月一度、私はグローバル製薬企業の方々が主催する「読書会」に参加している。
メンバーは国籍も職業も多様だ。
外資系コンサルタント、web系スタートアップの人事、研修会社の経営者……、変わったところでは、コインランドリーを経営している方などもいる。
といっても、読書会自体は普通の内容で、その名前の通り、課題図書を読んで、それについてディスカッションするだけなので、特筆すべきことはない。
それよりもはるかに私にとって貴重な機会になっているのが、ディスカッションの前の「参加者の近況報告」だ。
課題図書のディスカッションの前に、おおむね1時間程度、参加者の方々の近況報告がセットされており、これが面白い。
各業界の最前線の話、メディアには出てこない生の声、各企業で働く人々の本音が聞けるので、私のような「記事を書く人間」にとっては、何よりもありがたい情報源となる。
対面営業の終焉と、営業マンの価値の暴落
最近、その中で惹きつけられた話題は、「MR(製薬会社の営業)が不要になった」という話だ。
もちろん少し前から、「MRが大量にリストラされた」といった話は一部メディアでも取り沙汰されていた。
しかし、記事で読むのと、製薬会社の、それも最前線の現役の方から聞く話は、全く異なる説得力を持つ。
製薬会社の方はこう言った。
「MRの仕事は激減した。けど」
「けど?」
「MRが訪問してもしなくても、売り上げ変わらなかったんだよね。医師の側でも「別に来なくていいよ」と思ってた人、多かったみたい。だから、ま、いずれはこうなったってことだよ。」
その話を聞いていて、私はfujiponさんが書いていた、一つの記事を思い出した。
私達のイメージする「外回りの営業マン」って、実はものすごく減っているんです。(Books&Apps)
さまざまな接待は20年前くらいから制限されるようになりましたし、医者の側からも、仕事場に押しかけてきたMRさんに、何度も同じ自社製品の宣伝をされるのは鬱陶しい、という面はあったのです。
その一方で、接待大好き、MRさんと仲良し、という人も一昔前は多かったし、今でも、大部分の大きな学会や研究会には製薬会社が協賛しています。新薬の開発においても、病院と製薬会社の協力は不可欠です。
でもまあ、日常においては、忙しいところに声をかけられ、何度も聞いたことがある宣伝をされる、というのは、かなりのストレスではあったわけで……(以下略)
fujiponさんは現役の医師だ。
そして、確かに医師の正直な告白は「仕事場に押し掛けてきたMRに、自社製品の宣伝をされるのは鬱陶しい」だった。
MRをはじめとした、「営業マン」の役割縮小は、データからもよくわかる。
特に、昨今の「対面禁止」の状況では、なおさらだ。
とはいえもちろん、対面営業を好む人はゼロにはならない。
「熱心に通ってくれる営業から買いたい」という人も少なからずいる。
しかし長期トレンドとしては、fujiponさんのように
「情報が欲しい時には、こちらから取りに行くよ」
という人や、
「余計な営業コストが製品価格に乗るようなら、安いほうがいいよ」
と考える人は増え続けるだろう。
「対面営業」は効率が悪すぎて、働く人のためにもならない
そして何より、そもそも「対面営業」は効率が悪すぎる。
少し前に野村証券が「猛烈営業」から路線変更したことからもそれがわかる。
野村「猛烈営業」転機に 店舗2割削減など発表(日本経済新聞)
野村ホールディングスは4日、構造改革策を発表した。国内の店舗を2割減らすほか、一部の海外事業を縮小もしくは撤退する。今後3年間で、2018年3月期の実績比で1400億円のコストを削減する。
これまでの「猛烈営業」に頼る路線を転換し、収益性が高く成長が見込める分野に経営資源を集中させる。遅れていたデジタル戦略も取り組みを加速させる。
実際、「対面営業」の収益性は低い上、滅私奉公、長時間労働の温床となりやすい。
まさに、「人の無駄遣い」だ。
かつて、私が在籍していた組織も、同様に対面営業にこだわっていた。
「問い合わせに対応」するだけでは営業ノルマを達成できないので1日に100件、200件とテレアポをしていく。
そのうちアポイントが取れるのは2,3件。
その2,3件の企業に何度も足を運んで、担当者と経営陣に頭を下げて、サービスを買ってもらう。
テレアポの殆どは無駄に終わるし、「もう絶対電話かけてくるな!」という会社も少なくない。
まさに私達は「鬱陶しい営業」を体現していた。
これで儲かるのかと言えば、新卒や安い労働力を使えば「やらないよりマシ」なのだ。
