つい最近、小学校に入った子供に関して、妻から
「習い事だが、どれをやらせたらよいか、いくつやらせたらよいか」という相談があった。
選択肢は豊富で、ピアノ、体操、水泳、バレエなどいくつかある。
子供に希望を聞いたところ、呑気にも「全部やりたい」と言っているそうだ。
ただ、母親の気持ちとしては
「できる限りたくさん体験させてあげたい気持ちもあるが、本当に全部できるのか」
と、様々な不安があるらしい。
そういえば、最近では社会人でも、「とにかく、新しいことをたくさん始めなきゃ」という人が多い。
そういう人は、
「ブログを始めたい」
「勉強会に参加したい」
「副業を始めようとしている」
「転職を考えている」
と、いろいろなことを同時に手がけており、とにかく精力的に動いている。
無論、気持ちは痛いほどわかる。
ぼーっとしていたくない、という人。
今やっていることの陳腐化が早く、「置いていかれるのではないか」という焦燥感を持つ人。
生活になにかの変化を起こしたい人。
収入を増やしたいと考える人。
どの人も真剣だ。
だが私は、「新しいこと」をするときには、少し注意が必要だと言う立場だ。
なぜなら、ある会社の「新しい試み」の一部始終を見ていたからだ。
*
その会社は、70名程度の中小企業で、業績は悪くはなかったが、既存事業は頭打ち。
経営陣は危機感を感じていた。
だが、経営陣にもその打開策となるアイデアを持つ人はいない。
結果、社内から新規事業の立ち上げアイデアを募集し、 プレゼンテーションと社内の承認を経て、一定の予算を預け、「皆に自由にやらせてみる」というものだった。
その発表の後、社内は基本的には、歓迎ムードだった。
夢があるし、なによりも閉塞感を打破する何かしらのアクションがあることは、皆の気もちを明るくした。
そして3ヶ月後、無事に経営陣の承認を得た、3、4個ほどのプロジェクトが走り出した。
もちろん、プロジェクトのリーダーたちは社内のエースたちが揃っており、能力的にも、社内の信頼感という意味でも、不足はない。
だがその後。
まずは半年で一つのプロジェクトが中止となった。
理由はプロジェクトリーダーの退職だった。
「疲れてしまった」
と言い残して、彼は会社を去った。
そして更に数カ月後。
残りのプロジェクトも中止、または細々と片手間にやる、という状態になってしまった。
リーダーたちに聞くと、「本年度の予算達成が危ういので、新規事業どころではない」とのこと。
その後、もう1名のプロジェクトリーダーが、「本気でやりたい」と他社に転職。
他のリーダーも現場に専念することになる。
こうして、現場のエースが鳴り物入りで投入された、新規事業のプロジェクトはすべて、頓挫した。
*
一体、何がまずかったのだろう。
優秀な人材も予算もつけて、経営陣のバックアップもあったはずの試みが、なぜ無残にも失敗したのか。
ところが後日、その理由を思いがけず、ピーター・ドラッカーの著作の中に発見することができた。
それは「成果をあげたいなら集中せよ」という原則だ。
成果をあげるための秘訣を一つだけ挙げるならば、それは集中である。
成果をあげる人は最も重要なことから始め、しかも一度に一つのことしかしない。集中が必要なのは仕事の本質と人の本質による。(中略)
二つはおろか、一つでさえ、よい仕事をすることは難しいという現実が集中を要求する。人には驚くほど多様な能力がある。人はよろず屋である。
だがその多様性を生産的に使うには、それらの多様な能力を一つの仕事に集中することが不可欠である。あらゆる能力を一つの成果に向けるには集中するしかない。
私ははたと膝を打った。
そうだ。
あの会社のリーダーたちは、とても優秀ではあったが、何かしらの業務を兼務していた。
経営陣は「うまく立ち上がったら専任にする」と言っていた。
だが、そもそもそれが無理な相談だった。
新しいことは、優秀な人材を専任で、しかも3つも4つも同時にやるのではなく、一つの事業に集中投下してやらせるべきだったのだ。
彼らは新しい試みをを過小評価していた。
「兼任でも行けるだろう」
「3つ、4つやれば、1つくらいは立ち上がるだろう」
と思っていた。
それはすべて、間違っていた。
新しいことをする、というのは、そう簡単なことではないのだ。
*
とはいえ、このことをはっきりと認識するのは、結構難しい。
私も同じような経験がある。
昔、「営業」を任せていた部下の一人に、大丈夫だろうと、「記事の執筆」も軽い気持ちでお願いした事があった。
すると、どうなったか。
時を待たずして、すぐに破綻した。
彼は決して能力の低い人物ではなかったが、記事を書くことはおろか、営業も満足な成果を残すことができなくなった。
彼は「大丈夫ですよ」と言ってくれたが、大丈夫ではなかった。
仕事の中身を見れば、新しい試みは全くできず、記事の質も低い。
そして彼も疲弊している。
だが、「もうムリです」と自分から上司に言える人は殆どいない。
経営者から任された仕事を途中で投げ出すのは、少なくとも評価には一つもプラスにならないからだ。
結局、私は「記事を書く必要はない」と彼に告げたが、私が見切りをつけ、仕事を剥がすまで彼は悩み続けた。
上の会社でリーダーが「疲れた」と言って、退職してしまったのは、必然なのだ。
*
人間が一度にできることは、我々が思っているよりも非常に限られる。
だから、肝心なのは、「いま、この大事な時間に、何を集中するか」だ。
だが、その決定は非常にこわい。
例えば、
「捨てたものが、成功するほうだったら?」
「いろいろとやっておかないと、あとで後悔するのでは?」
「もう少し調査してから決めよう」
と、「集中」を先送りする理由はいくらでも思いつく。
全てにまんべんなく手を付けて、言い訳をできるようにしておいたほうが楽だ。
だが、間違っている。
いくら分析しても、テストを繰り返しても、「全力投球」してみるまでわからないことはいくらでもある。
上述したドラッカーが、「集中とは、分析ではなく、勇気の問題だ」というのも頷ける。
大きな挑戦ではなく、片手間でも済み勇気を必要としない、容易に成功しそうなものを選んでいる時点で、すでに大きな成果を上げることはできないのである。
*
さて、冒頭の子供の習い事の話だ。
私は妻に言った。
「まずは、どれか一つだけやってみて、それに満足行く結果が出るまで、全力投球してみては。」
「一つに決めろっていうこと?」
「そう。決めることは勇気が必要だけど。」
「ふーん。今度は誰の受け売り?」
「……ドラッカー先生です……。」
「たまには自分の頭で考えれば?」
すみません……。
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安達 裕哉(あだち・ゆうや)
ティネクト株式会社 代表取締役/ワークワンダース株式会社 代表取締役CEO
Deloitteにてコンサルティング業務に従事後、監査法人トーマツの中小企業向けコンサル部門立ち上げに参画。大阪・東京支社長を経て、2013年にティネクト株式会社を設立。
ビジネスメディア「Books&Apps」運営。2023年には生成AIコンサルティングの「ワークワンダース株式会社」も設立。
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(2025/6/2更新)
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