Tさんは、都内の有名国立大を卒業し、大手企業に新卒で入社した。

もともと明晰であったため、研修期間中にすでに頭角をあらわし注目されたため、同期からは「出世頭となるだろう」と目されていた。

 

ところが、配属は彼の希望通りとはならなかった。

 

人事は彼の希望を考慮はしたが、全体のことを考え「今、彼の能力を一番必要としている部署」に配置をしたからだった。

彼は憤慨したが決定は覆らず、彼のキャリアのスタートは不本意なものとなった。

 

そして研修期間は終了し、Tさんはあるチームに配属された。

 

チームのリーダーは、中途採用された人物であったが、大きな期待をかけられていた。

前職で大きな成果を出していたと思われていたからだ。

だが実際は、控えめに言っても平凡な人物、悪く言えばリーダーシップに欠ける人物だった。実のところ前職での成果は、単に運が良かっただけ、であった。

 

配属されてきた彼は、その明晰さですぐにリーダーの無能を見抜いた。

間違いを指摘されるとすぐに感情的になり、誤りを正そうとしない。また、部下をきちんと指導できず、そのくせに目標だけは高く設定する。

Tさんの最も嫌いなタイプの人物であったのだ。

 

チームの中はそのような事情もあり、リーダーに反抗的な人たちと、リーダーに従順な人たちの二つに割れていた。

 

そして、リーダーに反抗的な人たちは、事あるごとにリーダーを攻撃した。

「1週間前の指示は、これでしたよね、メールでもそう書いてありました。コロコロ言うことを変えるのはやめてもらえませんか」

「上からの指示がちゃんと通知されていないですよね」

「部長にちゃんと話を通してくれるって言ったじゃないですか」

 

しかし、リーダーに従順な人たちは彼の無能を知りつつも、「ここは会社だから」と、上司に従ったふりをしていた。むしろ、リーダーを攻撃する人々の悪口をリーダーに吹き込み、彼らの評価を落とさせた。

「彼らに一番足りないのは、素直さですよ」

「リーダーはよく、あんな人達に頑張って耐えてますね」

「会社の理念と合わないんじゃないですか?」

 

当然、チームがこのような状況では成果はあがらない。

その上にいる部長はそのチームリーダーに事情を聞いた。

リーダーは「反抗的な人たちがいる」ことを部長に訴えた。

 

部長は良くも悪くも、「組織の和」を重んじる人物だったため、上に反抗的な彼らに対して悪い印象を持った。

リーダーの訴えは聞き届けられ、1年たって、「リーダーへの反対勢力」は低い評価をつけられ、他の部署へ飛ばされた。

 

Tさんは更に不本意な部署への配属となった。

当然、仕事は面白くない。必然的に上司や会社への文句は増える。いつの間にか、上司からの評価は「頭は悪くないが、上司に反抗的。」が定着してしまった。

もちろん、こう言う人物を欲しがるチームはない。Tさんは3年ほど在籍したが、出世競争からは完全に取り残されてしまった。

花形部署からは遠ざかり、出世の見込みもない。彼は社内では「負け組」であった。

 

ここでTさんは「この古い体質の会社はダメだ」と、転職を決意する。

学歴の見栄えがよく、在籍している会社のブランド力も高い彼は、すぐに転職先が見つかった。

 

そして、3年目にTさんは外資系の大手企業に転職する。

Tさんは「外資系であれば、古い慣習に囚われたり、無能な上司の下につくことは無いだろう。実力社会ならうまく働ける」と思ったのだ。

 

ところがTさんの思惑は外れる。

たしかに上司は有能であったのだが、周りの人間も非常に優秀であった。

Tさんは前職の3年間、殆ど実力がつかなかったため、外資系で3年間揉まれてきた猛者たちの中では、全く目立たない存在となってしまっていた。

彼は焦って成果を出そうとするが、独断専行してしまい、クレームをもらうなど、うまくいかない。

 

Tさんはそんな中、会社に強い不満を持った。

なにせ、会社は積極的にサポートをしてくれないのだ。

 

思い起こせば、前の会社ではリーダーは無能ではあったが、成果の出ていない人物に対しては手厚いサポートをするように会社から支持が出ていた。

「教えてくれないから、クレームが出てしまうのだ」

「サポートがないから、仕事がうまくいかないのだ」

Tさんはそんな不満を抱え込むようになった。

 

上司はそんなTさんに「精緻に管理せよ」「成果を出せ」「言われなくてもできるよな」と詰め寄る。

残念ながら、この上司は人間的には非常に冷たい人物だったため、Tさんは徐々に心を病んできてしまい、遅刻や無断欠勤が目立つようになってくる。

Tさんはついに、この会社でも2年と少し勤めた後に退職することになった。

人事から「退職金を割増するので、他にあっている職を探したほうが良いのでは」と言われたからだ。事実上の退職勧奨であった。

 

Tさんはちょうどその頃、知人から他社への誘いを受けていたこともあり、それを承諾した。

 

Tさんの3社目の会社は、その知人が紹介してくれたスタートアップだった。

知人はTさんの明晰さと、ブランド企業に勤めていたことを知っており、Tさんをかなり買っていた。

 

実際、Tさんはその会社で久々にのびのびとした仕事のやり方を味わい、初めて成果を残すこともできた。

「やっぱり大手よりスタートアップだな」

と、Tさんは事あるたびに友人に言うのだった。

 

ところが1年ほど経つと、徐々に創業社長との関係が悪化してきた。

 

Tさんは成果を残してはいるが、社長への文句が多かったからだ。

「給料が悪い」に始まり、

「最近社長は天狗になっている」

「誰のお陰で会社の業績が伸びていると思っているんだ」

「オレがいなかったら、会社は回らない」

と言った発言をしていることが、他の人からちらほら社長に報告された。

 

社長もこれを放置するわけには行かなかった。

再三再四、社長はTさんに、「会社や上の悪いところを吹聴して回るのはやめてくれ」と要請をしたが、Tさんの悪癖は治らなかった。

Tさんは、「それは事実だろう、事実を言って何が悪い。改めるのは上の方だ」と言って、引き下がらなかった。

 

ついに創業社長は、Tさんに言った。

「君には、この会社は合わないと思う。周りの人が迷惑している。出ていってほしい。」

 

Tさんはその後、フリーランスとなった。声をかけてくれる会社もちらほらあるのだが、最後には皆、Tさんにうんざりしてしまう。

 

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明晰さは必ずしも輝かしい未来を保証しない。

Tさんのように、しばしば人の悪いところばかりが目についてしまうのである。

 

そのスタートアップの創業社長は、

「Tさんが早く「人の良いところ」にばかり目が行くようになってくれることを願ってます」と最後に言ったそうだ。

 

 

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