子どもの時に夢中になったもののひとつにTVゲームがあります。大人が時間の無駄だ無駄だ無駄だと1000回叫んだとしても、おもしろいものはおもしろかった。目をつぶればスーパーマリオが目の前で動き、無意味な言葉の羅列は復活の呪文と喜んだ。ゲームが子どもを夢中にさせる何かを持っていることは疑いようがない。
そんなゲームに魅せられて、ゲームってどうやってできてんだ?という素朴な疑問から学問の道を歩んでいる人がここにいます。現在東京工業大学社会理工学研究科松井研究室に通う滝田潤くんです。
特に彼が興味を持ったことは、なぜゲームって繰り返してやっていくうちにうまくなるのだろうか?
これは大変興味深い疑問です。
それは脳が学習するからだろう。と脳科学からその疑問にアプローチする人もいるだろうし。
それは夢中になってしまうからだろう。と心理学からその疑問にアプローチする人もいるだろうし。
それは生物として競争本能があるんだろう。と生物学からその疑問にアプローチする人もいるだろうし。
滝田くんは、ゲームの背景にある「ルール」にとても興味を持ったそうです。そのルールを咀嚼し、上達していく際に人間はどのように判断してその場で行動しているのだろうか。
そんなことをぼんやり考えていた高校時代、偶然東工大オープンコースウェア(以下OCW)と呼ばれる、無料で講義資料を閲覧できるサービスに「ゲーム理論」の講義ビデオがあったので見てみたら、ピンとくるものがあった。(ゲーム理論とは、人間の意思決定を数理的に分析研究する学問です。詳しくは東工大OCW「ゲーム理論入門」をご覧ください。)その学問に自分の問いかけとの結びつきを感じ、東工大に行く決意をしたそうです。
東工大では、ゲーム理論のみならず、経済学も同時に学んでいきました。興味深かったことは、すべての社会制度を設計する根底には、人間一人一人の意思決定がきちんと織り込まれているということでした。(彼はそれがゲームの設計と同じじゃないかと思った。)
さまざまな問題を数学を使って記述しコンピュータで解く「数理最適化」や、あらかじめ定められた手続きで問題を解く「アルゴリズム」への興味を持ち、それらを専門とする松井研究室を選択。卒論では、それらを活用して連結ゲームというボードゲームの研究をすることにしました。
連結ゲームとは、線を繋ぐことで対戦し合うゲームです。滝田くんが研究したのはその中でも、Bridge-itと呼ばれる特にルールが単純なもので、白点側の人は縦に、黒点側は横に線を繋げ、先に盤の両端を繋いだ人が勝ちというゲームです。
おもしろいのはこのゲームの分析は、電気回路に置き換えて行うことができる所です。オームの法則(中学校で習うV=IRのことです)などを基に、プレイヤーの一手一手がどのくらい有効な手であるかが分析できるそうです。
盤を電気回路に置き換えそれをコンピューターを用いてシミュレーションを行い分析をします。そのためのプログラムを書いてAI(人工知能)を設計しました。
さてこのゲームの必勝法はいかに?
この分析からこのゲームの根本的性質を表すある「傾向」が見出される言います。それは…
①「先手」であること ②横を連結するプレイヤーは横線、縦を連結するプレイヤーは縦線を早めに使うとよい
俗っぽく言うと「まず最初の先攻後攻じゃんけんに勝て、横から攻めるんなら基本横棒使え!」
え、それ当たり前では?
それが学部生レベルの研究のおもしろいところです。疑問や研究が素朴な分、必ずしも大きなインパクトがあるものではない「自明な結論」の論文が生み出されます。
しかし、それを無駄とは決して断言できません。自分の感じた疑問を研究テーマとし、「論文」という形で書くことに意味があります。仮説を立て、検証を行い、論理性をもった主観の全く入らない文章を書くという経験は彼の大きな財産になることでしょう。私の知る限りでは、そのような文章を書くチャンスは、日本では大学の卒論がはじめてになる場合が多いのです。さらに、論文を残したということは、人間の知の蓄積の一つであるアカデミック界の知の輪に加わることになります。
「人間の選択の好みを、数理モデルを通じて、数値で表せるところがおもしろい」。
彼はその卒論を通して数理というものにより魅せられ、さらに学びたいと思い社会理工学研究科という数理を社会現象に応用する大学院に進んだそうです。
数理とは彼曰く「 普段は目に見えないプロセスを数式で書いて、純粋な計算だけによって結論を導けるようにしたもの」。
目に見えない人の性格が「ゲームの結果」というかたちで目に見える、その新しい可能性を追求してみたい。
こうやってひとりひとりの好奇心が人間の知を推し進めています。目には見えない無形の進化の足跡、人類知。
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