わたしが旅行誌の編集者だったころ。自分のやりたいことと読者が求めていることの違いで、悩むことが多かった。

頭の中の引き出しをひっくり返してどうにか作り上げた企画も、ほとんど差し戻されてしまう始末。ちぐはぐで、どうにもまとまらない。いつもこだわりが邪魔をしてしまっていた。

 

先輩からは、毎度こんなことを言われていた。

「お前が本当に面白いと思うものを、読者にきちんと伝わるように料理しろよ。それが仕事だろ」と。

くそう。

頭では分かっているものの、まったくラフと企画書に落とし込めなかった。

 

たとえば日帰り温泉の企画。わたしは温泉ライターの経験があり思い入れが強かった。すぐ源泉や泉質、共同浴場などディープな内容を入れ込んでしまう。

だが多くの読者にとって温泉を選ぶ基準は、絶景の露天だったり安く入浴できたり観光地が近かったりと、もっとライトなもの。当然、読者の選ぶ基準も理解できる。だから作ろうと思えばいくらでも作れた。

 

しかし読者に求められていることだけを記事にしていては、飽きられてしまう。いつも同じ内容だと金太郎飴のような記事になり、読者に新しい提案はできないままだ。誰が作っても同じなら、わたしが作る必要もなくなってしまう。

 

じゃあどうすれば?

企画会議で行き詰まったわたしに、先輩はこう声をかけてくれた。

「読者の会話を想像しろ。第一声はなんだ。『今度泊まるところとココ近いから、寄ってみてもいいね』なのか、『こんな温泉初めて見た、今度休みあわせて一緒に行こうよ』なのか、『へえー知らなかった、今度はこの情報をもとに旅先を決めたいね』なのか。お前の記事で読者はどう感じて、どう動くんだよ」

 

自分のやりたいことと読者に求められていることを、どちらかに絞る必要はまったくない。読者は記事にどんな感想を持ってくれるのか。それを想像して作れば自ずと見えてくるという。

つまるところ、記事の使われ方を統一すればいいのだと、先輩は教えてくれた。

たとえば先の例なら、「夏の旅行とあわせて寄ってもらいたい日帰り温泉」と決めてしまう。観光地のすぐ近くてワンコインで入れる場所も、観光地から車でプラス20分掛かるが泉質のいい場所も紹介できる。

あとは読者の選ぶ基準にお任せだ。前者を選ぶのが10人中8人いて、後者に2人いてくれたら、こだわりを入れた甲斐はあるだろう。

「今度泊まるところとココ近いから、寄ってみてもいいね」

 

 

読者の会話は、本質的なニーズから始まる。

おそらく、「安く入れる日帰り温泉探してたんだよね」や「泉質のいい日帰り温泉やっと見つけたわ」などという、具体的なものではないはずだ。これはまったく簡単な話であるものの、わりと忘れてしまいがちな話だと思う。

 

メディア専属の編集者になると、「ファンである読者に喜んでもらえるか」が記事づくりにおいて、一番重要になってくる。いろんな数字と感想を毎日見る専属編集者だからこそ、どうすれば読者の共感と新しい発見が提供できるかと、頭をかかえてしまう。

そうすると大抵いつも、読者の要望に逃げてしまいがちだ。「こういう記事はウケるから作ろう」と。

 

でも本当にそうだろうか。ウケるだけではきっと会話が生まれない気がする。

いまは違う仕事になってしまったが、行き詰まったときはいつも思い出す。

「読者の会話を想像しろ」。

いや、むしろどんな会話をしてほしいかってことなんだろう。

 

 

【お知らせ】
ティネクト(Books&Apps運営会社)提供オンラインラジオ第6回目のお知らせ。


<本音オンラインラジオ MASSYS’S BAR>

第6回 地方創生×事業再生

再生現場のリアルから見えた、“経営企画”の本質とは

【日時】 2025年7月30日(水曜日)19:00–21:00
【ご視聴方法】
ティネクト本音オンラインラジオ会員登録ページよりご登録ください。ご登録後に視聴リンクをお送りいたします。
当日はzoomによる動画視聴もしくは音声のみでも楽しめる内容となっております。

【今回のトーク概要】
  • 0. オープニング(5分)
    自己紹介とテーマ提示:「地方創生 × 事業再生」=「実行できる経営企画」
  • 1. 事業再生の現場から(20分)
    保育事業再生のリアル/行政交渉/人材難/資金繰り/制度整備の具体例
  • 2. 地方創生と事業再生(10分)
    再生支援は地方創生の基礎。経営の“仕組み”の欠如が疲弊を生む
  • 3. 一般論としての「経営企画」とは(5分)
    経営戦略・KPI設計・IRなど中小企業とのギャップを解説
  • 4. 中小企業における経営企画の翻訳(10分)
    「当たり前を実行可能な形に翻訳する」方法論
  • 5. 経営企画の三原則(5分)
    数字を見える化/仕組みで回す/翻訳して実行する
  • 6. まとめ(5分)
    経営企画は中小企業の“未来をつくる技術”

【ゲスト】
鍵政 達也(かぎまさ たつや)氏
ExePro Partner代表 経営コンサルタント
兵庫県神戸市出身。慶應義塾大学経済学部卒業。3児の父。
高校三年生まで「理系」として過ごすも、自身の理系としての将来に魅力を感じなくなり、好きだった数学で受験が可能な経済学部に進学。大学生活では飲食業のアルバイトで「商売」の面白さに気付き調理師免許を取得するまでのめり込む。
卒業後、株式会社船井総合研究所にて中小企業の経営コンサルティング業務(メインクライアントは飲食業、保育サービス業など)に従事。日本全国への出張や上海子会社でのプロジェクトマネジメントなど1年で休みが数日という日々を過ごす。
株式会社日本総合研究所(三井住友FG)に転職し、スタートアップ支援、新規事業開発支援、業務改革支援、ビジネスデューデリジェンスなどの中堅~大企業向けコンサルティング業務に従事。
その後、事業承継・再生案件において保育所運営会社の代表取締役に就任し、事業再生を行う。賞与未払いの倒産寸前の状況から4年で売上2倍・黒字化を達成。
現在は、再建企業の取締役として経営企画業務を担当する傍ら、経営コンサルタント×経営者の経験を活かして、経営の「見える化」と「やるべきごとの言語化」と実行の伴走支援を行うコンサルタントとして活動している。

【パーソナリティ】
倉増 京平(くらまし きょうへい)
ティネクト株式会社 取締役 / 株式会社ライフ&ワーク 代表取締役 / 一般社団法人インディペンデント・プロデューサーズ・ギルド 代表理事
顧客企業のデジタル領域におけるマーケティングサポートを長く手掛ける。新たなビジネスモデルの創出と事業展開に注力し、コンテンツマーケティングの分野で深い知見と経験を積む。
コロナ以降、地方企業のマーケティング支援を数多く手掛け、デジタル・トランスフォーメーションを促進する役割を果たす。2023年以降、生成AIをマーケティングの現場で実践的に活用する機会を増やし、AIとマーケティングの融合による新たな価値創造に挑戦している。
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(2025/7/14更新)

 

著者:ながち

とあるWEBニュースの編集者。

過去に全国をめぐる温泉ライター、受注型オウンドメディア運営、旅行情報誌の編集など。

ウイスキーと温泉と大河ドラマをこよなく愛する、23歳の既婚者。

Twitter :  https://twitter.com/1001log