緊急事態宣言が続いています。

一個人としてはとにかく感染防止に努力しながら、一刻も早い事態収拾を祈るほかありません。

 

見聞きしている限りでは、コロナ禍は感染症そのものだけでなく、生活習慣の変化とそれに伴うさまざまなトラブルも厄介で、メンタルヘルスが悪化してしまう人・精神疾患がぶり返してしまう人をたくさん見かけました。

私の知人にも悪影響が出てしまっている人がいて、日常の生活習慣が壊されると人間って大変なんだな……と感じ入りました。

 

たとえばバスと電車で長距離通勤していたA氏は、去年、在宅リモートワークに切り替わりました。

A氏は偉丈夫と言っても差し支えない、クマのような体格の持ち主だったのですが、しばらくぶりに会った時、彼の姿に私はびっくりしてしまいました。

 

「なあさ、おまえ、体重増えなかった?」

「うん、まあ、15㎏ぐらい」

 

「運動とかしてなかったのか?」

「コロナが来てから、家にいることが増えてね……」

 

この日のA氏はでっぷりとした感じで、クマはクマでもさながら冬眠前のクマでした。

聴けば、バスと電車で通勤しているといっても実際には結構歩いていたそうで、それがなくなって運動量が減ったのだそうです。

職場と違って人目を気にしないため、間食が増えてしまったのも良くなかったとのことでした。

 

一方B氏の場合、リモートワークをいいことに、昼間から酒を飲むようになってしまいました。

私は去年、自分のブログで「在宅勤務でも昼間から酒を飲むのはやめたほうがいい」と書いたことがありました。

在宅勤務でも昼間から酒を飲むのはやめたほうがいい

一般に、勤め人は職場にシラフで出勤しなければならないから、出勤という習慣があれば昼間からアルコール漬けになるリスクは低くなる。

アルコールの誘惑にちょっと弱い人でも、職場に真面目に通ってさえいれば無事平穏に社会人としてやっていけることは案外ある。

ところが在宅勤務はそうではない。上司や顧客からアルコール臭いと指摘される心配が無いから、飲もうと思えば飲めてしまう。

顔出ししなくて良いタイプのリモートワークなら、赤ら顔になっていても誰も咎めないだろう。

とはいえ、B氏はそんなこと知るわけもなく。

「あんまりこういうことは言いたくないんだけど……」と前置きしたうえで、私は昼間から酒を飲むのは控えて欲しいとお願いしました。

 

経験上、知人に医者っぽいことを言うと友誼を損ねてしまうおそれがあるのでなるべく言わないようにしていたのですが、このときは口を出してしまいました。

でもB氏があのまま昼間に酒を飲み続けたら、酒に呑まれて大変なことになっていたかもしれません。

 

通勤や登校はセルフマネジメントの苦手な人の”松葉杖”だった

2020年になるまで、通勤や通学は社会人や学生にとって不可欠な日課でした。

くたびれるし時間もかかるし、通勤や通学にうんざりしていた人もいたことでしょう。

 

ではコロナ禍が到来して通勤や通学がなくなった時、みんなが喜び、みんながハッピーになれたかといったら……そうではありませんでした。

 

出勤しなくて良かった・束縛時間が少なくなったと喜び、「新しい生活様式」に順調に慣れていった人がいる一方で、はじめは喜んでいたけれども次第に精彩を欠いていった人、仕事がやりづらくなった人もいます。

さきに挙げたA氏やB氏のように、生活習慣の変化に対応しきれなかった人もいました。

 

こうした影響は、精神科・心療内科の領域ではもっとハッキリとしたかたちで観測されました。

感染予防対策のためにデイケアや就労支援施設などに通えなくなってしまった結果、生活リズムが乱れてしまい、精神疾患も悪化してしまう患者さんが結構いたのです。

高齢の患者さんで、デイサービス等に通えなくなった結果として身体機能や認知機能の低下に拍車がかかった人も見受けられました。

 

デイケアやデイサービスの役割というと、世間の人はいわゆるリハビリや社会訓練を連想するかもしれません。

が、実は、リハビリや社会訓練は役割の一部でしかなく、「通ってもらうことをとおして生活を整え、ひいてはメンタルヘルスを整える」というのも重要な役割のひとつです。

 

いまどきは、やれセルフマネジメントだ、やれセルフコントロールだと言われ、個人の自律性を重視する風潮が流行っています。

業務も勤務先も変わりがちな現代の勤め人に、そうした自律性と、自律性に伴うフレキシビリティが期待されるのは理解できることではあります。

 

