主に若手のエンジニアに対して「意欲がない」と感じている人はいないだろうか?

「俺の時は自分で勉強するしかなかった。だから自分で技術書を買って必死に勉強した。それに比べてあの若手はどうだ。自分で勉強はしない。現場に何年もいるというのに、あれも知らない。これも知らない…」

 

こうした不満はいわゆる技術力が高く、開発現場でも中心にいるようなエンジニアが抱くことが多いように見受けられる。

だが、果たしてこれは「意欲がない」という問題なのだろうか?

 

総じて、「意欲の問題」と称されるものは機会や環境の問題であることも多い。もしあなたが、若手に対して同じような不満を抱いているのなら、少し考えを改める必要があるかもしれない。

 

任すことができないエンジニア

技術力が高いエンジニアは責任感も強い人が多い。こうした人は、若手に「仕事を任せる」といったことが苦手である。

 

確かにあなたの目線で見れば、未熟なエンジニアは全くの「無知」であるように見える。

プログラミングや設計といった作業において、不注意やミスというのはまだフォローが効く事も多いが、「無知」というのはどうしようもない。

とんでもない常識外れのコードを書いてしまったりして致命的な事態を招く事も多い。熟練したエンジニアはこうした「無知」が引き起こす破滅の危険性を身をもって知っている。

 

なので、そうした無知な若手には無難な作業を任せておいて、肝心な所は自分がやってしまうか、一回は若手にやらせてみるが、案の定ひどいコードが書かれた事に溜息をついて、全て書き直してしまったりする。

確かにこれは、品質の高い製品(プロダクツ)を開発する体制としては正しい態度のようにも見える。

 

しかし、現場の役割は「品質基準を満たす製品」を作るということだけではない。

人材の育成、つまりは若手を成長させて、やがては自分の代わりが務まるようにするのも、重要な任務なのだ。

その観点から見れば、あなたが不機嫌な顔で、若手のコードをいくら直しても、直された当人としては「どうせ先輩が直してくれるのだ」という態度に自然なってしまうだろうし、必死に知識を吸収する動機もなくなってしまう。

つまりあなたは若手から「学ぶ機会」を奪っているのである。

 

何も若手のフォローをせずにプロジェクトを失敗させろ、と言っているわけではない。自分が若い頃に犯した失敗を、次世代でも繰り返させているようでは「現場」が成長しているとは言えないからだ。

ただ、あなたが若い頃と同じ状況を作ることは、もはや不可能であることは自覚したほうがいい。

 

自分と同じ状況は決して作れない

熟練エンジニアであるあなたはこうも考えている。

「自分の若い時の状況と比べて今はどうだ。俺という頼れる先輩もいる。若手があの頃の自分と同じくらい貪欲であったなら、俺から知識を吸収しようと必死に食らいついてくる筈だ。それなのに彼らときたら、質問すらしてこない」

 

この認識は半分正しいが、もう半分は間違いである。あなたが貪欲であったのは、「頼れる先輩」がいなかったからだ。誰も教えてくれないから、書籍やネット、技術コミュニティから必死に知識を吸収した。

あなた以上に出来る人間がいないから、「無知」によって引き起こされた損害も大目に見てもらえる環境があった。

 

今は違う。

他ならぬあなたという「頼れる先輩」の存在によって、現場の環境は完全に変化してしまっている。

若手にとって、知識を吸収しなければならない切迫した必然性はもはや存在せず、「無知」による破綻は決して許されることではなくなっている。

 

そんな環境に自分がいたら、という前提で考えたことはあるだろうか?そんな状況で過去の自分が果たしてどこまで貪欲であり得ただろうか?

個人の資質の違いはもちろんあるだろう。問題の若手は技術書の一冊も手にとることもない無気力な若者に見えるかもしれない。しかし、人は多くの場合、環境や立場によって作られる。この違いが「意欲のない」若手を作り上げているのも否定できない事実なのだ。

 

メンターとして「新しい環境」を作る

現場は変化している。使う技術も進化しているし、入ってくる新入社員にも世代間のギャップというものがある。であれば、自分がいた環境を「再現」するのではなく、「新しい環境」を作るべきだ。

 

メンターという概念がある。仕事を率先するのではなく、助言者として若手に寄り添う役割だ。

まず、自分がやらなくては、という意識を捨てなければならない。

もはやあなたは最前線にいるべき人間ではなく、現場全体の利益を考えなければならない立場にある。自分がやってしまっては意味がないぐらいの気持ちを持たなくてはならない。

若手に制御可能な失敗をさせるのもいい。製品をリリースする前に、他ならぬあなたが欠陥を指摘し、それを若手自身に直させる。

漫画パトレイバーに出てくる後藤隊長の言を借りるなら

(画像出典:機動警察パトレイバー(1) (少年サンデーコミックス) P123)

である。

 

時間はかかるだろう。若手の学習ペースにも不満があるかもしれない。

繰り返すが、これは全く「新しい環境」なのだ。あなたの経験や記憶がそっくり再現されることなどあるわけがない。もしその若手がいつまでたっても成長しないのであれば、それはあなたの責任である。

 

記憶という色眼鏡

自分が苦労した記憶や、その結果によって成し遂げた成功体験というのは色濃く記憶に残る。できれば若手に同じ体験をさせてやりたい、と考えるのも当然のことだ。

だが、あなたが現場にいる限り、それは無理なことなのだ。それを自覚していないと、つい若手を記憶という色眼鏡を通して見てしまう。

 

こうして「意欲のない」若手は出現する。だが、それはあなたの心の中に存在する虚像にすぎない。全く違う環境に放り込まれた、あなたでない他者が、あなたの若き日の姿と似ても似つかないのは当たり前のことだからだ。

この虚像を放置すると、「意欲のない」若手はそのまま「何もできない中堅」になってしまうだろう。どうかそうなる前に、あなたがこれまで築き上げた社内の信頼関係を総動員してでも、若手を育てあげなければならない。

今のあなたに求められているのは、そういうことである。

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
著書『頭のいい人が話す前に考えていること』(ダイヤモンド社)は累計82万部突破。2023年・2024年と2年連続で“日本一売れたビジネス書”に(トーハン/日販調べ)。
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(2025/6/2更新)

 

【プロフィール】

著者名:megamouth

文学、音楽活動、大学中退を経て、流れ流れてWeb業界に至った流浪のプログラマ。

ブログ:megamouthの葬列

 

(Photo:Daniel Cukier)