叱ることは難しい。かなり難しい。それ故、人を叱ることのできない人も多いだろう。
多くの人々にとって、部下や子供を「叱る」のは、それなりにハードルが高い。感情的なしこりを残したり、言いたいことを聞いてもらうことが出来なかったり、叱り方によっては全く効果がなく、悪影響だけが残ったりする。
それを回避するため、「感情的になるな」や「人前で叱るな」など、テクニック的なものが数多く紹介されているが、私はそれに対して懐疑的であった。
「叱る」という行為は非常に大きな感情の動きを伴うため、テクニックによって人を操ることは、なにか失礼なことがあるような気がしたからだ。
ところが、私の知人に、叱る名人(?)がいる。
最初に彼の叱り方を見たとき、ナルホド、と感じた。世の中に「叱り方」を語る人は数多いが、彼のやっていることが本質ではないかと強く思う。
彼のやっていることの本質は、「自省する力を引き出す」というものだ。多くの人は、失敗したいと思っていない。だから、失敗をしたことで傷つき、困っているのは実は本人である。本人は反省したいと思っているので、その力を引き出すだけで叱る行為は十分なのである。
では、具体的にはどのようにしていたのか。若干うろ覚えではあるが、彼の会話の抜粋は以下のようなものであった。まずは対比のため、よくある叱責時の会話を示す。
「◯◯さん、これ間違ってない?」
「あ、申し訳ありません…」
「困るよ、何度も同じミスをしてくれては。すこし気が緩んでいるんじゃないの。」
「はい…」
「2度と同じミスをしないように。」
「…」
「この前、再発防止をするといったよね。やってないの?」
「一応チェックリストは作ったのですが…」
「全然役に立ってないじゃない」
「申し訳ありません、別の作業に気を取られていまして…」
「言い訳は聞きたくないよ。いいね、次はないよ。」
「はい…。」
まあ、オフィスでよくあるイメージである。そして、彼の場合を示す。
「◯◯さん、これ間違っているよ」
「あ、申し訳ありません…」
「この前も同じミスをしたね。」
「本当に、申し訳ありません。」
「なるほど…。ちょっと教えてほしいんだけど。」
「?」
「なんで、同じミスをしたか。この前再発防止をすると言っていたね。」
「は、はい…。」
「再発防止は何をやったの?」
「チェックリストを作りまして…やる前にチェックをすると」
「今回の見せて」
「はい…実は今回は別の作業があって、つけてませんでした。」
「ふーむ。」
「あ、いつもはやっていたのですが、今回だけ忘れていました。」
「なるほど。チェックリストはけっこう大変なの?」
「そうですね…忙しい時は」
「見せてみ…結構項目多いね。」
「一応、全部チェックが必要かと」
「そうだね、今回も前回も、同じとこミスしているから、チェックリストをもっと重要なところに絞ったほうが良いかも…どう思う?」
「はい…そう思います。忙しくてもチェックできるような様式に変更すべきかと…。」
「なにか?」
「いえ、本当に申し訳ありませんでした。」
「言いたいことがあったら、遠慮無くどうぞ。」
「怒らないんですか?」
「やっちまったと思ってる?」
「もちろんです。」
「ならいいよ。」
彼がやっていたのは、「現状分析」であって良く見られる「叱責」ではなかった。だが、聞かれたほうは反省をせざるを得ない。なぜなら、彼が一生懸命ミスをなくそうと協力してくれるからだ。
「頭ごなしに言われると、余計やりたくなくなるだろう?こちらの気持ちはすっきりするかもしれないけど、いきなり厳しい言葉で追求するのは全く割に合わないよ。
そもそも勘違いしているひとが多いけれど、厳しい言葉を向けることが、イコール叱ることではない。」
と、彼は言った。
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