問題解決能力とは、目の前の問題を解決するために「物事を前に進める」力を指す。

理屈や分析をこねくり回す能力ではない。

実務を回す能力だ。

 

その「問題解決能力」が初めて問われたのは、コンサルティング会社に入社して間もなくのことだった。

 

 

新卒でコンサルティング会社に入ったとき。

新人研修が終わって、私が初めて割り当てられた仕事は、実はコンサルティングではなく、「セミナー運営」だった。

 

私は、正直なところ、とてもがっかりした。

現代社会の権力の中心である、経営者がどのような意思決定をしているのかを知りたかった。

だから、コンサルティング会社に就職した。

 

ところが現実に、私がやったのは、

 

テキストを印刷し

セミナールームを手配し

椅子を並べ

受付をやり

ドリンクを用意し

アンケートを用意し

講師を迎え

お客様をお見送りし

片づけをし

ゴミを捨てる

 

という、誠に地味な仕事ばかり。

私が期待していたような仕事は、何一つなかった。

 

そんなことが半年、一年と続くと、次第に愚痴が増える。

私は、セミナー運営を一緒にやっていた先輩に、文句ばかり言っていた。

 

 

しかし一方で、セミナー運営は、決して重要度の低い仕事ではなかった。

 

セミナーは、コンサルティング会社にとっては重要な営業活動であり、収益源なのだ。

滞りなく運営される必要がある。

 

膨大な種類のテキストを確実に用意する必要があったし、当日に「迷った」という問い合わせもある。

プロジェクターの電球切れという不測の事態もあるし、ドリンクをこぼしてしまう人の後始末もあった。

 

要するに、決してミスが許されない、という緊張感があった。

 

しかも、特に困るのが、セミナーの内容について、私のような新人にも質問してくる人だ。

私は何も内容について教わっていない。

会場でセミナー運営をしているだけの、ただの新人だ。

 

ただ、そんなことはお客様に分かるはずもない。

だからそんな時は私は、先輩を呼びに行き、「質問があるそうです」と、お客様を案内した。

 

しかしあるとき、先輩から私はこういわれた。

「あなたもコンサルタントの端くれなら、簡単な質問には自分で答えなさいよ。」と。

 

私はとっさに言い訳してしまった。

「何にも教わってないので……間違ったことを言うわけにもいきませんし……。」

 

先輩はそれに対しては何も言わなかったが、おそらく私に失望したのだろう、

「ならいいよ」

とだけ言って、去っていった。

 

 

しかしその後、私は先輩を失望させてしまったことが気になった。

 

ただ、「簡単な質問には自分で答えなさいよ」と言われても、誰も教えてはくれない。

ではどうするか。

もう、自分で何とかするしかない。

私には後がなかった。

 

だから、運営にかまけてロクに聞いていなかった、セミナーの一言一句を真面目に聞くようにした。

社内資料を自分で漁るようにした。

顧客のアンケートを読んで、内容を調べるようにした。

先輩の運営を超える満足度を出せるようにした。

 

すると、面白いことにお客さんが聞きたかった質問は、こういうことだったのか、と合点がいく。

そうして、ある程度知識がついてくると、お客さんへの対応が怖くなくなる。

単なるセミナー運営が面白くなってくる。

 

そんな感じだった。

 

そしてある時、先輩からこういわれた。

「最近頑張ってるな。」と。

 

追い込まれて目の前の問題を何とかしようとしているだけで、別に頑張っているつもりはなかったが、先輩からはそう見えたのだ。

 

 

こうして得たのは、

「仕事は、目の前に課題があれば、不本意であってもまずは愚痴らずに何でもやってみて、そこで成果をあげる行為」

という認識だ。

そしてそれを、問題解決能力と呼ぶのだ。

 

当時の私に必要なのは、コンサルタントのカッコよさげな仕事ではなく、目の前のセミナーを滞りなく運営することであり、参加者の満足を得ることだった。

 

世の中には、回り道に見えても、実際はやってみると、理想に対して近道だった、というケースがしばしばあり、それは本人の希望とは異なった形で提示されることも多い。

私にとって、セミナーの運営はまさに、それだった。

 

