山中伸弥、羽生善治、是枝裕和、山極壽一という各界のトップランナー4人の京都産業大学での講演とホスト役の永田和宏さんとの対談が収録されている、『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』(文春新書)という本を読みました。
よくこれだけの大物(ネームバリューだけでなく、みなさん「現役」で活躍されています)に来てもらえたものだなあ、僕もこれ、観に行きたかったなあ、と思いつつ。
みんな人前で話をすることに慣れている、というのもあるのでしょうけど、話が面白くて上手なんですよね。
彼らは、自慢ではなくて、「自分が何者でもなかった頃に考えていたこと、影響を受けたこと」について、真摯に語っておられるのです。
永田さんは「彼らもみんな『特別な人間』ではなかった、ということを若い人たちに伝えたい」と、この試みをはじめたそうですが、山中先生が「手術が下手だったから、研究の世界に行くことになったんです」と仰っているのを読んで、不器用な僕は、親しみがわいてきました。
この講演・対談を読んでいて、4人の「すごい人」たちが、学生たちに対して、同じような話をしていることに気づいたのです。
彼らは、「今、目の前で起こっていることを、先入観をなるべく持たずに素直に受け止めること」と「それがなぜ起こっているのかに疑問を持ち、理由を解明しようとすること」の重要性をそれぞれの専門の話のなかで述べているのです。
山中伸弥さんと永田さんの対談より。
山中:やっていけるかどうかではないんですが、自分は研究者に向いている、と思った瞬間はよく覚えています。
研究者になってからしばらくして、初めて簡単な実験をさせてもらいました。血圧の研究をしている薬理学という教室で、実験動物にある薬を投与したら、血圧が上がることを確かめるという非常に簡単な、初心者向けの実験でした。その薬を投与したら、血圧が上がるはずだったのに、逆に下がりまして(笑)。実験動物が死ぬ一歩手前までいって、一時間ぐらいして、やっと回復したんです。
それを見たときに、もう異様に興奮したんです。「ええ〜、なんで?」「うわあ〜、どうして?」と思って。で、すぐに指導の先生のところに走っていったら、先生は悠々とタバコ吸っていたんですけれど、「先生、たいへんです。血圧下がりました!」と叫んだら、その先生も一緒になって「おお、すごい、すごい」と喜んでくれたんです。
結局、なぜその薬で血圧が下がるかということを、その後二年ぐらいかけて突き止めましたが、最初の自分の反応を自分でも全然予想していなかったんです。予想と正反対の結果が起こったときに、がっかりしてもおかしくなかったと思いますが、異様に興奮してワクワクしました。
そのときに、「あ、自分は研究者に向いているんじゃないかな」と思いました。だって、もし、人間の患者さんで同じことが起こったら、大変なことですよね(笑)。先生にも、「お前、なんかちゃうことやったやろ」って怒られてしまう。それなのに、先生にも一緒に喜んでもらえて、医者と研究者は全然違う種類の仕事だなと思いました。
永田:ある何かが起きたときに、心底不思議と思えるとか、心底驚くとかっていうのは、研究者になるための一つの条件のような気がしますね。
『万引き家族』で、第71回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した是枝裕和監督は、ディレクターになって最初の番組で、「牛乳屋さんの長男が、家の自慢のカレーを本場の人たちに食べてもらう」という企画を担当したそうです。
そのカレーというのは「二種類の市販のルーを半分ずつ入れて、自分の家で配達している牛乳を加えただけ」というものだったのだとか。
是枝監督は、これでは、番組の企画として魅力に欠けるのではないかと考えて、この長男のカレーがスリランカの人々の舌に合わず、スリランカで「本物のカレー」の修行をすることになる、というシナリオをつくり、その下準備をして撮影に入りました。
ところが……実際にスリランカの人たちにその「牛乳屋さんのカレー」を食べてもらったら、評判が良くて、かえって困ってしまったそうです。
ディレクターになって一本目の番組でそんな失敗があったおかげで、その後、僕はものすごく演出というものに対して自覚的になりました。
演出って、何をおもしろいと思うかということが常に問われているんです。どこにカメラを向けて、何を発見して、今起きていることのうちの何が頭の中に最初からあったものではなく、今ここで生まれたものなのか。
それを発見し続けていく動体視力とか、反射神経というものを、自分の中ではなく、自分と目の前に広がっている世界とのやりとりの中で見つけていくという作業が、映像制作のいちばんおもしろいところで、いちばん難しいところで、いまだにはっきりとは摑めていないところです。
つねに「今ここで生まれたもの」を素直な目でみること。
これは、簡単なようで、けっこう難しいことなのです。
僕も研究の世界に少しだけ触れていたのですが、実験をしていて、「予定」と違う結果が出たら、「ああ……また手順を間違ったのかな……」実験やり直すのダルいよなあ……と落ち込むばかりでした。
ところが、研究者になる人というのは、そこで、「こういう結果が出たことには、何か意味があるのではないか、自分の予想(先入観)が間違っていたのではないか」と考えて、それを検証してみようとするのです。
もちろん、そういう検証のほとんどは、空振りに終わります。単純な実験ミスだったり、すでに誰かがやっていたことだったりすることがほとんどなんですよ。でも、そこでめんどくさがらずに、ちゃんと確かめることができる人が、大成していくのです。
大人になって思うのは、「めんどくさい」「なるべくラクをしたい」というのは、創造的な仕事をするためには、最大のハードルなのだ、ということです。
「人がめんどくさいと思うことを粘り強くやれる人」というのは、それだけで、何かの方法で食べていけるのではなかろうか。
あとは、「テーマというか、何をつくるか、ということに関する嗅覚」みたいなものも、やっぱりあるんですけどね。
是枝監督の「牛乳屋さんのカレー」も、ディレクターによっては、「演出」をして、自分の当初の予定通りの「やっぱり本場のカレーはすごかった!」という話にするのではないでしょうか。
それはそれで、「普通に面白い」ものはできるかもしれないけれど、それ以上のものにはなりません。
こういう場合、事実をつくりかえたり、自分の都合の良いように解釈して、ラクをしたくなるけれど、それが「落とし穴」なんですよね。
そうは言うものの、日常では、「早く帰りたい気持ち」とか「こんなことをしても時間の無駄なんじゃないか、という迷い」との闘いであり、うまくいくかどうかもわからないわけですから、「今、目の前で起こっていることを、ありのままに受け止める」というのは、けっして簡単ではないのです。
これだけの実績を残している人たちが、口を揃えて「若い人たちに伝えたい」と感じていることには、それなりの意味があるのだと僕は思います。
これからは、ネットで、さまざまな他者の解釈を知ることができる時代だからこそ、「自分の目でありのままの世界を見て、判断することができる能力」が、もっと大事になっていくのではないでしょうか。
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(文責-ティネクト株式会社 取締役 倉増京平)
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【著者プロフィール】
著者:fujipon
読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。
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