最近、説教をする上司は大変評判が悪い、と感じる。
様々な会社で「常識」を要求する上司と、「上司の常識」を拒否する部下の戦いを見かけた。
先日見たのは「香水」についてだった。上司がある部下の香水について注意をしたのだ。
「お客さんの迷惑になるからやめなさい。当たり前だ」と上司は言うのだが、部下は「そんなことお客さんから言われたことはありません」という。
別の会社では「服装」だった。
上司が部下のネクタイについて「細すぎるからやめろ。もっと普通のものを」と諭したのだ。部下は「バカバカしい、大体ネクタイなんて、最近ではお客さんも外してるよ」と言い、上司の言うことを聞かなかった。
「アイツは成績はまあまあだけど、勤務態度がね…」と上司は悩んでいた。
こう言ったわかりやすい話だけではなく、企業にはよくわからない常識がたくさんある。
例えば少し前だが、金融業界のハンコの押し方について話題になっていた。
上司へのハンコ、斜めに押す? 謎の慣習に「社畜!ゴマすり」批判も
ハンコを押すとき、まっすぐ押す人がほとんどだと思いますが、金融業界では左斜めに傾けて押す慣習が存在するそうです。
最近、テレビや雑誌で取り上げられて話題になっています。そこに込められた意味は「部下が上司にお辞儀するように」。
稟議書(りんぎしょ)などは地位の高い人が押す欄が左にあることが多いため、確かにお辞儀しているように見えます。ハンコメーカーのシヤチハタでは、ユーザーからの要望を受けて「電子印鑑」でも斜めにする機能を追加しています。
果たしてこの印鑑の押し方に意味を感じるだろうか?
香水はどうか?
ネクタイが細いだけでダメなのか?
上司に説教されていた部下の一人は、
「頼むから下らないことで説教しないで欲しい、常識を押し付けられても困る」
と言っていた。
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この「他者の常識」と「私の常識」は異なるという考え方は、実はとても最近の考え方だ。
「絶対的な正しさ」を排して、多元的に世界を見る。これは「構造主義」と言われる。それが普通になったのは、約40年前、1960年代からだと、内田樹は述べる*1
世界の見え方は、視点が違えば違う。だから、ある視点にとどまったままで「私には、他の人よりも正しく世界が見えている」と主張することは論理的には基礎づけられない。私たちは今ではそう考えるようになっています。
このような考え方の批評的な有効性を私たちに教えてくれたのは構造主義であり、それが「常識」に登録されたのは40年ほど前、1960年台のことです。
*1
また、心理学的にも、私達の「常識」は論理的な思考の産物というよりは、思い込み、直感の産物であることが数多くの実験から指摘されている。
例えば、米バージニア大の心理学者、ジョナサン・ハイトは、次のような実験をした。*2
次の文を読んで、「道徳的に間違っているかどうか」を判断してほしい。
ある男は、週に一度スーパーでチキンを買う。それを使って性行為に耽ったあと、料理して食べるのだ。
いかがだろうか?
もしこの話に対して、「道徳的に問題はない」と答えるならば、あなたは全人類の中でも極めて狭い範囲(「欧米の」「啓蒙化され」「産業化され」「裕福で」「民主主義的な」文化の下で暮らしている)特殊な考え方をする人の一員である。
なぜなら、彼が全世界で対象とした12グループのうち「勝手にすればいい。だれにも迷惑はかけてないから、道徳的に間違っているわけではない」と答えたのは、高等教育を受けた中流上層階級に属する人々、ただ1グループだけであったからだ。
「問題ない」と答えた人の常識は、それほど世界から「ズレている」。
*2
結局、ほとんどの「常識」は虚構であり、そのままでは相互理解は望むべくもない。
そして、現在のように多数の人がネットワークで接続され、考え方が可視化される世界では、常識の対立が起きやすい。
上司と部下の対立、ネット上での論戦、ちょっとした不祥事での炎上も、すべて必然なのである。
コモンセンス、すなわち「普通の感覚」なるものはもはや存在しない。「常識だ」という言葉は、それを発するだけで「世界を知らない」という無知を露呈してしまう言葉となった。
「常識だ」「普通は」というキーワードは、狭い世界に済む人たちのものであり、オープン、かつグローバルな世界に生きる人々とは、根本的な部分での価値観の相違を生じる。
ますます「常識」対「常識」の争いは頻発する。
だが争いは非生産的だ。我々が協調して生産性を高めるのであれば、共感、相互理解のための不断のコミュニケーションが必要とされる。
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