ただし、一度抱えてしまった彼らの人件費を賄うため、常に営業は稼働し続けなければならない。
だから「とにかく営業の尻をひっぱたく」というマネジメントになる。
結果として、よる9時、10時まで働くのはあたりまえ。終電を逃すことも珍しくなかった。
だが、そんなことを数年も続ければ、人は疲弊し、うつ病も発生する。
経営陣への不満をあらわにする人が増え、不正が行われ、離職率が高止まりするという有様。
そういう組織では、合言葉は決まって、
「営業は量をこなすことが最重要」
「成長のためには辛い仕事を頑張ってこなせ」
であり、根性論がまかり通っていた。
ピーター・ドラッカーの言う「販売不要の世界」がやってきた。
しかし現在。
「対面を避けよ」という世間的合意ができ、「訪問営業」は禁じられた。
では「営業活動」はなくなってしまったのだろうか。
もちろん、そんなことはない。
従来の「とにかく会って話をしましょう」という営業は消えたが、営業活動は「会わなくても可能」という形に変化し、残っている。
では、どのように変化したのか。
極めて単純化すると、現在の営業活動は以下のような状況である。
1.集客は「web」か「展示会」
〇webサイト、webセミナー、インターネット広告による集客が大きく増えた。
「営業マンを呼ぶ」ではなく「webで調べる」人が増えた。そのため、webコンテンツを強化する企業が増えている。
〇一方で「展示会」は今もなお有効。
訪れる人は激減したが、その分「本気の人しか来ない」ので、精度が上がっており、顧客開拓に有効。
2.1.で得たリスト(+既存客)に対して「メール」と「電話」でアプローチ
〇一般的には1.で得たリスト(+既存客)に対して、メール、または電話でアプローチする。
〇今もなお「電話」も有効。「本気のお客さん」だと、最近では会社の電話ではなく、個人の携帯電話番号を登録してくれる。
3.今すぐ受注が見込めない人たちに向けては、情報発信を続ける
〇今すぐ受注が見込めない人たちに向けては、メールマガジンを配信したり、間隔をあけて電話をしたりして、状況をうかがう。
4.zoomなどのリモート会議ツールで商談
〇2.で商談になりそうな人とは、リモート会議ツールで商談し、受注まで細かくケアを行う。
こうしてみると、「営業」が大きく変わったことがわかる。
従来の営業マンは1.の「見込み顧客を発掘する」役割も大きかった。
しかし現在は「接触は禁止」という理由で、避けられている。
結果的に、その役割は「webコンテンツ」や「webサイト」「インターネット広告」、あるいは「展示会」が担っている。
では営業はなにをやっているのか。
それは4.の「細かいケア」の部分だ。例えば
「意思決定者の説得の手伝い」
「要望に合わせた提案」、
「サービス導入後のイメージ」など。
それは販売というより、むしろコンサルティングに近い。
従来の営業マンには、大量採用の兵隊、というイメージがついて回っていたし、実際その通りだった。
新卒に外回りをさせ、受注に近くなれば、上長に同行してもらって、成約に至る、というシーンも少なくなかった。
だが現在の営業マンは、とてもではないが、ノースキルの人にできるようなシロモノではない。
豊富な商材知識、人心掌握術、起業の意思決定の仕組みの理解……。
営業は「大量採用の兵隊をばら撒く仕事」ではなく、「少数精鋭」の仕事となった。
*
かつて、ピーター・ドラッカーは、「マーケティングの理想は、販売を不要にすること」と述べた。
実のところ、販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない。
もちろんなんらかの販売は必要である。だがマーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。
もちろん現在の状況は「マーケティングの理想」とは程遠い。
しかしまさに今だからこそ、「販売からマーケティング重視へ」がリアルに意味を持つ時代になった。
それは、顧客にも、そして働く人にとっても、良い変化になりそうだ。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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◯有料noteでメディア運営・ライティングノウハウ発信中(webライターとメディア運営者の実践的教科書)
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