コンサルタントだった時代、私は上司たちから「決められた回数以上、絶対にお客さんのところに行くな」ときつく言われた。
「なぜですか?」と聴くと、彼らは
「我々は、時間だけが売り物である。したがって、お金を受けて取らずにお客さんのところに行くということは、自分のところの商品を盗む行為である。それは許されない。」
と言った。
ロジックとしては完全に正しい。時間は商品、売り物である。無料で顧客に提供してはならない。
私はそれを信じ、いかに最小の時間で多くのお客さんを回すことができるかを追求し、最も多いときには、同時に10数社のお客様を一人で担当していた。
しかし、お客さんを最小の工数で支援するためには、恐ろしく工夫が必要だ。
例えば「予定にない相談」は受けない。予めきっちりとした議事を先方に送り、その中にある議題だけを討論する。
お客さんが「余談ですが」と無駄話を始めようものなら「それは後でメールで送ってもらえますか」と制止し、社内に持ち帰って、時間のある時に検討する。場合によっては他の人に任せるなど、生産性をとことん突き詰めた。
さらに、お客さんとのんびり飲みに行っている暇などない。一日に3社〜4社訪問し、夜は昼間の顧客のまとめと宿題の実施、そして明日の準備にあてた。
あの頃は自分が「歯車」だったように感じていた。
ただ、こうなるとどうしてもサービスは「テンプレ的」になり、多少突っ込んだ支援は難しい。
例えば、会議の中で「これをやりましょう」と施策が決まる。顧客の中で担当者が決定され、仕事を任される。
だが、大抵の場合はうまくいかない事がわかる。
なぜならば、多くの場合「仕事のできる方」は多くの業務を既に抱えており、新しくリソースを割いて施策を実施することは不可能だからだ。
責任感のある彼らは、締切までになんとか格好がつく成果物を持ってたり、実施してみたりするのだが、明らかに時間が不足しており、多くの場合その質は低かった。
本来、新しいことは試行錯誤を重ねなければならないので、顧客の担当者のかなりの時間的リソースが必要とする。
そんな時「私がやりましょうか?」とはとても言えない。
親切なことはできない。身の破滅につながる。
「客の仕事を勝手に請けるな」という上司たちの厳しい規律があるからだ。もちろん、月次の目標、年間の売上を達成するだけで必死だった、という事情も当然あった。
ところがあるシステム開発会社でのことだ。
その会社は慢性的に人が不足しており、プロジェクトに参加しているメンバーたちは明らかに疲れ切っていた。だが、もちろんこのプロジェクトは期限が決まっており、完遂できなければ会社に大きな損害が発生してしまう。
プロジェクトメンバーたちはそれでも歯を食いしばって、頑張っていたが、上のような事情もありどうしても期限に間に合わない仕事がポツポツと発生してくる。
メンバーの年齢が自分に近かったこともあり、ついに私は見るに見かねて、会社に内緒で仕事を手伝ってしまった。もちろん完全にボランティアである。
「本当に、アテにしないでくださいね」
と彼らに言ったが、もはや私が手伝わずして、プロジェクトの期限内での完遂は不可能であった。
こちらも必死に手を動かし、彼らのプロジェクトが無事に終わるように休日にも彼らの会社に足を運ぶ。もはや仕事なのか、単なる苦行なのかわからなかったが、とにかく仕事はやりおおせ、プロジェクトは終わった。
ただ、私はビクビクしていた。会社にバレたら、ただ事では済まない。キツイ叱責を受けた先輩も何人かおり、重大な規定違反になると出世にも響く。
見て見ぬふりはできなかったが、正直私は後悔していた。
「結局、そういうのはお客さんのためにもならないよ。自分たちで作ったものしか、実行しようと思わないから。」
とも言われていた。
だが、その後の展開は面白いものとなる。
「また、仕事を頼みたいんだけど」と、継続的に仕事が来るようになったのだ。社内ではクロスセルの目標があったが、お陰で私はクロスセルの目標を簡単にクリアすることができた。
また、その会社へ訪問した時の雰囲気も変わった。
それまでは「部外者」的な扱いだったものが、「仲間」という立ち位置になり、さまざまな内部事情も教えてもらえるようになった。
