つい最近、小学校に入った子供に関して、妻から

「習い事だが、どれをやらせたらよいか、いくつやらせたらよいか」という相談があった。

 

選択肢は豊富で、ピアノ、体操、水泳、バレエなどいくつかある。

子供に希望を聞いたところ、呑気にも「全部やりたい」と言っているそうだ。

 

ただ、母親の気持ちとしては

「できる限りたくさん体験させてあげたい気持ちもあるが、本当に全部できるのか」

と、様々な不安があるらしい。

 

そういえば、最近では社会人でも、「とにかく、新しいことをたくさん始めなきゃ」という人が多い。

そういう人は、

「ブログを始めたい」

「勉強会に参加したい」

「副業を始めようとしている」

「転職を考えている」

と、いろいろなことを同時に手がけており、とにかく精力的に動いている。

 

無論、気持ちは痛いほどわかる。

 

ぼーっとしていたくない、という人。

今やっていることの陳腐化が早く、「置いていかれるのではないか」という焦燥感を持つ人。

生活になにかの変化を起こしたい人。

収入を増やしたいと考える人。

 

どの人も真剣だ。

 

だが私は、「新しいこと」をするときには、少し注意が必要だと言う立場だ。

なぜなら、ある会社の「新しい試み」の一部始終を見ていたからだ。

 

 

その会社は、70名程度の中小企業で、業績は悪くはなかったが、既存事業は頭打ち。

経営陣は危機感を感じていた。

 

だが、経営陣にもその打開策となるアイデアを持つ人はいない。

結果、社内から新規事業の立ち上げアイデアを募集し、 プレゼンテーションと社内の承認を経て、一定の予算を預け、「皆に自由にやらせてみる」というものだった。

 

その発表の後、社内は基本的には、歓迎ムードだった。

夢があるし、なによりも閉塞感を打破する何かしらのアクションがあることは、皆の気もちを明るくした。

 

そして3ヶ月後、無事に経営陣の承認を得た、3、4個ほどのプロジェクトが走り出した。

もちろん、プロジェクトのリーダーたちは社内のエースたちが揃っており、能力的にも、社内の信頼感という意味でも、不足はない。

 

だがその後。

まずは半年で一つのプロジェクトが中止となった。

理由はプロジェクトリーダーの退職だった。

「疲れてしまった」

と言い残して、彼は会社を去った。

 

そして更に数カ月後。

残りのプロジェクトも中止、または細々と片手間にやる、という状態になってしまった。

リーダーたちに聞くと、「本年度の予算達成が危ういので、新規事業どころではない」とのこと。

 

その後、もう1名のプロジェクトリーダーが、「本気でやりたい」と他社に転職。

他のリーダーも現場に専念することになる。

 

こうして、現場のエースが鳴り物入りで投入された、新規事業のプロジェクトはすべて、頓挫した。

 

 

一体、何がまずかったのだろう。

優秀な人材も予算もつけて、経営陣のバックアップもあったはずの試みが、なぜ無残にも失敗したのか。

 

ところが後日、その理由を思いがけず、ピーター・ドラッカーの著作の中に発見することができた。

それは「成果をあげたいなら集中せよ」という原則だ。

成果をあげるための秘訣を一つだけ挙げるならば、それは集中である。

成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない。集中が必要なのは仕事の本質と人の本質による。(中略)

二つはおろか、一つでさえ、よい仕事をすることは難しいという現実が集中を要求する。人には驚くほど多様な能力がある。人はよろず屋である。

だがその多様性を生産的に使うには、それらの多様な能力を一つの仕事に集中することが不可欠である。あらゆる能力を一つの成果に向けるには集中するしかない。

私ははたと膝を打った。

そうだ。

あの会社のリーダーたちは、とても優秀ではあったが、何かしらの業務を兼務していた。

 

経営陣は「うまく立ち上がったら専任にする」と言っていた。

だが、そもそもそれが無理な相談だった。

新しいことは、優秀な人材を専任で、しかも3つも4つも同時にやるのではなく、一つの事業に集中投下してやらせるべきだったのだ。

 

彼らは新しい試みをを過小評価していた。

「兼任でも行けるだろう」

「3つ、4つやれば、1つくらいは立ち上がるだろう」

と思っていた。

 

それはすべて、間違っていた。

新しいことをする、というのは、そう簡単なことではないのだ。

 

 

とはいえ、このことをはっきりと認識するのは、結構難しい。

私も同じような経験がある。

 

昔、「営業」を任せていた部下の一人に、大丈夫だろうと、「記事の執筆」も軽い気持ちでお願いした事があった。

すると、どうなったか。

時を待たずして、すぐに破綻した。

 

彼は決して能力の低い人物ではなかったが、記事を書くことはおろか、営業も満足な成果を残すことができなくなった。

 

彼は「大丈夫ですよ」と言ってくれたが、大丈夫ではなかった。

仕事の中身を見れば、新しい試みは全くできず、記事の質も低い。

そして彼も疲弊している。

 

だが、「もうムリです」と自分から上司に言える人は殆どいない。

経営者から任された仕事を途中で投げ出すのは、少なくとも評価には一つもプラスにならないからだ。

 

結局、私は「記事を書く必要はない」と彼に告げたが、私が見切りをつけ、仕事を剥がすまで彼は悩み続けた。

上の会社でリーダーが「疲れた」と言って、退職してしまったのは、必然なのだ。

 

 

人間が一度にできることは、我々が思っているよりも非常に限られる。

だから、肝心なのは、「いま、この大事な時間に、何を集中するか」だ。

 

だが、その決定は非常にこわい。

例えば、

「捨てたものが、成功するほうだったら?」

「いろいろとやっておかないと、あとで後悔するのでは?」

「もう少し調査してから決めよう」

と、「集中」を先送りする理由はいくらでも思いつく。

全てにまんべんなく手を付けて、言い訳をできるようにしておいたほうが楽だ。

 

だが、間違っている。

いくら分析しても、テストを繰り返しても、「全力投球」してみるまでわからないことはいくらでもある。

 

上述したドラッカーが、「集中とは、分析ではなく、勇気の問題だ」というのも頷ける。

大きな挑戦ではなく、片手間でも済み勇気を必要としない、容易に成功しそうなものを選んでいる時点で、すでに大きな成果を上げることはできないのである。

 

 

さて、冒頭の子供の習い事の話だ。

 

私は妻に言った。

「まずは、どれか一つだけやってみて、それに満足行く結果が出るまで、全力投球してみては。」

「一つに決めろっていうこと?」

「そう。決めることは勇気が必要だけど。」

「ふーん。今度は誰の受け売り?」

「……ドラッカー先生です……。」

「たまには自分の頭で考えれば?」

 

すみません……。

 

 

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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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