その一方で、人間には習慣によって生きている・生かされている部分もあります。

おれたちは惰性によって生かされている」、と言い換えても良いかもしれません。

 

毎日決まった時間にどこかに通って、決められた仕事をして、決まった時間に帰るという生活は、ある種の人々にとっては最悪でも、別種の人々にとっては最高です。

特にセルフマネジメントが苦手で、へたに自由を与えられてしまうと速やかに堕落してしまう人々にとって、外から生活習慣を与えてくれる学校や職場はとても貴重です。

 

朝、決まった時間に起きて勤め先に向かう──それを毎日繰り返せばその人の生活リズムは安定します。

夜遅くまでのはしご酒を断る際の定型句だった「明日、仕事だから」が成立したのも、朝の決まった時間に起きなければならない、勤め人特有の生活リズムがあればこそのものです。

 

職場に行くには容姿を整える必要もあります──職場に行くために洗顔し、ひげをそる。女性はたいてい化粧が必要でしょうし、最近は男性が化粧をする向きもあるようですね。

それらは生活上の手間といえば手間ですし、省けるほうが上手に暮らせる人だっているでしょう。

しかし、そういう体裁を整えることでようやく背筋が伸びる人、社会で適応していくぞという姿勢が取れる人もいます。

 

言葉遣いに気を付ける、という部分もあります──職場では言葉遣いに気を付けます。それがストレスだという人もいるでしょう。

ただ、ストレスになる程度には職場では言葉を選ぶ必要があり、それは私たちの思考に向-社会的な影響を与え続けています。

挨拶や身振りだってそうでしょう。

言葉遣いや挨拶や身振りには、他人の心証を保つ機能だけでなく、自分自身を律する機能もあるのではないでしょうか。

 

習慣や惰性で強くなれる人を生かさないのはもったいない

オンラインでもオフラインでも、私の耳には通勤ラッシュから解放された会社員の喜びの声や、大学キャンパスに入ること自体がストレスだった学生さんの安堵の声が聞こえてきます。

そういう人たちには生活習慣の力など不要で、リモートワークの時代は彼らに微笑んでいると言えそうです。

 

しかしここまで書いてきたように、リモートワークの時代によって身を持ち崩しそうになっている人、活躍しにくくなっている人もいます。

そうした人たちにとって、職場や学校はタスクをこなすための場所であると同時に、生活習慣を形作り、生産性や効率性を担保するための社会装置としても機能してきました。

 

まあ、時代が変われば人間に要求される能力も変わってしまうのは世の常で、いまどきの「新しい生活様式」もその典型だと言ってしまえばそれまででしょう。

ですが卑見では、習慣や惰性の助けを借りずに自律的に生活できる人は、意外に少ないように思います。

あるいはそういう自律性に優れた人の多くは「新しい生活様式」以前からフリーランスなどとして活躍しているか、働き方を本人任せにしてもらえるちょっと特殊なポジションを占有しているか、どちらかだったりするのではないでしょうか。

 

リモートワークやオンライン授業が当たり前になるほど、自律的に生産性や効率性を叩き出せる人材が日の目をみるようになるのは想像しやすいことです。

だからといって、職場や学校に通うことで安定し、習慣や惰性に支えられることで一番効率的にアウトプットができる人を旧世紀の遺物のように扱うのは、本人にも社会にも、職場や学校にももったいないことではないかと思います。

メンタルヘルス上も、習慣や惰性が果たしている役割は思い出されてしかるべきでしょう。

 

未来のワークスタイルのあるべき姿にはさまざまな議論があるかと思いますが、もし「新しい生活様式」が本当にニューノーマルになってくのだとしたら、習慣や惰性のもとで一番効率的にアウトプットができる人を生かすための仕組みや、習慣や惰性を是非とも必要としている人への救済策が必要だと思います。

もし、職場や学校が習慣や惰性を与えてくれないのだとしたら、誰が代わりに与えてくれるのでしょう?

 

案外そういうところに、未来の需要があるのではないでしょうか。

あまりにも自由過ぎて、あまりにも自律性を求められるワークスタイルは、それはそれで簡単ではありませんからね。

 

 

 

 

 

【プロフィール】

著者:熊代亨

精神科専門医。「診察室の内側の風景」とインターネットやオフ会で出会う「診察室の外側の風景」の整合性にこだわりながら、現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信中。

通称“シロクマ先生”。近著は『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(花伝社)『「若作りうつ」社会』(講談社)『認められたい』(ヴィレッジブックス)『「若者」をやめて、「大人」を始める 「成熟困難時代」をどう生きるか?』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』(イースト・プレス)など。

twitter:@twit_shirokuma

ブログ:『シロクマの屑籠』

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