『堀江貴文VS.鮨職人 鮨屋に修業は必要か?』(堀江貴文著/ぴあ)という本を読みました。

堀江貴文さんの「鮨職人になるために何年も修行するのはバカ」という発言が物議を醸したのは、もう3年前になるんですね。

この対談本では、堀江さんが高く評価している鮨職人たちと話をしながら、その成功の過程と理由を探っていくのです。

 

お互いに褒め合っているだけの気持ち悪い内容ではないかと思っていたのですが、読んでみると、今の鮨屋って、こんなふうになっているのか、と感心してしまいました。

そして、これだけいろんなことがネットを通じてバーチャルに体験できるようになった世の中では、「食べる」というのは、人間に遺された数少ない「ネットを通じてはできないこと」であり、これからも、ビジネスとしても大きな可能性を秘めている、ということも伝わってきたのです。

 

堀江さんの対談相手の8人の鮨職人たちは、「修行をしていない」わけではなくて、美味しい鮨を握ること、自分のオリジナリティを発揮して、他者と差別化することなどにおいて、けっこう長い間、試行錯誤をしている人が多いのです。

人に言われたことを長年同じようにやり続けるのではなくて、自分で考えて工夫していく能力こそが、これからの時代には問われていくのでしょう。

修業期間の「長さ」ではなくて、創意工夫の「密度」こそが大事だということなのだよなあ。

 

もちろん、店をずっと切り盛りしていくには、同じクオリティのことをやり続ける安定感、みたいなものも必要だとは思うのですが。

そして、この本を読んでいると、鮨職人には、地道な修行よりも、先天的な「センス」とか「器用さ」みたいなものが必要で、これからは、さらにそういう「才能勝負」になっていくのではないか、とも考えさせられます。

 

昔ながらの「職人の世界」というイメージだった鮨屋も、SNSの普及で、大きな変革期を迎えているのです。

鮨だけでなく、料理人を取り巻く環境も大きく変わっている。

SNSが当たり前になり、料理人たちにも普及したことで、彼らの視野がどれだけ広くなったか。

Instagramでは自分の仕事をリアルタイムに発信し、逆に今まで知らなかった素材や技術、店や人をキャッチアップできる。

Facebookを中心とするネットワーク上で、料理人同士、産地、メディア……いろんなつながりが生まれ、情報交換ができるようになったのは、飲食業界の大革命だ。

 

本書にも登場してくれた『照寿司』の渡邊貴義さんは、10年間、お客さんが全然来ない北九州市戸畑区にある街場の鮨屋で、仕入れた魚の写真をコツコツFacebookにあげつづけた。

そしてフーディに発見され、ついにバズッたのだ。僕も渡邊さんやほかの料理人たちとのイベントや旅が次々と実現して、食に関する視野がどんどん広くなっている。

いまの世界には、美味しいものを食べるためには、日本中(あるいは世界中)どこへでも行く「フーディ」という美食家の富裕層が存在していて、彼らは、SNSで情報のやりとりをしています。

彼らの目に留まれば、地方都市の片隅の鮨屋で、それなりに高い価格設定にしても、予約がとれない超人気店になることが可能です。

 

この本に登場してくるのは、30から40歳代の鮨職人ですが、彼らは理不尽なまでの先輩の「シゴキ」が当たり前だった最後の世代なのです。

今は、飲食業の慢性的な人手不足もあり、昔のような「厳しい修行」は流行らなくなっているのだとか。

 

この本に登場している職人たちは、日頃から交流がある堀江さんとの対談ということもあってか、「いまの鮨屋という仕事」について、かなり率直に語っておられます。

 

『鮨 一幸』の工藤順也さんの回より。

堀江貴文:工藤さんは1万円のサバの仕込みをどうやって学んだんですか?

工藤順也:いろいろやってみていました。自分で実験もしたし。ただ、ひとつは、僕がすごく悩んでいるときに行ったお店のカウンターで、僕、ヤバかったらしいんです。

堀江:さぞかし思い詰めていたんでしょうね。

工藤:そうです。カウンターでひとり思い詰めていて、店主に「なんでこんなにすごいんですか?」って聞いたんですよ。そうしたら、その方が「僕らがすごいんじゃなくて、すごいのはお魚ですよ」と答えたんです。

堀江:おお。

工藤:その瞬間に、霧が晴れたみたいに自分の進みたい道が見えた気がしました。そして「これってこうじゃないですか?」って、自分が想像していたことを口に出してみたんです。そうしたら「そうだよ」と答えてもらえて。そこひとつがわかったら、バーッと答えがつながっていったんですよね。

