3327155132_0fa0a4f1ae_z私の昔の上司は、「あふれる教養、みなぎる知識」という口癖があった。素晴らしいアイデアを出した社員への褒め言葉だ。

もちろん茶化していっていたのだろうが、語感がよいのと、ユーモアのある言い方が好きだった。

 

そして、もうひとつ感じたのが、「教養」と「知識」とは、異なるものだということだ。

その時ににはあまり注意を払わなかったが、最近これについて考える機会をもらったので、書いてみる。

 

ある会社の経営者がこう言った。

「教養のある人が欲しい。」

中途採用の際に、「求める人材像」をヒアリングした所、上のような答えが返ってきた。

私はそれを聞いて、大変困った。

「教養」とは一体何のことなのか、うまく言語化することが出来なかったからだ。ある程度定義ができなければ、それを基準として中途採用に適用するのは難しい。

 

私は、その経営者に聞いてみた。

「知識が豊富な人、ということでしょうか?」

経営者は言った。「似ているけど違う。知識とは似て非なる概念だ。」

ますます困る。

「それでは、常識のある人、ということでしょうか?」

経営者は首をふる。

「常識のある人、とはニュアンスが異なる。教養と常識も、似て非なるものだ。」

うーむ、どうしたらいいのだろう。

「あるいは、話題が豊富、ということでしょうか?」

私は再度聞いてみた。

その経営者は、「さっきよりは近いけど、ちょっと違うなあ…。」と、頭を捻っている。

確かに、私も言っていて、微妙にニュアンスが異なる事を自分でも感じている。

 

経営者はむにゃむにゃつぶやいていたが、はっと気づいたように、表情が変わった。

「そうか、なんとなくわかった。」

「聞かせてください。」

「知識は、深く追求するものだが、教養は広く追求するものだ。」

「…?どういうことでしょう?」

「一般的に、知識というものは深めるもの、と認識されている。ある特定の分野に詳しければ詳しいほど、知識がある、と言われると思う。」

うーむ、まあそうかもしれない。

「そうですね。」と私は答える。

「それに対して、教養は深めるものではない。教養は、様々な知識を連結し、そこから自分なりの見解を引き出す力だ。つまり、広ければ広いほど良い。異なる分野を見渡し、そこから本質を得る。」

「「アイデアは、既存の知識の新しい組み合わせ」という話がありましたが、アイデアを生み出す力も、教養なのでしょうか?」

「うーん、どうだろう」

そこで私は少し意地悪に聞いてみた。

社長は、「アイデアマン」が欲しかったのですか?

社長はまた難しい顔に戻って、「いや、なんかそれもちがう気がする…。」と言って、また考えこんでしまった。

 

最近は大学においても、教養ではなく、実学、つまりすぐ役に立つ知識を教えてくれ、という要望が高まっていると聞く。

しかし、知識と知識を連結する「教養」もまた、重要と考える人もまた多い。

 

まあ、単純に語れないのが教養なのだろう。誠に難しいものだ。

 

 

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(Photo:Éole Wind