中学高校時代の先輩だった方が、Facebookに面白い投稿をしていた。一部を抜粋する。

賃金と謝礼はどう違うか。
あるいは市場主義の特性はなにか。

賃金、売買は等価交換であり、現場清算である。
なんらかのモノや行為に対し、それと同等の価値を持つお金を払うことでそれを手にいれる。
お金を払う人が誰かは無関係に、売る側と買う側が今までどんなつきあいでこれからどんな接し方をするかも問われない。
コンビニで買い物をしてお金を払えば子供だろうが大人だろうが店員は「ありがとうございました」と同じようにものを売ってくれるし言ってくれる。
純粋な市場主義には顔がない。
売買が成立すればそれで関係は一回清算され、貸し借りなしうらみっこなし、しがらみも絆も断ち切ることができる。

それに対し、謝礼やプレゼント、贈り物としてのお金は真逆だ。
謝礼やプレゼント、贈り物はむしろしがらみや絆を強化するために使われる。
贈り物やプレゼントは古来より互いの関係性を強化するために行われてきた(マルセル・モース『贈与論』ちくま学芸文庫)。
互いに信頼しあい、これからもおつきあいをしたいときに謝礼や贈り物としてのお金がやりとりされる。
同じお金の行き来でも、売買行為とプレゼント行為ではベクトルが逆なのだ。

https://www.facebook.com/hirokatsu.takahashi.3

「賃金」を「謝礼」として扱うと、「安すぎる」であったり、「プロに支払うべき対価に見合っていない」という反発を招く一方で、「謝礼」を「賃金」として扱うと、「俺は金のために動いているわけではない」あるいは、「金で買えないものがある」という反発を受けることもある。

大変面白い話だと思う。

この話を見て、少し前の話なのだが、ある経営者の話を思い出し、合点がいった。

私はある経営者の賃金に関する相談にのっていた。その場には社長と、もう2名、役員である営業部長と、生産部門の長である工場長がいた。社長は、今年のボーナスについて、どの程度の水準とすべきかをその2名と話し合っていた。

社長は2名に聞いた。「今年のボーナスは、どの程度にすべきだろう?意見を聞かせてくれ。」

営業部長 「去年よりも業績が良くなってますから、大きく増加させるべきかと。」

工場長 「もちろん、去年に比べて少しはあげるべきだと思いますが、少額でいいと思います。」

2人の意見は正反対であった。社長は2名に理由を聞いた。

営業部長 「そりゃ、お金をたくさん貰えば、それだけやる気も出ます。皆の士気を高めるためにも、大きく上げるべきです。」

工場長 「お金で人が動くなんて、間違いです。ボーナスをたくさんもらったら、今度は皆「たくさんもらって当たり前だ」と考えます。業績が良いのは喜ばしいですが、ボーナスの額によってやる気が大きく変わることはありません。お疲れ様、という意味合いでわずかに上げるくらいで丁度いいでしょう。」

社長は意見が割れたことで非常に悩んでいた。話は平行線をたどり、決着はつきそうになく、最終的に決定は社長に委ねられることになった。

社長は、私に聞く。「安達さんはどう思いますか?」

私は、正直に言うとどうすべきかよくわからなかった。「今まで業績が良かった時、どうなさっていたのですか?」

社長は言う。「昔、業績が良かった時に2、3度大盤振る舞いしたことがありました。ですが…」

「ですが?」

「残念ながら、好景気はいつまでも続きません。ボーナスが元に戻った時、皆の士気が大きく下がったのは確かです。工場長はそれを気にしているのでしょう。たしかかに、私のところへ「アテにしていたのに」という声も届きました。」

「なるほど。」

「しかし、営業部長のいうことももっともです。会社が利益を貯めこんでいて、従業員に還元しない、と思われるのもよくないでしょうから。」

「たしかにそうですね…。」

そして、その場では結論が出ず、結論は持ち越しとなった。

数週間後、私はその社長のもとに再び訪問した。

私は、社長にお聞きした。「社長、ボーナスのお話についてですが…。」

すると社長は答えた。「決めましたよ。どうするか。」

「お聞かせいただけますか?」

「はい、ボーナスの額は、少し上げることにしました。ただ、「大盤振る舞い」はしません。」

「では、工場長のご意見を採用するということでしょうか。」

「いや、そうではありません。そのままでは従業員への還元が少ない、と不審に思われます。」

「…?」

「ですから、従業員一人ひとりと、そのご家族にに手紙を書くことにしました。今季業績が良かったのはもちろん、従業員一人ひとりのお陰です。でも、お金を渡すだけではその感謝の気持を表しきれません。ですから、手紙を渡し、率直に今の会社の状況の話をし、来季も協力して仕事に当たれるように求めるつもりです。」

「そうですか…。でも、一人ひとりに手紙を書くのは、ずいぶんと大変そうですが。」

「そんなことはないですよ。今季の皆の働きぶりを考えれば、ちっとも大変とは思えません。」

その後、再びその会社を訪問した時、営業部長も工場長も、そして社長も「あれでよかった」と仰っていた。私は、「従業員は、お金よりも手紙が嬉しかったのだろうか」と、不思議に思ったものである。

営業部長に「手紙が喜んでもらえたのでしょうか?」と聞くと、彼は、「そうですね…。お金より感謝が欲しかった、ということなんでしょう。結局うちには金で動く奴なんて、いなかった、ということなんですかね」と言った。

不思議である。この会社の給与水準は決して高くはない。それにもかかわらず、従業員は社長からの感謝を喜んだのである。

しかし、あの当時の私も、冒頭の話を聞けば納得するだろう。

たとえ従業員であったとしても、「賃金」だけで動くわけではない。「賃金」は最低限必要なものだが、「金で動く」という人はむしろ少ないのだ。あの時たしかに社長は、「謝礼」を従業員に渡し、そして従業員もそれに感じ入った。

「賃金」は、関係を精算し、「謝礼」は関係を強化する。社長はそれをどこかで学んだのだろうか。

いや、ある程度大人になれば、「そんなことは知っていて当たり前」なのかもしれない。

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