堀江:相当悩んでいたんですね。

工藤:そこから一気に仕込みが変わりました。

多くの職人さんたちが、「結局のところ、鮨は職人の技術よりもネタの良し悪しが大きいのだ」と仰っています。

もちろん、それなりの技術があっての話ではあるのでしょうけど。

 

その魚の仕入れについても、毎日朝早くから市場に通って魚をみて、人脈をつくる、という時代ではなくなっているのです。

『鮨 りんだ』の河野勇太さんの回より。

堀江貴文:仕入れはどういうスタンスですか? だって、値段も質もすごいバリエーションがあるわけでしょ。

河野勇太:僕は、産地はあまり気にしません。魚の値段って産地が半分以上を占めているんですよ。例えば、巨人の四番はすごいですよね。でも、高校野球でも草野球にも、「こいつはすごい」っていう四番がいる。僕は、そんなふうに産地に関係なく、すごいやつを見抜く絶対の自信があります。市場に行かない日でも、LINEで魚の写真が届いたら、「左から二番目ちょうだい」って見極めています。

堀江:LINEでわかっちゃうんだ。

河野:わかります。お互いに信頼関係もあるので、ある程度絞って送ってきてくれていますけどね。僕が選んだ魚に対して「それで間違いないと思います」って返事が来ますもん。

堀江:そういう時代なんだ。そういうやりとりは夜中にするんですか?

河野:12時すぎたらLINEが来ますね。「今日の魚状況です」「白身はこんなんです」「今日、コハダは入りません」みたいな感じです。

堀江:競りはないんですか?

河野:もちろんありますよ。でも、その前に情報が共有されるんです。3時からの競りの前に、いいのが欲しいから取引されていますね。

堀江:12時には届いてるんだ。

すでに、仕入れはLINEになっているのか……

 

実際の魚を見なくても大丈夫なのだろうか、と思うのだけれども、河野さんの店はこのやり方で多くのお客さんに高く評価されているわけですから。

たぶん、若い人たちは、上の世代よりもITに慣れている分だけ、写真から情報を得る能力も高いのだと思います。

もちろん、こういうセンスの良し悪しも「人による」のだろうけど。

 

堀江さんは、『鮨 あらい』の新井祐一さんとの対談のなかで、「鮨屋の修行は無駄」という発言の真意について話しておられます。

堀江貴文:僕が前に「鮨屋の修行は無駄」という発言で物議を醸したのも、無駄なプロセスなんじゃないかっていうだけではなくて、結局はそこが言いたかったんですよ。握れるようにはすぐなれるけど、それだけじゃ全然だめだよって。

新井祐一:そうですよね。そういう時代だと思います。

堀江:それこそ、握りに関しては鮨の専門学校なりYouTubeで学んで、スナックみたいなコミュニケーション力を高められるところで働けばって。昔と違って情報はたくさんあるんだから。「魯山人に憧れて『久兵衛』に入る」なんて人は稀で、求人情報見て回転寿司に入っちゃうんですよ。

新井:あはは。

堀江:回転寿司では、客からの文句も少ないし、最初から握って場数も踏めますから練習にはなりますよ。WAGYUMAFIAの相方も最近和牛の鮨をよく握っているんですけど、「ちょっと修業してくるわ」って金沢の回転寿司に何日か行って、たくさん握れるようになって帰っていました。

新井:まあ、切りつけはともかく、握りはね。あと、会話も別。

堀江:だからね、魚の知識とか切りつけは学校で習って、回転寿司で場数踏んで、スナックでアルバイトして。あとはたくさん食べ歩く。それがいいんじゃないかと思うんですよ。

とりあえず、読むと美味しい鮨が食べたくなってくるのと同時に、もはや、人間らしい娯楽というのは、「ものを食べること」くらいしか残っていなくて、その価値は今後も上がり続けるのではないか、と感じました。

 

3万円の鮨なんて、手が届かないと思いがちだけれど、本当に美味しいものならば、それ以上に人生を豊かにするお金の使い方って、あまり思いつかないのだよなあ。

 

 

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Deloitteで大手企業向けの業務改善コンサルティングに従事した後、監査法人トーマツにて中小企業向け支援部門を立ち上げ、
大阪・東京両支社で支社長を歴任。2013年にティネクト株式会社を設立し、ビジネスメディア「Books&Apps」を運営。
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【著者プロフィール】

著者:fujipon

読書感想ブログ『琥珀色の戯言』、瞑想・迷走しつづけている雑記『いつか電池がきれるまで』を書きつづけている、「人生の折り返し点を過ぎたことにようやく気づいてしまった」ネット中毒の40代内科医です。

ブログ:琥珀色の戯言 / いつか電池がきれるまで

Twitter:@fujipon2

(Photo:Michael Saechang