ある大企業での話だ。

Eさんは、某有名私大を出て、新卒でその会社に入った。彼は真面目だったので、研修での成績がよく、希望の部署にうまく入り込むことができた。

 

希望していた部署は雰囲気もよく、Eさんはそつなく仕事をこなし、上司からも気に入られた。

「将来を嘱望される」とは、このことだったのだろう。

幾つかの部署を経て、ついに、Eさんは「海外営業部」への辞令を受けた。この会社においては、一部の評価が高い人は「海外営業部」に配属される。

 

多くの歴代の社長、役員が、この部署出身者であるため、そこで仕事をすれば、社内的に強いコネクションをもつことができ、いわゆる「出世街道」に乗ることができる。

Eさんの将来は明るいはずだった。

 

だが、Eさんの運命は大きく変わる。

「海外営業部」での上司と、合わなかったのである。

Eさんの上司は「仕事ができる人」の中でも、さらに「できる人」だったので、非常に多くのことをEさんに求めた。前に依頼した件はどうなった、取引先との交渉は終わったか、資料はできたか……

しかし、Eさんは残念ながら「ずば抜けてできる人」ではなかった。

「説明がわかりにくい」
「資料が的を射ていない」
「説得力に欠ける」
「自主性がない」

Eさんは上司から毎日のように、叱責された。

 

彼の評価は、残念ながら低くなる一方であり、ついに3年で他の部署に戻されてしまった。つまりそれは、「この会社での出世は諦めろ」というメッセージに等しい。

一般的に見れば、彼の給料は低いものではない。

だが、会社全体の業績が芳しくない現在、Eさんは「今後の出向やリストラが不安」と言う。

 

「社会的弱者」という言葉をメディア上でよく見かける。

彼らは支援を必要とする人々であり、政府の定義によれば、「社会的弱者」とは高齢者、障害者などとされる。

だが一方で、「弱い」のではなく、「脆弱」つまり、非常にもろい立場の人たちがいる。

 

上のEさんは、「弱者」ではない。だが「会社の業績変動」「配置転換」「働き方改革」などの「環境変化」に弱い立場にいる。

Eさんは「いま、上の方が改革だなんだとやっていますが、今度は何を言われるのか、正直怖い」と言う。

 

*****

 

ニューヨーク大学のナシーム・ニコラス・タレブは著書の中で、「脆さ」を「変動性を好まないもの」と定義している。

例えば、磁器のコーヒーカップは、諸々の環境変化を好まない。

使われれば割れる可能性があり、洗えば欠けるかもしれない。地震で落下し、砕けてしまうかもしれない。つまり、変動性を好まないので、「脆い」のである。

これは、上のEさんと同じと言える。

 

では「脆い」の反対はなんだろうか。

例えば、磁器のカップではなく、金属製のコーヒーカップは落としても割れにくい。欠けることもなく、長い期間の使用に耐えるだろう。

タレブはこのように「変動性に対して影響を受けづらい」性質を、「頑健」と表現する。

しかし、タレブは「脆い」の反対は「頑健」ではないという。

 

なぜならば、変動に寄ってマイナスの影響を受けるものを「脆い」とすれば、「頑健」は変動に寄る影響がゼロだからだ。

マイナスの反対はゼロではない。プラスである。

 

つまり「脆い」ものの反対は、「変動性によって、プラスの影響を受けるもの」と定義できる。

しかし、環境が変化すればするほど強くなるもの、など存在するのだろうか?

 

*****

 

「ドラゴンボール」と言う漫画の主人公、孫悟空は「サイヤ人」という名の種族である。

サイヤ人はある身体的な特徴を持つ。

それは、「死ぬ寸前の状態から回復すると、大きくパワーアップする」と言うものだ。

(ドラゴンボール 23巻より)

主人公の孫悟空は短期間で強くなるため、自らの身体にダメージを与え、そこから回復を繰り返し行う「修行」をした。

結果として主人公は大きなパワーアップを果たし、強敵に勝つことができる……。

 

これはタレブの言う「脆弱」の反対の性質、「叩かれれば叩かれるほど強くなる」という性質、つまり「反脆弱性」の性質である。

そして、この話に納得感があるのは、我々人間も、多かれ少なかれ同じ性質を持っているからである。

 

例えば、厳しい顧客、筋トレや社内競争なども、適度な範囲であれば、人を成長させる。

PTSD、心的外傷後ストレス障害という言葉があるが、しかし、これとは全く逆の「心的外傷後ストレス成長」という言葉もまた、存在している。

 

