あるサラリーマンがいた。彼は新人の時に一度、ものすごく経営者に怒られたことがある。
怒られた理由は単純で、「会社に何か提案があれば何でも言って」と言われたので、普段から思っていたことをそのまま言ったのだ。
残念ながら、その提案の内容は稚拙だった。経営を知らぬ浅はかな若手の一言だった。彼は社長の嫌いな人物を擁護したのだ。
もちろん経営者は激昂した。彼は1時間以上にわたり怒る経営者に間違いを指摘された。だが彼は、なぜ自分が怒られなければならないのかがさっぱりわからなかった。
経営者は確かに「なんでも言って良い」と言ったのだ。
それなのに「お前は全く分かっていない」と侮辱されることの正当性も判然としなかった。
後日、経営者は「悪かった」と彼に謝罪した。
しかし、彼はそれに対してはとくに責める気もなく、それを聞きながら2つのことを学んだと思った。
一つは 「人の言葉を額面通り受け取るな」
そしてもう一つは 「人は感情で動く」
彼はその後、上司の言う言葉をそのまま受け取ることをやめた。言葉と心は違う。
「考え方が変わったよ」
という上司の言葉にどれほど真実が含まれているのか、そんなことは彼にはわからないのだ。
彼に唯一わかるのはその上司がとった行動だけである。経営者が本当に考え方を変えたのかは、行動と実績だけを見ていればよい。彼は上司の「なんでも相談して」を信じない。それは一種の社交辞令だ。
そして彼はもう一つ、経営者と上司には「相手の望む情報」のみを提供することにした。
厳密な論理は感情よりも正しい答えを導くことができるが、彼らが欲しているのは「正しさ」ではない。「従業員が自分に賛同してくれている」や「従業員から尊敬されている」「俺は優秀だ」といった全能感を与えてくれる情報だ。
だから、彼は一切「正しいが不愉快なこと」を言わなくなった。
「会社の成果が出ないのは、あなたのやっていることが的外れだからですよ。」といわれて、ハイそうですか。ではどうすればいいでしょう、という経営者はまずいないことを彼はよく知っている。
独裁的な経営者や上司とつきあうには、この2つがコミュニケーションの鉄則となると、彼は言う。
だが一方で彼は思う。この2つが「その経営者の限界」を決める。
どれほど言葉と行動を一致させることができるか
どれほど不愉快な現実に耐えられるか
これが「経営者の器」なのではないか。
彼はSMAPの騒動を目にしたとき言った。
「事務所の内情は全く知らない。知らないが起きていることは想像がつく。
経営者はマネジャーが成果を上げれば上げるほど自分を否定された気持ちになった。おそらくこの経営者はこのマネジャーを扱える器ではなかったのではないか。
逆にマネジャーは経営者の能力を看破していただろうが、その態度は上をムカつかせたとおもう。私と同じだ。」
(2024/1/22更新)
東京都産業労働局
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