員、社長が取引先に頭を下げてまわり、再就職先が決まっているそうだ。
残るは自分の身の振り方だけという。
彼はもともと、IT企業に勤めるエンジニアだった。
顧客から、「仕事を出すから、独立しない?」と言われ、独立したという。
もちろん、独立当初はきちんと仕事を出してもらったそうだ。
しかし、顧客の経営環境が変わり、知っている担当も次々と異動し、徐々に仕事は減っていった。
これはまずい、と新しい顧客を開拓しようと考えたが、他に人脈も、営業の経験もなく、急には仕事が見つからない。
「ウェブサービスをつくろう」ということでいくつかのサイトを公開してみたが、アクセスは伸びず、赤字は膨らんだ。
ついには社員に給料が払えなくなり、会社を閉じる、と言う決断に至ったということだ。
聞くと、このような起業の失敗パターンは非常に多いという。
継続的に利益を得られる基盤を持たない零細企業は、ちょっとした環境の変化でいともたやすく倒産してしまう。
「ビジネスモデルが有望」ということでベンチャーキャピタルなどに資金を提供してもらうケースも有るようだが、結局のところ殆どの会社が「継続的な利益」を実現することが出来ず、市場から退去していく。
しかし、会社はなくなってしまったが、彼は学ぶところが非常に大きかったと言う。
彼は言った。
「結局、自分は経営をしていたわけではなかった。でも、とても多くのことを学んだよ。」
「例えばどのようなことでしょう?」
「そうだねぇ、いくつかあるけど、まず一つ目は「給与を払う側の気持ち」が、よくわかった、ってことかな。社員は毎月給料がもらえることをあたりまえだと思っているけど、顧客は毎月お金を払うことをあたりまえだと思っていない。この差を埋めるのは、とても難しい。」
「そうですね。」
「これって、すごくつらいんだよ。でも、社員にその気持になってもらうことはたぶん無理だと思う。そういう気持ちの人は、多分自分で会社をやっている人だしね。」
「そうかもしれませんね。」
「それから、2つ目は「利益」というものがどれだけ大事かわかった。サラリーマンの時は、「会社に大きな利益が出ると、自分の給料が減らされている」と思ったよ。でも、会社なんて、大きく税金も取られるし、社員の社会保険も払わなければならない。なにより、取引が突然なくなっても、社員には給料を払い続けなくちゃいけない。だから、会社に出来るだけお金を残しておきたい、ってものすごく思った。」
「なるほど…。」
「笑っちゃうだろ?経営者になって、ほとんどお金のことしか考えられなくなっちまったんだ。」
「あんなに技術が好きだって言ってたのに?」
「そうだよ。」
「大変だったんですね。」
「まだある。3つ目は、「大きなビジネスを描くには、まず安定収入が必要」ってことかな。」
「どういうことですか?」
「自分がやっていたのは、大きなビジョンを描いて、ビジネスモデルを作る、なんて高尚なことは全くしてない。ほとんど金策ばかりだったよ。得意先に電話をかけて「仕事無いですか?」ときいたり、「紹介してください」って頼み込んで、取引先を増やしてもらおうとしたり。そんなことばかりに時間を使っていた。」
「そうなんですね。」
「天才的な経営者が「とんでもなく良いビジネスモデル」をつくって、「差別化された製品を出して」ってニュースを見るけど、ほとんどの会社はそんなことする前に、目の前の生活をどうするか、っていうことに必死だと思う。でも、社員はそういう会社のニュースを見て、ウチもこうなりたい、って言ってくる。」
「…。」
「そんな良い会社は多分全体の1%も無いだろうな。それがよくわかった。取引先だって、皆苦労していた。何回「全部リセット出来たらどれだけいいか」と思ったか。でも、社員を生活させなきゃいけない。クビにするわけにもいかない。」
「…。」
「自分はまた、サラリーマンにもどるけど、それがわかったから、今度はもっと経営に貢献できると思う。頑張るよ。」
彼は、とてもいい顔をしていた。頑張ってください。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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