ある会社があった。創業して既に30数年、創業社長は裸一貫からこの会社を築き、業界では名前を広く知られる人物である。
ところが社長から、「非常に困っている」との相談があり、お話をうかがうことになった。
開口一番、社長が口にしたのは、「跡継ぎで悩んでいる」という一言だった。
詳しくお話を聞く。
非常にわかりやすい話だった。要は、「息子を2代目社長の候補として入社させたのだが、息子のできが悪い。」という話だ。
更に詳しく話を聞く。
息子さんはある有名大学を卒業後、金融機関に就職した。金融機関での仕事はそれなりに厳しかったらしく、息子さんも苦労して働いていたとのことだ。
父としては「跡取りになってほしい」とは息子には告げなかったが、10年ほど経った時、その息子さんは「父の会社に入りたい」と父親に告げたそうだ。
父親としては息子さんが自分の会社で活躍し、跡取りになってくれることが嬉しくない、といえば嘘になる。内心は嬉しかったが、「跡取りにするかどうかは、実力を見て決める」と息子さんに告げ、息子さんもそれに同意した。
ところが、残念ながら息子さんは父親の期待に十分応えることが出来なかった。
最も社長が悩んでいたのは、息子さんが社員たちを下に見ていることだった。「うちの社員は出来が悪い」と、不満を漏らすこともしばしば。
社長は、「このままでは社員たちの信頼を失う」と危機感をいだき、息子さんに「そういうことは言うべきでない」と注意するも、息子さんは「父はわかっていない。」というばかり。
とはいえ、「本当に実力がある2代目」であれば、尊敬されることもある。しかし、残念ながら仕事で目立った業績をあげることも出来ておらず、付き合いの長い取引先の社長から「ハッキリ言うが、お前んとこの息子に跡取させたら、会社潰れるぞ」とまで言われたという。
社内においては「2代目が入社した」ともなれば、ほぼ確実に「次期社長」とみなされる。その2代目がこれでは…と社員たちの中でも心配するものも多く、ときには社長に直訴するものもいるそうだ。
社長は悩んでいた。
「社員で、仕事のできる人はいないのですか?そういう人に継がせることは出来ないのですか?」と聞くと、「いることはいる。しかし…」
「しかし?」
「会社の株は、いずれ相続によって息子に行く。だから、社員から社長になった人間は、「雇われ社長」となってしまう。それでは経営がやりづらいだろう。かといって、株を全部買い取ってもらうとなると、数億円もの借金を一般社員にせおってもらい、株を買ってもらうことになる。そんなことができる社員はいないだろう。」
「息子さんが仕事ができるようになり、後を継いでもらうのが一番いい、とかんがえるわけですね?」
「それが出来ないから、悩んでいるんだよ。」
難しい問題である。
非情なようだが、おそらく正解は、ピーター・ドラッカーの言うとおり、「息子を会社から出す」という選択になるだろう。
できの悪いものは働かせるな
第一の原則として、一族外のものと比べて、同等の能力を持ち、少なくとも同等以上に働くものでないかぎり、同族企業で働かせてはならない。できの悪い甥を働きにこさせて給料を払うくらいならば、働きに来ないように金をやったほうが安くつく。
同族企業では、一族の人間は、肩書や仕事がなんであれ、事実上トップマネジメントの一員である。土曜日の夜には、トップと夕食のテーブルを囲み、「お父さん」あるいは「おじさん」と呼ぶ。
その中の凡庸な者、さらには怠惰な者に働くことを許すならば、一族に属さない者に不満が鬱積するのは当然である。そのような者の存在は、彼らに対する侮辱となる。トップマネジメントや組織に対する敬意は急速に蝕まれる。有能なものは辞めていき、残るものはへつらい、おべっかを使うようになる。
(チェンジ・リーダーの条件 ダイヤモンド社)
私は、「これからどうするのですか?」と聞いた。
社長は震える声で、「私は従業員に対して、会社を存続する責任を負っている。息子のために会社をやっているわけではない。」と言った。
社長は泣いていた。
「責任は、私が取る。」
関係者に聞くところによると、息子さんは非常に親孝行で、思いやりもあり、友人も多いという。だが、仕事ができるかどうか、責任を果たせるかどうかは、別の話なのだ。
後日、その社長は息子に株を除く僅かな遺産をのこし、株は同業者に売却した。売却益の殆どは寄付にあてた。従業員の職は守られ、会社は売却先から送り込まれた経営者の手腕によって安定した。
後に、息子さんはこう言ったという。
「会社を放り出されて、初めて父の言っていることがわかった。私も裸一貫から、挑戦したいと思う。」
時には、厳しさが人を変えるのだ。
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