愚痴を言わず、手を動かして仕事を前に進めれば、周りの信頼も得られる。

仕事を通じて得られる知識も経験も、充実したものになる。

 

 

話は変わるが、先日参加した読書会で、「中村哲」という医師の著書に触れる機会があった。

 

ご存じの方も多いだろうが、中村哲は、アフガニスタンで数十年にわたり、恵まれない人々に医療を提供してきた人物であり、多くの人に深く尊敬されている方である。

残念ながら2019年に現地の武装勢力に銃撃され、死去した。

アフガンで銃撃、中村哲医師が死亡 現地で人道支援

長く医療支援や灌漑(かんがい)工事を続けてきた中村さんは10月、同国から名誉市民権を授与されたばかりだった。2008年に日本人スタッフ(当時31)が殺害される事件があったため、警備員を付けて活動していた。

 

恥ずかしながら、私は読書会で著書に触れるまでは、アフガニスタンにも中村哲にも、まったく関心がなかったのだが、この著書には深く感銘を受けた。

彼こそ、本当に「目の前の課題のためなら、なんでもやる人物」だった。

 

本業は医師だが、お金を集めることから始まり、らい病の合併症対策のために、足を傷つけないサンダル製造を事業化したり、自ら井戸を掘って灌漑を進めたりした。


(出典:ほんとうのアフガニスタン 中村哲 光文社)

病院で銃撃戦が始まりそうなときには、自ら武装勢力との交渉もしている。

 

国連制裁が発動され、欧米の団体が次々と撤退する中、あるいは、アメリカ軍が空爆を続ける中、唯一医療活動をつづけたのも彼らだた。

欧米の連中にいたっては、次々とアフガニスタンから撤退し、何か意図的ないじめとしか思えなかった。信じられないことに、カブールなどの都市部が、どこもかしこもほとんど無医地区になってしまい、私たち以外に本気で行動するものはいなかった。

まさに、偉業というほかない。

 

 

問題解決に主体的に取り組むためには、人任せにしない、言い訳しない、そして手を動かし続ける覚悟が問われる。

 

逆に口だけの「高い理想」や「崇高な理念」はそこまで重要ではない。

「逆では?理念が大事なのでは?」と思う方もいるかもしれないが、むしろそれは、私が「カッコよさげなコンサルタント」に憧れ、そして現実とのギャップに苦しんだように、仕事の邪魔にすらなる。

 

だから以下のような、中村哲の発言にも強い説得力がある。

途上国にかかわるときに、始めから立派な道徳的な気持ちを持つという必要もありませんよ。使命感なんかなくても結構です。ただの物見遊山でもいいと思います。

予備校で話す度に、「先生、いずれ駆けつけますから」と言ってくれますが、もう十五、六年になりますけれどもねえ、長期の構えで駆けつけてくれた人はいない。 だから失礼ですけれど、あなたの気持ちがいずれ変わるかもしれないと思うのですが、変わったっていいのです。

予言のように言いますけれども、絶対、十年経つと、きみはやってこない、と思いますよ。(中略)できるだけ現地でやってもらって、そしてそれでいやになったら、日本に戻ればいいし、気に入れば現地に残ってやっていくという道もあるということです。

現地に来る動機は問わない。自殺を思いとどまって、そこで何か新天地はないかと、青い鳥を求めてやってくる人、ヒューマニズムに燃えてやってくる人、山の帰りにぶらりと寄る人、さまざまですが、ともかく来てみて、気に入ったらどうぞ、ということで現地の日本人ワーカーはつづいている。 はじめから張り切って、人のために役立つと言って来て、役立てることはほとんどないのです。

最前線で働き続けてきた実務家の言葉は、寛容に見えるが、厳しくもある。

「やるかやらないか、自分のことは自分で決めなさい。」

ということだからだ。

 

問題解決能力というのは、外資系コンサルタントのイメージに代表されるような「洗練された能力」ではない。

物事をとにかく前に進めるために、手をひたすら動かす、泥臭い能力であり、「自分で決めること」を要求される能力なのだ。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

 

 

【著者プロフィール】

安達裕哉

元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。

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