会社の教えは「コンサルタントは相手の会社の社員になってはいけない」というものだったが、私はそれに疑問を持つようになった。
確かに会社の言うこともわかる。
「相手の会社の社員」となってしまえば、何か問題が起きた時にスケープゴートにされる可能性もあるし、社内で余計な反発をもらってしまう可能性もある。
だが、そう言ったリスクを認めつつも、「一緒に同じ仕事をする」ということは、それ以上のメリットもあるのだな、と私は理解した。
つまり、ビジネスというのは、規律とルールよりも、親切と貢献をベースにすべきである、と悟ったのである。
ペンシルバニア大の心理学者アダム・グラントは「見返りを期待せずに人に親切にすること」が結果的にビジネスの成功につながることを研究で明らかにした。
彼はこんなエンジニアの言葉を引用している。
見返りのために、人に親切にするんじゃないんです。グループの目標は、与えることの大切さを行きわたらせること。取引する必要もなければ、交換する必要もありません。
だけど、グループの誰かに親切にすれば、自分に助けが必要になったとき、きっとグループの誰かが親切にしてくれますよ。*1
私も全く、そのとおりであると感じる。
ただ、当面の生産性を犠牲にして人に親切にすることを実践するのはとても難しいのだが。
*1
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【安達が東京都主催のイベントに登壇します】
ティネクト代表・安達裕哉が、“成長企業がなぜ投資を避けないのか”をテーマに東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。借金=仕入れという視点、そしてセキュリティやDXを“利益を生む投資”とする考え方が学べます。

ティネクト代表の安達裕哉が東京都中小企業サイバーセキュリティ啓発事業のイベントに登壇します。
ティネクトでは現在、生成AIやマーケティング事業に力を入れていますが、今回はその事業への「投資」という観点でお話しします。
経営に関わる全ての方にお役に立つ内容となっておりますでの、ぜひご参加ください。東京都主催ですが、ウェビナー形式ですので全国どこからでもご参加できます。
<2025年7月14日実施予定>
投資と会社の成長を考えよう|成長企業が“投資”を避けない理由とは
借金はコストではなく、未来への仕入れ—— 「直接利益を生まない」とされがちな分野にも、真の成長要素が潜んでいます。【セミナー内容】
1. 投資しなければ成長できない
・借金(金利)は無意味なコストではなく、仕入れである
2. 無借金経営は安全ではなく危険 機会損失と同義
・商売の基本は、「見返りのある経営資源に投資」すること
・1%の金利でお金を仕入れ、5%の利益を上げるのが成長戦略の基本
・金利を無意味なコストと考えるのは「直接利益を生まない」と誤解されているため
・同様の理由で、DXやサイバーセキュリティは後回しにされる
3. サイバーセキュリティは「利益を生む投資」である
・直接利益を生まないと誤解されがちだが、売上に貢献する要素は多数(例:広告、ブランディング)
・大企業・行政との取引には「セキュリティ対策」が必須
・リスク管理の観点からも、「保険」よりも遥かにコストパフォーマンスが良い
・経営者のマインドセットとして、投資=成長のための手段
・サイバーセキュリティ対策は攻守ともに利益を生む手段と考えよう
【登壇者紹介】
安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
日時:
2025/7/14(月) 16:30-18:00
参加費:無料
Zoomビデオ会議(ログイン不要)を介してストリーミング配信となります。
お申込み・詳細
お申し込みはこちら東京都令和7年度中小企業サイバーセキュリティ啓発事業「経営者向け特別セミナー兼事業説明会フォーム」よりお申込みください
(2025/6/2更新)
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