昔、よく通っていた飲食店があった。味が良いことはもちろんなのだが、店の雰囲気、主人の人柄など、全てにおいて居心地の良い店であった。
だが、店の経営はあまりうまく行っていなかったようだ。
人通りの少ない場所である上、主人が一人でやっているためか、少し混んでくると給仕が遅れたり、オーダーしたものが出てこなかったりと、初対面のお客さんに不手際をしてしまい、新規のお客さんがつきにくかったようだ。
あるいは競争相手の多い地区であったので、かなりの差別化が必要とされたのかもしれない。
いずれにしろ、いつしか店を訪れるのは僅かな常連ばかりとなり、ある日「店を閉めることにしました」と主人から聞かされたときは、悲しい気持ちになった反面、「やっぱりそうか」という感想を抱いたことも事実だった。
実際、データで見ても飲食店の経営は非常に厳しく、3年以内に半分の店が閉店することがわかっている。*1
この店も例外ではなかった。
最終日、主人に「これからどうなさるのですか」と聴くと、
「常連客の一人が、大きな飲食店チェーンの社長だったので、そこで雇ってもらえることになった。そこで店を持たせてもらえる」
と聞かされた。
良かった、と素直に思えた。
「新しいお店がオープンしたら、知らせてください」と、主人に連絡先を渡し、主人が閉店するのを見送った。主人はやはり、悲しそうではあったが、どことなく肩の荷が下りたような表情をしていたことを記憶している。
数ヶ月が経ち、主人から一通の手紙が届いた。
「新しいお店がオープンします」
という知らせだった。
予約し、訪れてみると今度の店は建物も場所もよく、スタッフも何名かを抱えており、今度は成功できる、と言えそうなお店だった。
主人の作る料理は相変わらずであり、以前の常連も何名か来ていたようで、既にそれなりに予約も埋まっていると言う。
新しい門出を、私は心から祝福した。
しかし、残念ながら私はその店に以前ほど行くことができなかった。
今までは通勤の経路にお店があり、気軽に寄ることができたのだが、新しいお店は逆方向で、かなりの遠出をしなければならない。仕事が忙しくなったことも重なり、自然に足が遠のいた。
そうして、半年後くらいだろうか。
たまたま付近のクライアントによった帰り道、久々に店に寄ろうと店に電話を入れた。
「◯◯さんはいますか?」
「◯◯さん?彼は今、居ませんよ。」
「え……?」
「異動になり、地方に転勤しました……」
私は電話を切った。
なんということだ。店は異なる業態に改装され、主人はどこかへ飛ばされていたのだった。
サラリーマンとなってしまったとは言え、もう彼は厨房に立ってもいないと言う。
かなりの喪失感だった。
しかも突然のこと。私が行かなかったことがよくなかったのだろうか。私は主人に申し訳ない気持ちで一杯になった。
彼の店はもうどこにもないのだ。
そして数年後。
驚いたことに偶然、同業者の方から、その主人の話を聴いた。
「ああ、あの方なら知ってますよ、市場で見かけてましたから。」
という。
「内勤になったと聞きましたが……」
「いえいえ、その後はそこを辞めて、海外で職人として働いていたらしいです。ただ、そこも辞めて帰国し、最近では◯◯の付近で働いていらっしゃるらしいですよ。」
「どこのお店ですか?」
「それなんですが……今でもファンの方が結構いて、探しているらしいのですが、そこで働いていることを、だれにも連絡してないらしいんですよ。若い人に使われているみたいですし、それって、「探さないでくれ」ってことじゃないですか。」
「……」
「そっとしておいてあげたほうがいいと思いますよ。」
私はハッとした。
真に失敗すると、その人は消えていく。
「あのときは苦労しましたが……」と言える人は、実は成功者だ。
例えば、サイバーエージェントの社長が語る「失敗」は、失敗ではない。
挑戦しない人は「結局、恥をかくのが恐いだけ」 サイバーエージェント藤田社長が失敗カンファレンスで語ったこと
その時ちょうどインターネットバブルがあった2000年でしたし、上場するまでは息止めて一気にやっていたんで、失敗も何もなかったような状況だったんですけど、絶頂の時期に結構いろんな人生の先輩から、「挫折をしてないやつは駄目だよ」、「人生の中で失敗してないやつは駄目だ」って結構言われたんです。
それを聞いた時に、「何を言っているんだ。そんなのなくたって一気に駆け抜けられるよ」と。それまでうまくいっていたんで正直そう思ったんですが、今となっては、同じような調子に乗った若者がいたら、「おまえ、挫折してないから駄目だ」って絶対言っていると思うんですけれども(笑)。
上場直後にネットバブルが崩壊し、その時恐ろしい株価がついていたのが、あっという間に半分じゃなくて10分の1になったものですから、1株850万が85万まで下がっていって、そのまま亡くなった方の心電図のようにピタッと下に張り付いたんです。
これは、「成功の中の失敗という面白いエピソード」に過ぎない。
真の失敗が知りたければ、今もなお失敗し続けていて、浮き上がれる望みが持てそうにない状態の人に語ってもらうべきものだ。
もう若くもなく、ファンになってくれた人に合わせる顔も持てず、自分よりも若い人に使われる日々。
それを想像すれば、成功者の失敗談など笑い草に過ぎない。
現実的には「失敗したって大丈夫」とは、とてもではないが気軽には言えないのだ。
(2025/5/12更新)
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