私が社会人になって、最も習得に時間を要したスキルは、間違いなく「言い方」だったと思う。
といっても、尊敬語とか謙譲語といった、「マナー研修」で学ぶような、言い方のスキルではない。
そういった「表層的な言葉の使い方」は、社会人になって半年もすれば、自然と身につく。
そうではなく、私が習得に苦労したのは、端的に言うと「敵を作らない言い方」だ。
ベテランコンサルタントに苦笑いされる
私が所属していた部門では、頻繁にコンサルタント同士の「勉強会」が開かれていた。
当時の私のボスは、この勉強会を「ベテランも若手も、忌憚なく発言する場」と位置付けており、「しこりを残さない」という前提のもと、自由な発言を推奨していた。
だから、社会人になって2年目くらいだった私は
「この場では、言いたいことを言ってよいのだ」
と、その言葉を素直に受け取った。
また、その勉強会は、とある「国際規格に関する文書」を読み込んで、それについて討論する形式だった。
例えば「目的」と「目標」のちがいについて。
あるいは「方針」と「戦略」のちがいについて。
こうした題材は、新人とベテランの間の知識の格差がそれほど顕著ではなく、討論のテーマが面白かったので、私は議論に積極的に参加した。
ところが、コンサルタント同士で、意見は頻繁に食い違った。
例えば、「目標」は達成判定を可能にするため、「数値」で表される必要があるかどうか、といったテーマが出された。
具体的には、「社員の成長」という目標は、アリかナシかと言った具合だ。
これは、実務上も非常に重要な議論だった。
これに対して、あるコンサルタントは「社員の成長」という目標もアリだと言った。
成長の度合いを数値化することは不可能だし、「上司が達成した、と認めればよいのではないか」というのだ。
だが、別のコンサルタントはナシだ、という。
上司が認めればよい、では事実上、どんな目標でも許されてしまう。
それは実効性がないのではないか、というのだ。
様々な見解があろうが、私の当時の立場は、前者だった。
基本的に、人材育成というのは「数値」で測れるものではないと、私は考えていた。
だから、私は後者の主張をしていた、ベテランのコンサルタントへ言った。
「では、「社員の成長」の判断基準の具体例を挙げてもらえますか。」と。
すると、そのコンサルタントは苦笑いした。
「……、営業成績とかかな。」
私は納得できなかった。
「営業成績は、担当のお客さんの業績や景況によって変化します。あと、そもそも間接部門はどうするんですか。」
こうして私は徹底的に、先輩に反論した。
「きっついなー」
勉強会が終わって、しばらくした後、
私はそのコンサルタントが「安達さんはきっついなー」と、他の人に漏らしていたと聞いた。
正直なところ、私はそれを聞いて、「イラっと」きた。
彼はは年上で、ベテランで、なおかつ勉強会は「しこりを残さない」という前提で、言いたいことを言う場という約束だった。
きっついなー、とはなんだ、と思ったのだ。
そして、そのことを、仲の良い先輩に言った。
「あの人、おかしくないですか」と。
すると、先輩は言った。
「安達さんは正しい。」
「ですよね。」
「ただ、もっといい言い方もある。」
私は「言い方」と言われたのが気に食わなかった。
「なんですか言い方って。「言いたいことを言おう」というのは、建前ということですか。」
「まあ、そうだね。」
「……」
「人間だからね。お客さんにもたくさん、そういう人いるよ。「率直に言って」と言われて、本当に反対意見を言うと怒る人。」
私は「またか……」と思った。
確かに、そういう話を何度も聞いていたし、実際、ボスに率直に言いすぎて怒られたこともあった。
だが、若かりし頃は、「オブラートに包んだ言い方」がどうしても身につかなかった。
言い方を繕うのは、逆に不誠実な気がしたからだ。
しかし、この状態を放置はできない。
私は先輩に助けを求めた。
「……そういう時って、具体的にどういえばいいんですかね。」
先輩は言った。
「いい方法があるよ。相手の立場に立つんだよ。」
「どういうことでしょう?」
「安達さんは、「具体例を挙げてください」って、相手を責めたのだよね。」
「そうです。」
「そこで逆に「数値目標の例って、たとえば営業成績とか、資格取得とか、そういったことでしょうか?」と、案を出してあげる。」
「え、間違っていると思ってもですか?」
「そう。これね、敵を作らない言い方なんだわ。相手からすれば、「この人、助け船を出してくれた」と思う。」
「それはそうですが……。」
「必要なのは、「相手を負かす」じゃなくて、「一緒に考えましょう」なの。」
「……。」
「あと、「相手の立場になって考える」って、大事だよ。どんなに違う意見でもね、それなりにいいところあるから。」
「……なるほど……そうですね。」
彼はどのような現実を見ているか
この教えは、大きな転換点となった。
いつも実行できたわけではないが、「それは間違っている」と思っても、かならず一呼吸おいて、「相手の立場だとしたら、どういう見方があるだろうか」と考えるように努めるきっかけとなった。
なお、ピーター・ドラッカーは、この考え方を、さらに洗練された言葉で表現している。
一つの行動だけが正しく他の行動はすべて間違っているという仮定からスタートしてはならない。自分は正しく彼は間違っているという仮定からスタートしてもならない。ただし、意見の不一致の原因は必ず突き止めなければならない。
ばかな人もいれば無用の対立をあおるだけの人もいることは確かである。
だが明白でわかりきったことに反対する人は、ばかか悪者に違いないと思ってはならない。反証がないかぎり、反対する人も知的で公正であると仮定しなければならない。
したがって、明らかに間違った結論に達している人は、自分とは違う現実を見、違う問題に気づいているに違いないと考えるべきである。
もしその意見が知的で合理的であるとするならば、彼はどのような現実を見ているのかを考えなければならない。
成果をあげる人は、何よりもまず問題の理解に関心をもつ。誰が正しく誰が間違っているかなどは問題ではない。
私はこの一節を発見した時、思わず声を上げた。
「教わったことと同じだ……!」と。
「明らかに間違った結論に達している人は、自分とは違う現実を見、違う問題に気づいているに違いない」
「成果をあげる人は、何よりもまず問題の理解に関心をもつ。誰が正しく誰が間違っているかなどは問題ではない。」
この言葉は仕事において、最も有用な一言であり、「敵を作らない」ための、実践的な考え方だ。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
元Deloitteコンサルタント/現ビジネスメディアBooks&Apps管理人/オウンドメディア支援のティネクト創業者/ 能力、企業、組織、マーケティング、マネジメント、生産性、知識労働、格差について。
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