「お前のために言っているんだ」と言う言葉を何回聞いただろうか。様々な会社に訪問する中で、結構な数の上司がこの言葉を部下に向けていたと思う。
期末の評価の時期、成果が出ない時、失敗をしてしまった時、指導者はこの言葉とともに、「人を傷つける言葉」を言うのである。
断っておくが、そういった上司や指導者は、少なからず「本気でその人のことを思っている」のであって、決して冷たい人間ではない。本気で部下の行く末を心配し、指導してあげようとしていることは間違いない。
そういう意味で、「お前のために言っているんだ」と言う人の考え方や思想についてとやかく申し上げることはなにもない。おそらく、私などよりもはるかに人格者だろう。
だが、それにもかかわらず、「お前のために言っているんだ」と言う言葉を使う必要はない。
なぜならば、この文言は一種の「自分に対しての免罪符」だからである。「私はこの人を傷つけて良い」という免罪符だ。
どういうことか。思想家の内田樹は、このように述べている。
「お前のためを思って、言ってるんだ」
というのは人を深く傷つけることばを告げるときの常套句ですが、このことばを口にしている人は「私はこの人を傷つけるために、あえて傷つくようなことを言う」という「真実」を決して認めません。
ご本人は「お前のためを思って」という(端から聞くと恥ずかしいくらいに「嘘くさい」)フレーズを心から信じているんです。
「自分がいったん口にしたことば」だから。
(中略)
こういうことばをいったん口にしてしまった人はもう「自分の悪意が他人を傷つける」可能性の吟味には時間を使わなくなります。
怖いものです。(内田樹の研究室)
要は、「お前のために言っているんだ」と言う言葉を使うことによって、その人が
「自分が本当に相手のために言っているのか」
それとも、
「実は、自分が相手に対し悪意があって言っているのか」
について、自己批判をしなくなることが問題であるということだ。
ある会社の営業部長は、成果が上がらなかった部下に対して、「いいか、お前のために言っているんだ、こんなんじゃどこでも通用しない。お前のような社会人を雇う会社はうちより他にない。感謝して働け。バカヤロウが。」と言った。
ある会社の研究主任は、その部下の技術職に対し、「お前のために言っているんだ、こんなことでミスするから、いつまでたっても論文が発表できないんだ。一生このままだぞお前。使えねえ。」と言った。
「お前のために言っているんだ」と言い続けた人は、そのうち「お前のためか」それとも「自分のためか」ということについて吟味をしなくなる。
自分が免罪符を出しているからだ。
ネットでも「あなたのため」と言って、人を傷つける言葉を投げつける人がいる。そういった人に悪人はいない。一人ひとりを見ればとても善良で、常識的な人々である。
だが、善意からであっても、「あなたのためだから」と言ってはいけない。
多くの悪行も、最初は善意から始まったのだ。
「お前のために言っているんだ」と言う言葉は、胸の中にしまっておこう。叱るなら、人を傷つけるなら、免罪符無しでやるのだ。
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