賢いとは何か。これは古くて新しい問題であり、人類にとって重要な問題でもある。
まず、賢い人のイメージを思い浮かべる。すると、「本質を探り当てるのがうまい人」というイメージが湧く。
(参考:有能な人ほど陥りがちな罠がある。)
雑多な情報から、必要な情報だけを選り分ける。
様々な事象から、法則性を発見する。
諸々の出来事から、意味を見出す。
そういった頭の働きを「賢い」と呼ぶことが多いのではないか。
私のコンサルティング会社時代の上司は非常に出来る人物であったが、「本質的課題、すなわち表面的な事象の奥に潜む、根本的原因を見極めよ」と、口癖のように言っていた。
実際、コンサルタントが経営コンサルティングを行うときは、顧客先の会社における様々な人物の発言から、その奥に潜む本質を見極め、定義し、解決を提案する。
「社長の経営方針が良くない、という専務」
「部長がわかっていない、という社長」
「顧客を選別していない、という営業部長」
「今期の売上増加15%、利益率は5%の減少を示す数字」
「在庫の回転率が落ちている、という経理」
そういった、雑多な情報から内奥の法則を推定する。この仕事が面白いのはそういう部分だった。
学者は法則性の発見に命をかける。
ビジネスマンは、成功の再現性を追い求め、適用する。
そういうものである。
しかし、「賢い」とは本当にそのようなことを指すのだろうか。主観的な思い込みに過ぎないのではないだろうか。
ところが、最近知人が紹介してくれた本の中に、その考え方に関連する面白い話があった。
「人工知能におけるディープラーニング」である。
最近取り上げられることの多くなった「ディープラーニング」はまさにコンピュータが自律的に雑多なデータから「法則性を発見する」ことに主眼が置かれている。
例えば、1枚の写真をコンピュータに見せ、「ネコの顔」「人間の顔」「鳥の顔」を見分けるのはかつては非常に困難な試みであった。
それは、ネコの顔と、人間の顔と、鳥の顔の特徴を数値化する部分を人間が行っていたからだ。
特徴の抽出はすなわち、「本質を発見する」ということにほかならない。ネコの顔の本質を数値化せよ、というのは人間にとっても難しい試みなのだ。
ところが、「ディープラーニング」の技術の登場で、「特徴の発見」をコンピュータが自律的に行うことができるようになった。
現在では数千万枚の写真をコンピュータに読み込ませることで、コンピュータが勝手に「ネコの顔の特徴」「人間の顔の特徴」「鳥の顔の特徴」を学習することができる。そして、学習後のコンピュータは容易に写真を分類する。
これは、人間の学習過程とほとんど同じであるようにみえる。この、コンピュータが自律的に本質を発見する技術をディープラーニングという。
すなわちディープラーニングの技術が人工知能における大きなブレークスルーであると言われる理由はここにある。
これを拡張するとどうなるか。
「素晴らしい絵」の特徴を学習したコンピュータは、素晴らしい絵を描くことができるかもしれない。
「面白い小説」の特徴を学習したコンピュータは、面白い小説を書くことができるかもしれない。
「素晴らしいアイデア」の特徴を学習したコンピュータは、素晴らしいアイデアを生み出すことができるかもしれない。
「素晴らしい楽曲」の特徴を学習したコンピュータは、素晴らしい楽曲を生み出すことができるかもしれない。
「無から生み出す」ことは、人間にしかできない、という方もいるかもしれない。しかし、完全な「無」から偉大な発見をした人物など居ない。
アインシュタインの相対性理論は電磁気学における重要な方程式、マクスウェル方程式から生まれた。
ピカソを特徴付けるキュビズムは、一点透視図法へのアンチテーゼとして生まれた。
コンピュータが人間には到底不可能な大量の学習を行うことで、全く新しいものを生み出す可能性は高い。
人工知能の研究においては、「シンギュラリティ(技術的特異点)」と言われるティッピングポイントがある。それは、「人工知能が、自分より上の知能を持つ知能を生み出すことができるようになった時点」のことを言う。
一旦シンギュラリティが実現すれば、人工知能自身が自分より賢い知能を次々と作り出し、遂には人間をはるかに超える知能が誕生するという地点のことだ。
総務省が「2045年の人工知能」「シンギュラリティ」の研究会、第1回会合で激論(http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/news/15/020900464/)
「人工知能が人類を支配する」というSFで描かれるディストピアは、現在のところお伽話にすぎないが、「賢い」の定義が明確になると、これほどのインパクトをもたらすとは、面白いものである。
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参考資料:人工知能は人間を超えるか
(Photo:mira66)