さらに「免疫」や「耐性」といったものもダメージやストレスを受けることによって獲得できる。

タレブによればかつて、小アジアのポントス王国の国王、ミトリダテス6世は、父を暗殺されて逃亡している間、毒殺から身を守るため、致死量に満たない毒物を飲み、その量を少しずつ増やしていったという。

その試みは成功し、彼は毒物への非常に強固な耐性を手にしたそうだ。(ところが、毒物への耐性がつきすぎて、服毒自殺に失敗し、そのため、彼は自軍の将校に首を刎ねてほしいと頼まなければならなかった。)

 

さらに、インターネット上の「炎上」によって、インフルエンサーがますます力を獲得することも、反脆弱性の一種だ。

インターネットの時代には、無視されるよりも、多少の「炎上」や、「反対意見」をもらうほうが、遥かに影響力を大きく保てる。

 

 

変化の大きい時代には「ストレス」「ダメージ」「変動性」などからプラスの効果を得らえる環境や性質、つまり「反脆弱性」を獲得することが重要だ。

 

しかし、必ずしも皆が「反脆弱性」を獲得できているわけではない。

「ダメージ」「変化」「炎上」などで大きく損をする人もいる。

それが、上のEさんのような人々だ。

 

彼らはとにかく「変動性」「ランダム」「失敗」「ダメージ」に弱い。

一度でも社内外の不評を買ってしまったら、その後の出世の見込みはないし、SNSが炎上でもしようものなら、職を失い、一気に転落してしまう可能性もある。

実際、タレブもこの点を強く指摘している。

仕事や職業の中には、評判に傷がつくとたちまちダメになるものがある。

このインターネット時代、評判をコントロールすることなんて不可能だ。批判に弱い仕事などする価値がないし、評判を〝コントロール〟しようとしてはいけない。情報の流れをいくらコントロールしても、評判そのものはコントロールできないからだ。

タレブは、一つの例として「住宅ローンを抱えた銀行の中間管理職は、究極に脆い」と指摘する。

例えば、上で紹介したタレブの「反脆弱性」ではこんな例が挙がっている。

 

キプロス生まれジョンとジョージは、双子だが、対照的な職業についた。

ジョンは大手銀行の人事部の事務職員。

ジョージはタクシーの運転手だ。

 

ジョンの収入は完璧に安定している(と彼自身は考えている)。福利厚生、安定した給与、休暇。

だが「銀行危機」が起きてはじめて彼は「自分の職も不要になるかも」と思った。

彼は人事にいたので、長年のキャリアを一瞬にして失った人を見てきた。50歳で解雇された人は、二度と立ち直れなかった。

 

一方ジョージは個人で黒タクシーを運転している。

彼の収入はまちまちで、稼げるラッキーな日もあれば、経費すら稼げないアンラッキーな日もある。

収入が不安定なので、彼はいつも「兄さんみたいな雇用の保証がなくて」とぼやいているが、実は平均を通してみればジョンと収入はほぼ同じだ。25年間の中で、収入ゼロはただ1日だけ。

 

そう、実はジョージのほうが保障は少し上なのだ。

 

変化があるからこそ、職人的な仕事には「反脆弱性」がある。小さな変化が起きるたびに、環境から教訓を学び取り、順応すべし、というプレッシャーを受けるのである。

その結果、絶えず適応と変化を繰り返すことになり、結果として「反脆弱性」を手に入れる。

 

つまり、安定した大企業に勤めるサラリーマンの多くは「脆弱(ぜいじゃく)」である。彼らは「予想し得ぬ不幸」に非常に弱い上に、「予想し得ぬ幸運」を利用することもできない。

だから、40、50代になり、突然会社が「リストラします」と宣言したときに、為す術もなくなってしまうのである。

 

 

世の中には「副業」よりも「本業」に集中したほうが稼げるよ、などとアドバイスする方もいる。

たしかに、目先の稼ぎはそのほうが上がるかもしれない。

 

だが、「本業」の柵の中でランダム性の小さいことばかりをやっていても、「反脆弱性」は得られない。

社外に出て、ほんのちょっとでも「会社以外」から稼ぎの手段を見つけ、試行錯誤してみること以上に、「反脆弱性」を身につけるよい方法はない。

 

タレブは「自分のリソースを、安定した仕事とランダム性の高い仕事に振り分けること」を「バーベル戦略」と呼んでいる。

副業に一部の時間を充てたり、安定した職業とリスキーな職業に交互に就くことなども「バーベル戦略」だ。

 

このように、ほんの少しでも「ランダム性」を生活のなかに取り入れれば、もはや「変化」を恐れる必要などないのである。

 

 

 

 

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(Photo:Le Mai