こんな話を聞いた。あるお母さんの悩みだ。

彼女には2人の子供がおり、下の子はとても勉強ができる。本が好きで、何事にも熱心に取り組むタイプだ。

その一方で、上の子はそう言った優等生的行動とは無縁だ。本は読まず、怠け者で何をやっても中途半端で終わってしまう。当然成績も悪い。

 

もちろん彼女は「贔屓」をしてきたつもりはなく、二人の子供を平等に扱わなければならない、と感じている。善い行いは褒め、悪い行いは叱るべきだ、彼女はそう考えている。

 

しかし、ほめられる回数はどうしても下の子のほうが多い。当たり前だが、賞賛の対象となる行動とったり、結果を出したりしているのは、下の子なのだ。

結果として「最近は、下の子を褒めるだけで、上の子がスネてしまって、ますます上の子が「できない子」となっていく」という。

兄弟の仲は今のところ険悪ではないが「それも将来的に心配」とお母さんは言った。

 

 

 

また、こんな話もある。

ある保険の代理店は多数の営業を抱えており、そう言った業態には当然のこととして営業の成績は個人別に比較されている。

 

その経営者は月一回、トップの営業達を表彰することにしており、朝礼で彼らを褒める。社長は「結果を出している人を褒めるのは当然」と言うが、問題もある。

トップ営業の一人は「成績上位はほとんど決まっているので、みんなの前で褒められると、他の人との溝が深まるんですよね」という。

できない社員たちは「あの人は特別だから」とか「まあ、我々は才能がないから」と言って、次第に努力することを放棄し始めている。

 

経営者も最近それに気づいてはいるが、「他人が褒められるとスネてしまうなんて、まるで子供じゃないですか。悔しかったら頑張ればいいんですよ。」と、この状態を改めようとはしない。

彼は「それに、成績が悪いやつを無理やりホメても、絶対取ってつけたような感じがしますよね。本人たちもかえって侮辱された気持ちになるんじゃないんですか。」

と言う。

 

 

多くの人は自己評価を外部に依存しており「他者と比較されること」に対してとても敏感だ。

慶應大学の中室牧子氏は著書※1の中で、こんなデータを紹介している。

 

・学力の高い友達の中にいると、もともと学力の高い人は、もっと学力が上がる。

・学力の高い同級生の存在は、学力の低い生徒の自信を喪失させ、大学進学率を悪化させた。

 

※1

もちろんこれは「学校」という空間におけるデータであり、大人が会社でどう振る舞うかということに関して何ら示唆をしていない。

だが、上述した保険の代理店のようなケースは学校以外にも散見される。人は、比較が繰り返される状況では、容易く心の安定を失ってしまうのだ。

 

冒頭のお母さんや経営者は、できない人を直接責めてはいない。だがこの状況を「自分で勝手に比較して、自分でかってに落ち込んでいる。」と言い、

「他者との比較なんて意味が無い」

「気にしなければいい」

と言うのは、少々乱暴と言わざるをえない。人は本能的に「比べる」生き物であり、見えれば比べてしまう

中室牧子氏は上述した状況に対して「習熟度別」にクラス分けをすることで、できない子が出来るようになる、とのデータも示している。

自分よりできる人と一緒にいることは、必ずしも良いこととはいえない

 

 

世の中には「見えないほうがいいこと」も数多く存在している。

映画「アマデウス」※2では、モーツァルトの才能に嫉妬した一人の人物が「自壊」していく様子が克明に描かれているが、彼とて才能がないわけではなかった。

彼の不幸は「圧倒的な才能の差が存在する」ということがわかってしまったことだった。

サリエリは、若い頃は音楽への愛と敬虔な信仰心に生きており、オーストリア皇帝ヨーゼフ2世に仕える作曲家として、人々から尊敬されていた。しかし彼の前に天才作曲家ウォルフガング・アマデウス・モーツァルトが現れたことが、サリエリの人生のすべてを変えてしまう。

その類い稀なる音楽の才能は大衆から称賛され、天真爛漫かつ下品で礼儀知らずな人間性は他の作曲家から軽蔑を受ける。しかしただ一人サリエリだけは、「モーツァルトの才能が神の寵愛を受ける唯一最高のものであること」を理解してしまい、自分はモーツァルトの真価が分かる才能しかない凡庸な人間だと思い知らされる。

そしてモーツァルトへの激しい嫉妬に苛まされるサリエリの苦悩が、大きな悲劇を生んでいく。(引用:Wikipedia)

※2

 

私の友人であるコンサルタントの一人は、

「自分は有能だと思っていたけど、コンサルティング会社に入って、あまりの人の能力の差に愕然とした。ここではどうやっても出世できそうにないけど、今更引き返すこともできない。つらい。」

と言っていた。

 

 

現在はwebの発達もあり「見なくて良い物」が大量に見えるようになっている。

そんな時の解決策は「気にしない」ではなく「見ない」ことだ。

 

冒頭のお母さんは、子供二人を離して育てたほうが良いかもしれない。「兄弟間の才能の差」を一生引きずって生きる人もいる。それは気の毒としか言えない。

経営者は無意味な全員の前での表彰をやめ、個別に評価をすべきかもしれない。逆に社員の側に私がアドバイスをするとすれば「さっさと辞めて、ちがう仕事をしたほうが良い」だ。

FacebookやTwitterを見て不幸になるくらいなら、さっさとアカウントを削除して「一切見ない」ほうが、絶対に幸せになれる。

タワーマンションの上層階の住人に嫉妬するくらいなら、さっさと売却して郊外に住んだほうが遥かに良い。

 

世の中には、見ないほうがいいことが、たくさんある。それは間違いない。

 

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