私の昔の上司は、「あふれる教養、みなぎる知識」という口癖があった。素晴らしいアイデアを出した社員への褒め言葉だ。
もちろん茶化していっていたのだろうが、語感がよいのと、ユーモアのある言い方が好きだった。
そして、もうひとつ感じたのが、「教養」と「知識」とは、異なるものだということだ。
その時ににはあまり注意を払わなかったが、最近これについて考える機会をもらったので、書いてみる。
ある会社の経営者がこう言った。
「教養のある人が欲しい。」
中途採用の際に、「求める人材像」をヒアリングした所、上のような答えが返ってきた。
私はそれを聞いて、大変困った。
「教養」とは一体何のことなのか、うまく言語化することが出来なかったからだ。ある程度定義ができなければ、それを基準として中途採用に適用するのは難しい。
私は、その経営者に聞いてみた。
「知識が豊富な人、ということでしょうか?」
経営者は言った。「似ているけど違う。知識とは似て非なる概念だ。」
ますます困る。
「それでは、常識のある人、ということでしょうか?」
経営者は首をふる。
「常識のある人、とはニュアンスが異なる。教養と常識も、似て非なるものだ。」
うーむ、どうしたらいいのだろう。
「あるいは、話題が豊富、ということでしょうか?」
私は再度聞いてみた。
その経営者は、「さっきよりは近いけど、ちょっと違うなあ…。」と、頭を捻っている。
確かに、私も言っていて、微妙にニュアンスが異なる事を自分でも感じている。
経営者はむにゃむにゃつぶやいていたが、はっと気づいたように、表情が変わった。
「そうか、なんとなくわかった。」
「聞かせてください。」
「知識は、深く追求するものだが、教養は広く追求するものだ。」
「…?どういうことでしょう?」
「一般的に、知識というものは深めるもの、と認識されている。ある特定の分野に詳しければ詳しいほど、知識がある、と言われると思う。」
うーむ、まあそうかもしれない。
「そうですね。」と私は答える。
「それに対して、教養は深めるものではない。教養は、様々な知識を連結し、そこから自分なりの見解を引き出す力だ。つまり、広ければ広いほど良い。異なる分野を見渡し、そこから本質を得る。」
「「アイデアは、既存の知識の新しい組み合わせ」という話がありましたが、アイデアを生み出す力も、教養なのでしょうか?」
「うーん、どうだろう」
そこで私は少し意地悪に聞いてみた。
社長は、「アイデアマン」が欲しかったのですか?
社長はまた難しい顔に戻って、「いや、なんかそれもちがう気がする…。」と言って、また考えこんでしまった。
最近は大学においても、教養ではなく、実学、つまりすぐ役に立つ知識を教えてくれ、という要望が高まっていると聞く。
しかし、知識と知識を連結する「教養」もまた、重要と考える人もまた多い。
まあ、単純に語れないのが教養なのだろう。誠に難しいものだ。
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(Photo:Éole Wind)