先日、子育てについてのレクチャーというか、そういう集まりに出る機会があった。

講師の言葉に耳を傾け、それに耳を傾ける人々の様子を眺め、質疑応答を眺めながら、私はふと、場にふさわしくないことを考えていた。

“みんな、そんなに子育てに正解を求めてどうすんの?”

 

講師はともかく、会場にいる多くの父兄が「好ましい子育て」の正解を、いや、正常な子育てを求めているようにみえた。

「身長と体重はこれぐらいが正常です」

「栄養素はこれこれを摂ったほうが健康です」は、まだわかる。統計学的な指標がはっきりわかっているからだ。

 

だが、「こんな風に読み書きを楽しみましょう・こんな風に運動させましょう・こんな風に親子のコミュニケーションをとりましょう」……というのは、家庭の事情や親子のプロフィールによって最適解が違うはず。

「躾」や「教育」にしてもそうだ。

アドバイスをする側は良いことを言っている。講師の語る“ベター”は、無いよりはあったほうが良さそうなもので、いかにも穏当なものだった。

そして子育てに熱心な親御さんが我が子を問題や逸脱から遠ざけようと努力しているのもよくわかる。あるいはその努力の背景に、我が子の問題や逸脱に直面したくないという不安があるのかもしれないとしても。

 

しかし、そうした穏当な“ベター”と親御さんの熱意や不安が掛け合わされた結果か、なにやら正解や正常を求め過ぎな雰囲気が漂っていた。「これこれをやったほうが子育てが豊かになりますよ」的な話が、「これこれをやっておけば子育ては安心」に変質してしまっていた。どうしてこうなってしまうのか。

「定型発達(正常)」という魔物

このあたり、精神科医をやっている私も他人事ではないように感じる。

私は発達障害を専門にしているわけではないが、それでも発達障害を診断しなければならない場面は多い。そういう時、生活歴や検査所見をよく調べて、発達障害を示唆する所見を集め、あなたは発達障害です、あなたはこのような発達障害的な傾向を持っています、といった見解を伝えなければならない。

 

このような時、私は患者さんの発達障害っぽさ、つまり定型発達*1から外れている兆候を診断基準どおりに探し出して、それを根拠として発達障害と診断している。

今日の社会では精神科医にそのような役割が期待され、学界も発達障害という診断にお墨付きを与えているから、発達障害を診断すること自体はいけないことではない。

 

だが、発達障害と診断する際、定型発達ではない兆候を拾い集めるだけの行為に、意味はあるのだろうか?

一定の意味はある。とりわけ、有効な投薬治療が発見されたAD/HDの場合、診断は治療に直結しているし、AD/HDの不注意や多動性は、現代社会に適応するには不都合なことが多い。自閉症スペクトラム障害の場合も、患者さんの長所を伸ばし短所をカバーする材料を提供できるし、こちらも薬物療法が補助的に役立つことがある。それはわかる。

 

けれども、そうやって精神科医が発達障害を診断する行為が社会に幾千幾万と積み重なり、「発達障害」という言葉が社会に浸透していくとともに、「定型発達」あるいは「障害されていない正常な発達」といった言葉もまた、発達障害の影絵となって社会に浮かび上がって来ているのではないだろうか。

精神科医をはじめ、誰もが発達障害に鋭敏になる社会とは、裏を返せば、定型発達に対して鋭敏な社会でもある。たとえ「発達障害」の概念が「定型発達」と地続きの、スペクトラム的なものだとしても、「発達障害」「定型発達」という名称は、異なった響きをもって社会に木霊せずにいられない。

スペクトラム的か、キッチリ区別できるのかは、この点ではたいした問題ではない。発達が障害的なのか定型的なのかが人々の意識に頻繁にのぼりやすいか否か、そして、どんなおためごかしが語られようとも、「発達障害」という疾患概念の拡散とともに過半数の人が「定型発達が望ましいものだ」という思い込みを無意識にシェアし、更には「定型発達であって欲しい」と思いつめる人が現れてしまうことが、ここでは問題なのである。

 

これは、発達障害にはじまったことではない。少し前の、「うつ病」や「不安障害」がトピックスになっていた頃もそうだし、種々の「パーソナリティ障害」が話題になっていた頃にもある程度当てはまることではある。そうやって、「疾患」や「障害」として新しい社会適応の問題が洗い出されるたびに、裏返しの側面として「定型発達が望ましい」「正常であって欲しい」という願いが、というより不安が、人々の心に浮かびあがってくる。

かくして、「正常」や「定型発達」というものに対して、より神経質な社会ができあがっているのではないだろうか。

 

この「発達障害」概念も含めて、なにかが「正解」で、なにかが「正解ではないもの」

とみなされるようになり、誰もが「正解」に敏感になってしまう現象に、なにか気の利いた名前はついているのだろうか? もしご存じの人がいたら、どうか教えて頂きたい。

 

「異常と正常」が煮詰まった社会とは

私は、何かを異常と定義し、できるだけそれを回避しようとする生業や心理自体がいけないとは思わない。

善意。

教育方面でも医療方面でもそうだが、障害になり得るものを発見して緩和する行為のベースにあるのは、原則、当事者の善意である。

だが、その善意が積もり積もった結果として、社会全体が「異常」や「正常」にナーバスになっていった先に辿り着く未来とはどういうものだろうか。ひとつひとつの異常を洗い出し、それぞれに対策をあてていくこと自体は正当としても、その正当な行為が積み重なった結果として、「異常」と呼ばれ得るものに片っ端から拾い上げて、“緩和”や“保護”の対象にせずにいられない社会も、それはそれでどこかおかしいのではないだろうか。

 

我が子には正常であって欲しい。目の前の患者さんにメリットを提供したい。そういった善意がたくさん積み重なった結果、その善意の重さで社会全体に新しい課題が浮上してくるのは、とても難しい問題だ。それが歴史の常だと言われてしまえば、そのとおりかもしれないが。

*1 定型発達:いわゆる「正常」のこと。最近は「正常」という語彙よりも「定型発達」という表現が用いられるようになった。

 

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システム開発やITコンサルティングを経て、
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現在はネクセラファーマ株式会社で、システムだけではなく、企業風土改革や業務改善をリードし、
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岡田 雄太(ワークワンダース株式会社 CTO)
野村総合研究所に新卒入社後、証券総合バックオフィスシステムやオンライントレードシステムなどの開発に従事。
その後、8 Securities(現SoFi Hong Kong)へ出向し、日本人唯一のエンジニアとして国際的なプロジェクトに携わる。
BOOSTRYでは信託銀行向けSaaSの立ち上げと成長を牽引。
WiseVineではCTOとして開発組織を30名規模に拡大し、プロダクト開発を推進。
2025年4月よりワークワンダース株式会社CTOに就任。AI活用を中心とした開発支援をリードする。


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(2026/01/19更新)

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)など。
twitter:@twit_shirokuma 
ブログ:『シロクマの屑籠』

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